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記者会見で見たスティーブン・ジェラードの矜持。「アーセナルのサカは好きな選手だが…」

田嶋コウスケ英国在住ライター・翻訳家
アストンビラを率いるスティーブン・ジェラード監督。(写真:ロイター/アフロ)

3月19日に行われたプレミアリーグ・アストンビラ対アーセナル後の記者会見で、スティーブン・ジェラードの美学が垣間見えた瞬間があった。

プレミアリーグでは3月12日開催の試合から監督会見が通常の対面方式に戻った。それまでは新型コロナウイルスの感染拡大で会見はオンラインのみの対応だったが、約2年ぶりに会見場に記者を集めて、対面で行われるようになったのだ。

0−1で惜敗したアストンビラの監督として会見に応じるジェラードに、英人記者がアーセナルのブカヨ・サカについて尋ねる場面があった。

サカは試合の前半にアストンビラの選手から激しいタックルを受け、医療スタッフの治療を受けた。試合が終わると、20歳のイングランド代表FWは審判団に何かを訴えていたが、「僕の足首は血だらけだ。主審に文句を言っていたわけではなく、自分のプレースタイル、つまりスピードで敵に仕掛けるプレースタイルを知らせたかった。相手が自分の足を意図的に狙ってくる時は、もう少し僕を守ってもらう必要があると伝えた」と明かした。

英人記者は一連のやりとりをジェラード監督に伝え、「サカの訴えについてどのように感じるか?」と尋ねた。41歳の元イングランド代表MFは「個人的にサカのことは好きだ。彼は素晴らしい才能の持ち主」と笑みを浮かべてから、次のように答えた。

「その件について、彼は不満を言うことはできない。これがサッカーというものだ。私は今ここに座っているが、腰骨にはネジが入っている。これまで16回も手術を受けてきたし、今でもジムで体を動かすのに苦労している。これがサッカーだ。イングランドでプロサッカー選手として生計を立てるなら、なおさらだ。彼はこれから学んでいくだろう。アーセナルはひとつのファールも犯さなかったのか? そのプレーがフェアであるかぎり、タックルも認められているし、激しいプレーも認められている。それらはサッカーの一部だ」

アストンビラの本拠地ビラパークの選手通路口はコーナー付近にある。監督や選手、スタッフはその通路口からベンチまで歩いていくが、最も眩しいオーラを放っていたのが、監督のジェラードだった。

試合中も、リバプールの現役時代に見せていた「背中で語る主将」のイメージそのものだった。判定に不満をあらわにしたり、第4審判に詰め寄ったりする場面はなく、腕を組んだままじっと戦況を見つめていた。

現役時代のジェラードは、イングランド代表の中心選手として114キャップを記録した。クラブレベルではリバプール愛を貫き、レアル・マドリードやチェルシーからの移籍オファーを断り、17シーズンにわたってサポーターに深く愛された。チームにとって不可欠の選手だっただけに、生傷が絶えなかったのは容易に想像がつく。ジェラード監督の会見を聞き終えた後、入場時の彼が少し足を引きずるようにして歩いていたことを思い出した。

ジェラードは、16回もの手術を受けていたことをこれまであまり公にしてこなかった。「それがサッカーというもの」。ジェラードの中でそんな哲学があるからこそ、サカの主張に苦言を呈したのだろう。サカへの言葉は、ジェラード自身の経験から出たものが半分、もう半分はタックルを仕掛けた自軍のDFタイロン・ミングスを守る意図があったように思えた。

もちろん、悪質なタックルは許されるものではない。選手生命が絶たれる危険もあるのだから、サカの気持ちはよく分かる。だが、審判団に「もう少し守ってもらう必要がある」と要求するのは、ジェラードには理解できなかったのだろう。

当たりの激しいイングランドで、17季にわたり戦い抜いたジェラードの矜持が見えた記者会見だった。

英国在住ライター・翻訳家

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。中央大学卒。2001年より英国ロンドン在住。香川真司のマンチェスター・ユナイテッド移籍にあわせ、2012〜14年までは英国マンチェスター在住。ワールドサッカーダイジェスト(本誌)やスポーツナビ、Number、Goal.com、AERAdot. などでサッカーを中心に執筆と翻訳に精を出す。

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