戦力外通告を受けた選手たちの想い。分岐点を迎えたプロ野球合同トライアウト

昨年は59名の選手がトライアウトに参加。約5000人のファンが集まった

今年で15回目を迎えるプロ野球の合同トライアウトだが、今回は大きな転換期となりそうだ。昨年まで2回行われていたトライアウトが1回のみの開催となったことが、その最大の理由になるだろう。

「じゃあ、受けてみよう」。戦力外通告を受けた選手の本音

1回目は参加者が50名を超えることもあり、NPB12球団の編成はもちろん、GMや監督が視察に訪れることもある。再起を誓う選手にとってはこれ以上ないアピールの場となるわけだ。しかし2回目はというと、NPB関係者の数が大幅に減る。スタッフを派遣しない球団もあるくらいだ。会場に足を運ぶのは四国やBCの独立リーグ、社会人野球の関係者、韓国や台湾球界の代理人くらいだろう。

NPBで現役続行を切望している選手にとって、1回目で球団から声がかからないことは、すなわち「獲得する気はない」と告げられているのも同じだ。「どこでもプレーする」という意思がない限り、モチベーションを上げることは困難だろう。

「1回目でNPBの球団から連絡がこなかったらスパッと辞めようと思っていたんですけど、前回のピッチングが不甲斐なかったんで。周りからも『受けてみたら?』って言われていたので、『じゃあ、受けてみようかな』くらいの気持ちですよ。僕はもう25歳ですし、いつまでも夢を追っていられないですからね。今回でダメなら潔く野球を辞めます」

そう語っていたのは、’14年にトライアウトを2度受けたオリックスの山崎正貴だ。彼は前年にBCリーグ・福井に派遣選手としてプレーしたことがあった。その経験から、戦力外になって独立リーグでプレーしたとしても、NPBに復帰できる可能性が低いことを悟った。そして、「野球ができるならここでもいいか」と、いずれ目標を下げてしまうかもしれない自分も嫌だった、とも話してくれた。

実際、山崎のような考えを持つ選手は多い。毎年、トライアウトを経てNPBの球団で再契約される選手は数名。うがった表現を承知で述べれば、選手の大半が“記念参加”の想いを少なからず抱きながらプレーしているのではないだろうか。

「トライアウトで活躍しても評価の対象にはならない」

その影響が、今年、顕著な形となって現れそうなのだ。

昨年までは、タイトルホルダーなどプロ野球で実績を残した“大物”が必ずといっていいほど名を連ねていた。昨年で言えば、ヤクルト時代の’01年に最多勝とベストナインを獲得したDeNAの藤井秀悟、日本ハム、DeNA、ソフトバンクで中継ぎとして活躍した江尻慎太郎、日本ハム時代に4番を務めたオリックスの高橋信二がそれに該当する。

だが今年は、参加予定者にビッグネームがほとんどいない。巨人・久保裕也、中日・川上憲伸、DeNA・岡島秀樹、多村仁志、広島・栗原健太、ソフトバンク・松中信彦、オリックス・井川慶、坂口智隆、鉄平。故障やリハビリなどによってトライアウト不参加を余儀なくされた選手もいるが、多くが他の手段で移籍先を模索している。

’14年に戦力外を受けたあるベテラン選手もトライアウトに参加せず、自分で各球団と連絡を取り移籍先を探したという。彼はその理由について持論を話してくれた。

「自分はプロでそれなりにやってきたつもりなんで。僕がどういう選手かってことは他の球団だってわかってくれているだろうから、実際にプレーを見たいのであればテスト生として秋季キャンプとかに呼んだほうがじっくり見られるはず。実際、トライアウトで活躍した、しないはあまり評価の対象にはならないと思うし。だったら、自分で移籍先を見つけたほうがいい」

実績があれば、トライアウトという公の場でなくとも自分で道を切り開ける――。彼らにはそういった矜持があるはずなのだ。昨年参加した江尻のように、「ファンの方たちがたくさんいる場所で、自分はまだ元気で投げられますよ、という姿を見てもらいたかった」といった明確な目的があれば別だが、そうでなければ自身の経験を十分にアピール確実な場所を選んだほうが得策なのかもしれない。

だからといって、トライアウトの開催を1回に減らす理由にはならないのだ。

’14年に2度のトライアウトに参加したDeNAの藤井は、涙を拭おうとせず自らの想いをさらけ出していた。

「後悔するものがあって諦められず、受けられるのなら受けよう、と思って2回目も参加しました。自分自身、まだやれるんじゃないかと思っていて。『野球をやりたい』。その純粋な気持ちしかないんです」

大切なのは戦力外通告を受けながらも、愚直なまでに「野球をしたい」と現役続行を望む選手の姿勢なのである。