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なぜ空港外の人たちを退避させられないのか アフガニスタンへの自衛隊派遣について

田上嘉一弁護士/陸上自衛隊三等陸佐(予備)
横田基地に着陸する航空自衛隊のC-2輸送機(福生市/東京)(写真:w_p_o/イメージマート)

自衛隊のアフガニスタン派遣

混迷を極めるアフガニスタンに残る国際機関で働く日本人や日本大使館の現地スタッフらを、隣国パキスタンの首都イスラマバードに運ぶため、政府は自衛隊の派遣を決定し、防衛省は航空支援集団司令官を指揮官とする統合任務部隊を編成。23日夕方にはC-2輸送機1機が入間基地(埼玉県狭山市)からカーブル国際空港に出発。24日C-130輸送機2機が出発しました。退避の主な対象は、国際機関で働く「若干名」の日本人のほか、大使館と国際協力機構(JICA)の現地スタッフらで、その家族も含めると計数百人規模と報道されています。

25日にはC-2輸送機が、26日にはC-130輸送機が、それぞれカーブル空港に到着したものの、退避を求める人たちが空港に着いておらず、退避希望者を運び出すことはできなかったことが報道されています。

他方で、米国は順次退避を進めており、8月末の期限を延長することなく退避を完了すると報道されています。

在外邦人保護と在外邦人輸送

今回の自衛隊派遣は自衛隊法84条の4に定める「在外邦人輸送」に基づくもので、これまでの実施例としては、2004年のイラク、13年のアルジェリア、16年のバングラデシュと南スーダンの4例がありますが、いずれも邦人とテロ等の被害者となったご遺体の輸送であり、外国人を対象とするのは今回が初めてとなります。

今回、在アフガン邦人の方々の安全確保のために自衛隊が派遣されましたが、御存知の通り、在外邦人を国外退避させるための手続きとしては自衛隊法84条の3の在外邦人保護と同法84条の4の在外邦人輸送があります。

在外邦人輸送と似たような制度に自衛隊法84条の3が定める「在外邦人保護」がありますが、こちらは在外邦人を輸送するだけではなく、「緊急事態に際して生命又は身体に危害が加えられるおそれがある邦人の警護、救出その他の当該邦人の生命又は身体の保護のための措置」を行うというもので、より危険度の高い状況下における措置であり、いわゆる自己保存型の武器使用(自分自身や自分の管理下に入った人の生命・身体を守るための武器使用)だけではなく、任務遂行型の武器使用(任務の実施を妨害する行為を排除するための武器使用)も認められています。こちらの在外邦人保護は、2015年の平和安全法制に基づいて新設されたものです。

しかし、海外における任務遂行型の武器使用は、場合によっては武力行使にもつながりかねないことから、より厳格な要件が定められております。

  1.  当該外国の領域の当該保護措置を行う場所において、当該外国の権限ある当局が現に公共の安全と秩序の維持に当たつており、かつ、戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう)が行われることがないと認められること。
  2.  自衛隊が当該保護措置(武器の使用を含む。)を行うことについて、当該外国の同意があること。
  3.  予想される危険に対応して当該保護措置をできる限り円滑かつ安全に行うための部隊等と第一号に規定する当該外国の権限ある当局との間の連携及び協力が確保されると見込まれること。

今回はアフガニスタンにおいて在外邦人保護を行うことができないのは、現在のアフガニスタン政権が事実上崩壊しており、同意を与えるべき主体が存在しないことによるものです。したがって、緊急避難的に在外邦人輸送の手続が選択されました。

このあたりの法制度については、国際法研究者兼軍事ライターの稲葉義泰氏の記事が詳細に解説しており大変参考になります。

有事において適切に使える制度とするために

冒頭に記載したように「退避を求める人たちが空港に着いておらず、退避希望者を運び出すことはできなかった」ことが報道されています。しかし空港外の市内には退避希望者がいるにもかかわらず、なぜ、自衛隊はその人達を運び出すことができないのでしょうか。

在外邦人輸送の条文84条の4を読むと、要件として、外務大臣からの依頼と、外務大臣と防衛大臣との協議により、「当該輸送を安全に実施することができると認める」ことが求められています。

そのため、すでにカーブル空港にいる人であれば輸送機に乗せることができるのですが、カーブル空港までの道程においては、現地の治安状況が輸送を安全に実施する状況にない以上は、退避希望者がいたとしても自衛隊が輸送を実施することができません。結果的に、退避を希望する現地邦人らは自力でなんとか空港までたどり着かねばならないのですが現実には極めて困難な状況にあるのだと推察されます。

自国民を保護するのは国家の責務であり、海外において戦争や災害といったような状況になった場合、当該国に所在する邦人を救出するのは国家の果たすべき役割であると言えるでしょう。

本来であれば、現地において政権が事実上崩壊しているような事態においては、より危険度が高いわけですから、在外邦人保護を実施すべきであるにもかかわらず、皮肉なことに現地の政権が機能していないがゆえに要件を満たさないというのは、制度として矛盾が生じているともいえます。

在外邦人保護や在外邦人輸送といったような国民の権利を守る行動であって、私人の権利・自由を制限することによって、行政がその目的を達成する活動とは異なります。こうした行政の活動を「規制行政(侵害行政)」といい、「法律による行政」に基づき、法律で要件や効果を明確に定める必要があります。

他方で、軍隊は、国防を目的としており、その力は外国から侵略してくる勢力に対して向けられます。国民の権利・自由を制限する規制行政(侵害行政)とは異なるため、多くの国において軍隊が実力を行使する行動については法律等で規制を行っておらず、この点が軍隊と警察などの行政機関との根本的な差異となります。

自衛隊の行動には、防衛出動以外にも治安出動や海上警備行動といった警察権の行使としての行動もあるため、その手続・要件・効果などについては法律で規定する必要がありますが、在外邦人保護や在外邦人輸送については、国際法に則って行えば足りるので、国内法で規定しなくても構わないということも十分考えられるのです。

こうした法制度の歪みの根本には、自衛隊を正面から軍隊ではなくあくまで行政機関として位置づけざるを得ない日本国憲法との整合性を図らなくてはいけないという難題が存在します。

いずれにせよ、今回浮き彫りとなった課題に対し、いざというときに適切に使える制度として見直しを図っていかなくてはなりません。

(8月27日午前7時15分加筆修正)

もっとも26日には空港周辺でISにより自爆テロが発生し、多くの死傷者がでているなど、現地状況は極めて危険となっています。単に自衛隊の活動の幅を広げるだけではなく、もしそれを行うのであれば、部隊行動基準や装備についても見直しをあわせて行うことは必須であり、慎重な判断が必要です。

一人でも多くの方が安全にアフガニスタンを脱出し、現地に派遣された自衛隊の方々と共に無事に帰国されることを祈っています。

弁護士/陸上自衛隊三等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。

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