「元プロ野球選手」理想のセカンドキャリアとは? 小田幸平の深謀

photograph by Shinobu Sato

NPBが毎年行っている調査のひとつに、若手選手を対象としたセカンドキャリアについてのアンケートがある。

引退後の進路についてほとんどの選手がプロや高校、大学、社会人で指導者をやりたいと答えているのは、例年不変の事実である。

さらにNPBは、戦力外や引退した選手たちの進路も発表している。

2014年にプロ野球界から去った130名を挙げれば、野球関係の仕事に就けた者が全体の70%。内訳は、NPBで支配下登録や育成枠として再雇用、コーチや打撃投手などの裏方となったケースが48%、独立リーグや社会人野球でプレーを続けるケースが19%、残り3%は解説者やタレントなどになる。一部の選手は進路不明ではあるものの、野球関係ではない業種に進むケースが30%であるから、野球界に残る人間が多いといえば多い。

しかし、彼らの進んだ道が果たして全員にとってベストであるか考えれば、必ずしもそうとは言い切れないだろう。

2000本安打、200勝を達成しても「まだ続けたい」と思うもの

プロ野球選手になった以上は、誰もが認める結果を残し、盛大な花道とともに野球人生を終えたいと願うのは当然のこと。仮に、NPBに残れず独立リーグなどでプレーを続けたとしてもそれは本意ではなく、「野球を続けられるのなら」という妥協点が含まれているはずなのだ。

「2000本安打、200勝した選手でも、引退する時は『悔いが残る』って言う人が多いくらいですからね。そりゃあ、ずっと野球をやってきたわけですから、いきなりクビとか引退を迫られて『分かりました』と、すぐに割り切れる選手なんていないですよ」

’15年1月に現役を引退した野球解説者の小田幸平は、切々とプロ野球選手の心情を描写する。彼もまた、ギリギリまで現役としての道を模索したひとりだった。

’14年のシーズン終盤に中日から戦力外通告を受けた小田は、当初、球団から引退試合を用意されていた。17年間の現役生活で一度もレギュラーになれなかったものの、控え捕手としてチームに貢献したことが認められたわけだが、小田は悩んだ末にそれを断った。

理由は簡単だ。現役を続けたいから。レギュラーになれずともプロ17年の経験があるし、若手と対等に渡り合えると自負もあった。小田が当時の想いを呼び覚ます。

「今になって思うんですけど、戦力外って肉体の衰えとか野球ができなくなったからされるものじゃないんだなって。でも選手ってみんな、絶対に『俺はまだまだやれる』と思っているから現役にこだわるんです。僕もそうでしたから。9月に中日から戦力外を受けても、12月までは『どっかから絶対に誘いがくる』って信じて疑わなかったんで」

当時の自分に触れては、「あんときは調子こいてましたね」と小田は自嘲気味に笑う。彼は次第に、「理想」ではなく「現実」を見るようになっていった。

バラエティは「プロ野球選手が面白いことをやるからウケるだけ」

プロ野球中継が地上波で放映され、「国内屈指の人気スポーツ」の地位が不動だった一時代前とは違い、実績や知名度があるからといって解説の仕事が簡単に得られるわけではない。もっと言ってしまえば、プロ野球OBたちにとって野球関係の仕事に定年はなく、彼らの数は年々増える一方。野球業界のセカンドキャリアは完全なる飽和状態に陥っているわけだ。

とはいえ、小田を知る者であれば、「そこまで考えなくても」と思うのかもしれない。

現役時代の彼は人気者だった。

先輩、後輩問わず誰とでもフランクに接する。ベンチやロッカーでは常にチームを盛り上げ、道端で私設応援団員から声をかけられればオフ会にだって平然と参加したほど、サービス精神が旺盛な男だった。そんな彼はファンから愛された。試合では「ODA! ODA!!」と声援を浴び、控えなのにスタンドで横断幕を掲げられるような選手。それが、小田幸平だったのだ。

だが小田は、自身のキャラクターをどんな場所でも活かそうとは考えていない。

引退したばかりの彼に、こんな質問をぶつけたことがある。

同じ「ODA」の姓を持ち、現在、バラエティでも活躍中の元フィギュアスケート選手、織田信成をどう思うか? と。

小田は「織田信成さんすごいよね。マジすごいよ」と反芻しながらも持論を述べた。

「新しい自分を開拓するという意味では、バラエティに出るのはいいことだと思います。でも僕の場合は、『プロ野球選手がたまに面白いことをやるからウケた』だけであって、その道のプロであるお笑い芸人さんやタレントさんと同じ土俵に立って面白いことをやってもずっとウケるわけじゃない。そのうち飽きられるって考えなんで。僕もご飯を食べていかなければならないから、オファーをいただけば受けることはありますよ。でも、それをメインにしたくない。なぜなら、僕はいつかまた、NPBの世界でユニフォームを着たいから。そのためにいつもアンテナを張って、解説とかの仕事で現場に数多く顔を出したいんですよ。『バラエティに出ていますけど、コーチの話があったらぜひ!』なんて都合のいいことは、僕は言えないですから」

元プロ野球選手であれば、「野球関係の仕事に携わりたい」と考えるのは当然だ。一定の知名度と多少の人脈さえあれば、実現も可能なのだろう。

しかし、今の仕事が「先の自分を見据えた活動」でなければ意味がない。

小田の理想のセカンドキャリアに対する深謀が、それを如実に物語っているような気がした。

自身2冊目となる著書は1月26日に発売
自身2冊目となる著書は1月26日に発売

過酷なプロ野球の世界で一度もレギュラーになれずとも17年プレーした小田幸平が自らの経験を余すところなく綴っている、『心を軽くする超戦略的「人間関係」論 万年補欠の僕が17年間生き残れたワケ』(KKベストセラーズ)。1月25日(月)の19時から名古屋市の星野書店 近鉄パッセ店にてサイン会が開催される。整理券の発券は1月16日(土)10時から同店舗にて