不屈の新人スラッガー・今川優馬(JFE東日本)。悲運から1年、2年越しの思いで都市対抗に臨む

先日の侍ジャパン社会人代表候補戦でも3打席連続本塁打を放った今川優馬(筆者撮影)

まさかの出場辞退

「何不自由なくやらせてもらっています」

 何気なく発した言葉に重みを感じた。社会人野球最高峰の舞台である第90回都市対抗野球大会に出場するJFE東日本の新人スラッガー・今川優馬は、昨年もこの東京ドームの舞台に立つはずだった。

 東海大北海道キャンパスの主砲として春季リーグに臨んだ今川は札幌学生リーグ新記録となる5本塁打を放ちリーグ優勝に貢献。前年度(2017年度)大会でも、東京ドームで東洋大のエース・飯田晴海(現日本製鉄鹿島)から東京ドームで本塁打を放っていた全日本大学野球選手権大会に意気揚々と乗り込んだ。プロ志望だった今川はもちろん、社会人野球でのプレーを望む選手らにとっても、普段日の目を浴びづらい地方大学の選手にとって格好のアピールの場となる。だが、その舞台は思わぬ事態によって、上がることさえ許されなかった。

 まず春季キャンプ中に複数の未成年部員の飲酒が発覚。春季リーグ開幕直前までの対外試合禁止処分を受けた。そんな逆境を跳ね返して春季リーグを優勝し、4年生を中心に嬉し涙を流した。しかし今度は選手権の開会式翌日に、謹慎中だった4月に未成年部員4人が再び飲酒していたことが判明し、事態を重く見た大学は出場辞退を決めた。

今川は「頭が真っ白になりました。特に4年生は進路が決まっていない選手も多く人生をかけていた。それだけにすごく悲しかったです」と振り返る。

2018年春季リーグ優勝時の写真。今川と同じ悔しさを持った百目鬼浩太と中村海誠も信越硬式野球クラブの一員として都市対抗に出場する(本人提供)
2018年春季リーグ優勝時の写真。今川と同じ悔しさを持った百目鬼浩太と中村海誠も信越硬式野球クラブの一員として都市対抗に出場する(本人提供)

春秋通算9本塁打も指名漏れ

 秋季リーグ序盤は活動自粛のブランクが色濃く残り苦戦を強いられたが、後半戦から巻き返し今川は4本塁打を放つ奮闘を見せた。惜しくも2位で優勝はならなかったが、同リーグの星槎道都大・福田俊(現日本ハム)からも本塁打を放ちスカウト陣も大きくアピール。調査書も2球団から届き、今川も「育成指名でもOK」とプロ一本を貫いた。だが結果は無情にも指名漏れだった。

 ここまで何度も挫けたままで終わってもおかしくないアクシデントや危機を乗り越えてきた。中学時代は軟式野球で市大会にも進めず一般入部で東海大四に進んだ。当初は「同学年でも下から3番には入っていました」と苦笑いするほどで、指導者の期待も低かった。練習試合ですらなかなか出場機会を得られず「今日は試合どうだった?」と聞く母を悲しませたくないと「今日は試合に出られたよ」と嘘をついたこともあった。そこから這い上がり、ひと桁の背番号を獲得した高校3年春には左手中指の中手骨をダイビングキャッチの際に骨折。それでもめげずに懸命のリハビリで夏は代打として甲子園の打席に立った。

何度でも這い上がり最高峰を目指す

 現在の常に本塁打を意識したかのような豪快なスイングは大学入学後に、当時コーチだった岩原旬さんに教わったもの。最初は疑心暗鬼だったが、それで打球が飛ぶようになると、研究や鍛錬を重ねて「野球が楽しくなった」。

 当時の監督からは否定され起用されない時もあったが、結果で認めさせレギュラーを奪った。

 そんな不屈の精神を持つだけに野球を何としででも続けたかった。そんな時、声をかけてくれた社会人野球のJFE東日本だった。そして、その恩返しとばかりに、新人ながら今年の2次予選で打率.429を残し強豪並ぶ南関東予選で第1代表獲得に貢献した。

 そして現在は「自由に打っていいよ」と今川のスタイルに最大限の理解を示す落合成紀監督のもとで「攻撃的2番打者」を務める。MLBでは主流となっているもので、今川自身もアーロン・ジャッジ(ヤンキース)やマイク・トラウト(エンゼルス)に憧れるだけに願ったり叶ったりだった。

「小さい子供たちに夢を与えられるような選手になりたい」と今川は目を輝かせる。それは幾多の苦労を経ても「最後まで諦めずにやれば報われることを伝えたい」という思いが強いからでもある。

「もちろん打撃が一番ですけど、守備や走塁も含めてすべてを見てもらいたいです」

 昨年は、まさかの形で上がることさえ許されなかった東京ドーム。その舞台で活躍すれば、さらに道は拓けていくに違いない。渾身の思いを込めた今川の一挙手一投足に注目したい。

野球少年のような笑顔が印象的な今川。飽くなき向上心で、まずは社会人野球の頂点を目指す(筆者撮影)
野球少年のような笑顔が印象的な今川。飽くなき向上心で、まずは社会人野球の頂点を目指す(筆者撮影)

文・写真=高木遊

取材協力=JFE東日本硬式野球部