「凡庸でやさしい男」か「有能でも冷たい男」かの選択

(写真:アフロ)

「オレの気持ちがわからないのか!」「わたしがどう思ってるか気づいてよ!」今日もこんな言葉が日本のあちこちで飛び交っていることでしょう。でもよく考えると、「相手のことがわかる」には2つの異なる能力が必要です。

ひとつは「共感力」で、泣いたり怒ったり喜んだりしている相手の気持ちを自分に重ね合わせて感じることです。この能力が欠けていると、「冷たい」とか「自分勝手」となじられることになります。

もうひとつは相手がなにを考えているかを理解することで、いわば「読心力」ですが、心理学では「こころの理論」と呼ばれます。この能力が欠けていると、相手がなぜそんなふうに感じるのかがわからなくなります。

「こころの理論」を説明する格好のキャラクターが、『スタートレック』シリーズに登場するヴァルカン人のミスター・スポックです。スポックは徹底して合理的ですが共感力がないわけではなく、だからこそカーク船長ら乗組員と友情をつちかい、困難な宇宙の旅をいっしょにつづけることができます。「船長、それは非論理的です」の科白は、人間がなぜいつも感情的な判断をするのかが理解できないからです。

現実の社会でスポックによく似ているのが自閉症のひとたちです。著名な心理学者であるサイモン・バロン=コーエンは、胎児期の過剰なテストステロンなどの影響で「こころの理論」が機能しなくなることを「マインド・ブラインドネス」と名づけました。アスペルガー症候群もこの一種で、泣いている相手に共感して対処しようとしますが、なぜ泣いているかわからないため、コミュニケーションがうまくとれなくなってしまうのです。

ところで世の中には、自閉症とは逆に、「こころの理論」はあっても「共感力」が欠落しているひとたちがいます。これに病名がついていないのは、相手の「こころ」がわかりさえすれば、共感するふりができるからでしょう。

これはいわば「ハート・ブラインドネス」ですが、じつはこのひとたちは、社会的・経済的に大きく成功する比率が高いことが知られています。その理由はとてもシンプルで、ライバルを蹴落として組織のなかで出世するのは、相手のことを完璧に理解したうえで、その気持ちを平然と踏みにじるようなタイプなのです。

これが極端になると「サイコパス」ですが、じつは社会にとって有用なひとたちでもあります。一人ひとりの兵士の事情(子どもが生まれたばかり、とか)を考えていては、軍隊を死地に赴かせる冷徹な判断はできません。会社を窮地から救うのに、社員の家族(子育てしながら老親の介護もやっている、とか)を気にしていたら大胆なリストラなど不可能でしょう。レバノンに逃亡したあの人が典型ですが、グローバル企業の経営者の多くはこのタイプです。

当然のことながら、共感力と冷酷さは両立しません。これは、「仕事のできるイクメン」を求める多くの女性に困難をもたらします。現実には、「凡庸でやさしい男」か、「有能でも冷たい男」かの選択を突きつけられることになるのですから。

参考:サイモン・バロン=コーエン『自閉症とマインド・ブラインドネス』(青土社)

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