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「政界を揺るがせた賭け麻雀」の背後にある権力とメディアの癒着の構造

橘玲作家
(写真:つのだよしお/アフロ)

検察庁法改正に反対するSNSの盛り上りで安倍政権が今国会での法案提出を断念したかと思ったら、疑惑の当事者である東京高検検事長が新聞記者宅で賭け麻雀をしていたことが週刊誌で暴露され、辞職するというまさかの展開となりました。

とはいえ、これは日本のメディアの実態を知っていればさほど驚くようなことではありません。新聞社もテレビ局も、社会部記者は警察・検察幹部、政治部記者は有力政治家や高級官僚の自宅に夜討ち朝駆けして、公私混同のつき合いでネタを取ってくるのが仕事だからです。

これが白日の下にさらされたのが2018年の「財務省事務次官セクハラ疑惑」で、このときは官僚機構の頂点にある財務省事務次官が、記者のなかから気に入った若い女性を選んで、「タダで遊べるキャバ嬢」として夜中に呼び出していました。今回は「次期検事総長」と噂される検察庁幹部が気の合った新聞記者を集めて賭け麻雀をしていたのですから、これがまったく同じ構図なのは明らかです。

こうした不祥事の背後にあるのが日本独特の記者クラブ制度です。賭け麻雀に呼ばれた新聞記者はいずれも司法記者クラブで検事長と懇意になり、新聞社のハイヤーで送り迎えするなど便宜を図ってきたとされます。記者クラブに所属していないジャーナリストには、重要人物と接触するこんな機会は得られません。

日本の大手新聞社・テレビ局にとって死活的に重要なのは、記者クラブの既得権を守ることです。なぜなら、日本にしかないこの異習によって情報を独占し、外国メディアやフリーのジャーナリストなど「よそ者」を排除できるのですから。

記者クラブ制度はメディアと権力の癒着の温床になるとして、言論・表現の自由に関する国連特別報告者である法学者デイヴィッド・ケイ氏から繰り返し批判されていますが、「リベラル」なメディアですらこれを無視し「排外主義」に固執しています。「自由な言論」を否定するひとたちが「自由な言論」を主張するというかなしい日本の現実が、ここに象徴されています。

今回の事件で驚いたのは、新聞社が渦中の記者らへの取材を、「記事化された内容以外は取材源秘匿の原則に基づき、一切公表しておりません」などと拒んでいることです。第三者の批判を受けつけず、信用できるかどうか検証しようのない「内部調査」で好き勝手な説明と謝罪をするだけでいいのなら、今後、この新聞社から不都合な取材を受けた個人・組織は同じ対応をするようになるでしょう。

皮肉なのは、疑惑の人物と麻雀卓を囲んだのが、安倍政権を擁護する「保守」の新聞社と、政権批判の急先鋒に立つ「リベラル」の新聞社の社員だということです。一見、対立しているように見えても、裏では「仲間」同士でつながっているメディアの内情が、これよってはからずも明らかになりました。

同業者の非常識な対応を批判できない他のメディアも含め、自分たちの信用がこうして毀損していくのだということを、もうすこし真剣に考えたほうがいいのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2020年6月1日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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