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アメリカへの憧れが消えて「すごいぞニッポン!」が増えた?

橘玲作家
米ラスベガス乱射事件から1週間(写真:ロイター/アフロ)

安倍首相が総選挙に踏み切り、民進党(衆院)が希望の党に吸収されて日本じゅうが大騒ぎしている頃、たまたま海外にいましたが、アメリカのニュース番組はプエルトリコを襲ったハリケーン「マリア」の話題ばかりでした。

9月20日に巨大台風に直撃されたカリブの島では全土が停電し、自家発電の燃料を使い果たした病院で患者がつぎつぎと死亡し、島民は動物の死骸に汚染された川の水を飲まざるを得なくなりました。首都サンファンの女性市長は涙ながらに救援の遅れを訴え、アメリカ政府と本土の市民に対して“We are dying and you are killing us.(私たちは死にかけていて、あなたたちが私たちを殺している)”と批判しました。プエルトリコは米国の自治領で、現代の先進国の出来事とはとうてい信じられません。

10月1日には観光地ラスベガスで、ミュージックフェスティバル会場の群集に向けてホテルの高層階から自動小銃が乱射され、約60人が死亡、500人ちかくが負傷する大惨事が起きました。容疑者は64歳の退職した白人男性で、事件後の捜査で47丁もの重火器を所有していたことが判明しました。

アメリカで銃撃事件が頻発するのは、憲法で「市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」としているからです。そのため社会には銃が広く行き渡り、これを規制しようとすると「善良な市民だけが銃を放棄し、武装した犯罪者の餌食になる」との批判が噴出して身動きがとれなくなってしまうのです。

しかしこれは、日本のような「銃のない社会」から見れば、ものすごくバカバカしい話です。そんなおかしな憲法はさっさと改正しておけばよかったのですが、市民の武装権はアメリカ建国の理念とされていて、「不磨の大典」に触れることは許されないのです。

日本で総選挙が決まったときに、この2つの事件がアメリカで起きたのは象徴的です。

太平洋戦争に敗北した日本は米軍に占領・統治され、民主政国家へと「改造」されました。戦後日本の歴史には、アメリカへの憧れと反発の複雑な心理が深く刻印されています。

1970年代まではアメリカは「きらきら輝く夢の国」でしたが、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれるようになった80年代からすこしずつ印象が変わっていきます。それがよくわかるのが音楽で、かつての若者は海の向こうのヒットソングを知るためにラジオにかじりついていましたが、いまではJポップのファンは洋楽になんの興味もありません。「同じような曲が日本語で楽しめるのにわざわざ英語の歌を聴く必要などない」と考える彼らに、もはやアメリカへの憧れはないのでしょう。

しかしなんといっても、決定的なのは昨年末の米大統領選です。「民主主義の教科書」だった国に世界じゅうから笑い者にされる大統領が誕生したことで、多くの日本人の「アメリカ幻想」がはがれ落ちました。プエルトリコやラスベガスのニュースを見ても、驚くというよりは「あんな国に生まれなくてよかった」と思うだけでしょう。

日本人が“保守化”し「すごいぞニッポン!」が増殖するのは、「あそこよりはマシ」な国がどんどん増えているからなのかもしれません。

『週刊プレイボーイ』2017年10月23日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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