厚木基地訴訟から考える司法の役割とは

嘉手納基地のF-15(写真:ロイター/アフロ)

最高裁で覆された自衛隊機運航差止め

真珠湾攻撃の日でもあり、ジョン・レノンの命日でもある12月8日、最高裁で厚木基地騒音訴訟の判決が下されました。

昭和51年に第一次訴訟の提訴がなされてからちょうど40年。これほどの長きに渡って法廷闘争が続けられてきましたが、結果的に東京高裁が認めた自衛隊機の運航差止め認容を覆すという、原告側の逆転敗訴判決となりました。

なぜ高裁で初めて認められた差止めは覆されたのか、そもそも、どうして裁判所はこれまで差止めを認めてこなかったのか、このあたりを振り返ってみたいと思います。

厚木基地のこれまでを振り返ると

厚木基地は、昭和16年頃から旧海軍省により航空基地として使用されていましたが、終戦後は米軍が接収し、昭和25年の朝鮮戦争の勃発に伴い、米軍が基地として使用し始めます。連合軍最高司令官マッカーサーが厚木基地に降り立った際の写真は、皆さん一度はご覧になったことがあるかと思います。そして、旧日米安保条約と日米行政協定が昭和27年4月28日に発効してからは、日米行政協定2条1項に基づき、米軍の使用する施設及び区域として米国に提供されています。

そして、昭和46年6月29日、厚木基地の一部についての共同使用及び使用転換が閣議決定され、7月1日には、厚木基地の一部の管理権が日本に返還され、海上自衛隊が管理することとなりました。

現在は、米海軍空母ロナルド・レーガン(CVN-76)艦載機の第5空母航空団(CVW-5)の本拠地として使用されており、同時に海上自衛隊第4航空群、第51航空隊(実験航空部隊)、 第61航空隊(輸送航空部隊)の航空基地として使用されています。

40年間も続いた厚木基地騒音訴訟の経緯

こうした厚木基地の状況を受けて、地域住民は、昭和51年より厚木基地に離着陸する航空機による騒音等の被害を受けているとして、被告に対し損害賠償等を求める訴えを提起して救済を求め続けてきました。

第一次訴訟は、最高裁まで争いましたが、結果的に過去の損害賠償請求が認められています(将来分の損害賠償は否定)。しかし、航空機離着陸の差止め請求については否定しています(これについは後述)。この後、昭和57年には、夜間において基地の滑走路を空母の甲板に見立て、着陸の直後に離陸を繰り返す「Night Landing Practice(NLP)」という訓練が開始されており、これによって騒音は著しく激化することとなります。

昭和59年10月に提起された第二次訴訟でも、第一次訴訟と同じく、過去の損害賠償のみが認められ将来の損害賠償と差止めの否定という結果に終わっており、また、平成9年12月には損害賠償のみを求めて第三次訴訟が提起されています。

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そしてつい先日、最高裁判決によって決着がついたのが、平成19年12月に始まった第四次訴訟です。この第四次訴訟では、これまでの民事訴訟に加えて、航空機離着陸の差止めを求める行政訴訟もあわせて提起されたという点で、従来の訴訟とは異なります。そして、横浜地裁の第一審と東京高裁の控訴審では、一部認容であるものの、日本で初めて航空機離着陸の差止めを認める判決が出され、大変話題となりました。

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なぜ裁判所は、差止めを認めてこなかったのか

上記で見たように、厚木基地騒音訴訟では、どの判決においても過去分の損害賠償について認めています。これはつまり、基地から生じる深刻な騒音が違法行為であること自体に争いはないということになります。違法な状態が続く場合に必要なのは、まずその違法状態の除去=違法行為の差止めです。ところが、裁判所は、これまで損害賠償を認めながらも、差止めについては一貫して否定してきました。

日本では、1970年代に公害が激化したことを受けて、差止め請求が認められる判決が出始めました。大阪国際空港訴訟控訴審判決(大阪高裁昭和50年11月27日)は、騒音を理由に航空機離着陸の差止めを全面的に認容したものであり、「公害法理発展の最高峰」とまで評されています。

しかし、その後に続く1980年代には、差止め請求が次々否定される「差止め冬の時代」が待っていました。その代表的な判決が、大阪空港訴訟最高裁大法廷判決(最高裁昭和56年12月16日)です。この判決では、大阪空港の管理者である運輸大臣には航空行政権と空港の管理権の2つの権限があり、両者は一体不可分であるとして、民事訴訟により空港の使用禁止を請求することはできないというものでした。これを「公権力発動請求不適法論」といいます。そしてこのロジックは、厚木基地騒音訴訟でも採用され、厚木基地における自衛隊機の運航は、防衛庁長官(防衛大臣)がその裁量に基づいて行う「公権力の行使」に該当し、その差止めを求めることは、権限の行使の取消し変更ないしその発動を求めるものなのだから、これは民事訴訟で審理するわけにはいかないという理屈となるわけです。これまで裁判所は、このような理論構成を用いて、実質的な審理を行うことなく、訴えに対して形式的な門前払いを続けてきました。

こうなってしまうと、違法そのものの根源である騒音を差し止めることができない以上、救済措置としては損害賠償しか認められないということになります。したがって、ある時点で今までに受けた損害についての賠償はなされるのですが、違法行為自体はなくならないので、またしばらくすると損害賠償を請求しなくてはなりません。こういった理由により、日本中の基地で何度も何度も訴訟が提起されてきたというわけです。

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(※ なお、これに加えて、「騒音を出すな」といったようなあまりに抽象的な不作為を求める請求は、被告の側で何をすればいいのかわかる程度に特定されておらず、よって不適法であるという「抽象的不作為請求論」という論理もあり、「公権力発動請求不適法論」とあわせて、差止め請求訴訟における「二つの壁」と言われてきました。この「抽象的不作為請求論」については、ある程度差止めの内容を明確にすることによって適法な請求とすることができることが、現在では確認されています。)

民事訴訟と行政訴訟の区分について

行政法では、行政処分に対する争いは、一般的な民事訴訟ではなく、行政処分(または不服申立て)で行うように定めています。たとえばある定食屋さんの料理を食べた人が食中毒になってしまったとして、営業免許を取り消されたとします。しかし、食中毒の本当の原因は、別の腐ったものを食べていたことだったとすれば、定食屋さんは営業免許取消しの取消しを求めることになるでしょう。このように、行政庁の処分行為が国民の権利義務を形成するようなものについては、民事訴訟ではなく、行政上の不服申立てや行政訴訟によって処理するというようになっているのです。これに対して、市役所職員の運転する車が道路で人を跳ねてしまったような場合、これは法律上の効果を与えるわけではないので、「事実行為」といい、この事実行為の場合には、原則として、一般の民事訴訟によって処理されるのです。

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ココがヘンだよ、最高裁判決

しかし、第一次厚木基地訴訟の最高裁判決には、理屈として少しおかしいところがあります。

まず、「実際に自衛隊機の運用というのは『行政上の処分行為』なのか?」という点です。確かに防衛庁長官・防衛大臣は、その権限に基づいて基地を管理し、自衛隊機を運航するという命令を下しているかもしれませんが(実際には幕僚長などを通じて命令が下される)、それはあくまで自衛隊内部の命令に過ぎません。この命令は、外部に対する効力を有し、直接国民(この場合は基地の周辺住民)の権利義務を形成するような性質のものではないのです。防衛大臣は、何も「地域住民に騒音被害を与えよう」として運航について承認を行っているわけではなく、騒音が発生するというのは、あくまで自衛隊機の運航による結果(事実行為)にすぎないからです。こうやった発生した騒音が、あくまで法効果を持たない事実行為なのであれば、それは公権力の行使とはならず、結果的に地域住民に受任を義務づけることもできないわけです。

そして実際に、空港以外の、たとえば鉄道や道路をめぐる差止め訴訟(たとえば名古屋新幹線訴訟や国道43号線訴訟など)においては、管理主体が国であろうと民事訴訟で受け付けており、こと空港や基地についてのみ、このような「公権力発動請求不適法論」を持ち出しているのです。

実際にこの判決が出た当時からそのような批判が相次ぎました。私個人の私見としても、厚木基地騒音訴訟でこのようなロジックを用いて差止め請求を却下したのは、法理論に基づくものというよりも、とにかくこのような高度な政治性を有する事案については審理したくないという逃げ腰の姿勢がもたらしたものとしか思えないのです。

とはいえ、受忍限度を超えている違法については、差止めが認められなければなりません。仮に最高裁のいうとおり民事訴訟で救済が認められないのであれば、行政訴訟(抗告訴訟)で認められなければならないのです。なお、行政訴訟(抗告訴訟)にもいろいろ類型があるのですが(行政事件訴訟法3条以下)、航空機離着陸の差止めを求める場合にはどの形にもあてはまらないため、法律上の規定には基づかない「無名抗告訴訟」というかたちで処理されます。こうした経緯があって、昨年7月に東京高裁が出した判決によって、ついに日本で初めて基地における自衛隊機の運航についての差止めが認められたというわけです。

では、米軍機についてはどうなのか

ここまでの話は、自衛隊機に関するものであり、それはあくまで騒音原因の一部にすぎません。実際に厚木基地での夜間訓練(午後10時から午前6時)については、自主規制がなされており、自衛隊機については実はそれほど深刻な問題ではなく、住民が本当に悩んでいる騒音の大部分は米軍機によるものなのです。

これまで裁判所は、米軍機については、「第三者行為論」を用いて訴えを却下してきました。すなわち、米軍機の運航については当然米軍が管理しているものであり、日本国政府は、米軍の行動を制約し騒音を差止める権限がないため、あくまで第三者である日本国に対して支配の及ばない米軍の行為差止めを求めることは、主張そのものが失当であるというものでした。つまり、国としては「あれは、米軍がやってることです。私に言われても困ります」ということです。

加えて、司法である裁判所が、判決を下すことによって、日本政府にそのような交渉を義務付けるということとなり、許されないと結論づけています。これも厚木基地のみにかかわらず横田基地、小松基地、嘉手納基地その他の米軍基地において、裁判所が採り続けてきた論理構成です。

しかし、日々の深刻な騒音に悩み苦しんでいる住民からすれば、騒音を出しているのが米軍機であろうと民間機であろうと、同じ騒音であることに変わりはありません。いわゆる高い公共性を有することによって受忍限度の程度が変わることはあるにせよ、法の番人たる裁判所が救済措置について門前払いを続けているという事態は、国の裁量を大きく逸脱するものと言わざるを得ないでしょう。

また、国際法の観点からも、外国軍隊は、特別の合意によって配されるのでない限り、駐在国の国内法令に従うと考えられています。日米地位協定3条1項は米軍に広範な基地の管理権を認めていますが、この管理権が基地外に及ぶときは、日本の法令を遵守するよう定めています。よって、米軍であっても、一般市民の権利侵害を行うことは当然にできることではなく、法律の根拠が必要となるのです。

厚木基地の特殊性

さらに、厚木基地の特殊性があります。厚木基地は横田基地などと違い、昭和46年7月1日には、厚木基地の一部の管理権が日本に返還されていることから、基地の敷地に関する管理権において、大きく言って以下の3つに区分されるからです。

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  1. 日米地位協定2条1項(a)に基づく米軍専用区域(青色部分、黒色部分)
  2. 日米地位協定2条4項(a)に基づく日米共同使用区域(緑色部分)
  3. 日米地位協定2条4項(b)に基づく米軍に対する一時使用が認められる区域(赤色部分)

判例は、どの区域であっても「米軍との法律関係は条約に基づく」として一律に処理していますが、実際には、米軍が管理権を有する区域と海上自衛隊が管理権を有する区域に分かれているのです。上記の1番と2番については米軍が管理権を有しているといえますが、3番については海上自衛隊がその管理権に基づいて米軍に一時使用を認めている区域ということになります。

実際に、第一次厚木基地訴訟最高裁判決と同日に、横田基地訴訟も最高裁が判決を下していますが、それぞれ損害賠償の根拠条文に差異があるのです。横田基地については、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法」(民事特別法)2条が損害賠償の根拠規定となっていますが、これに対して、厚木基地は単純に国家賠償法2条が根拠規定としてあげられています。これは、前者は米軍の管理施設であるのに対し、後者は日本国(海上自衛隊)に管理権があるため、そういう差異が生じるのです。つまり、裁判所は、損害賠償についてはこの法律関係の差異を反映させつつ、差止めについてはその差異を無視して同じく扱っているという点で、論理一貫していないと言えるのです。

求められる司法の役割とは

いずれにせよ、最高裁判所は、政治性の高い事案については、どうしても判断を控え消極主義に陥るといった傾向が見られます。確かに国防というのは、国家にとって生存を左右する重要事項であり、また高度に専門的な政治性を有するといえるでしょう。騒音はなくなったけど、結果的に国民の生命・財産が危険にさらされてしまったというのでは、本末転倒です。

しかし、司法を司る裁判所としては、そのような利益衡量までも審理することで役割を全うしたということができるでしょうし、形式的な論理構成を用いて判断を避けるようなことはあってはならないと考えます。

その意味で、今回の第四次厚木基地騒音訴訟で初めて差止めについて実体審理に入ったことは評価できるといえますし(結果が否定に終わったこと、また行政訴訟にて行ったことはさておき)、不安定な国際情勢の中でより混迷を深める安全保障、普天間や辺野古などの基地施設の問題についても、司法がより積極的に関わっていくことが求められるといえるでしょう。