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覚醒剤じゃなくても、みんななにかに依存している

橘玲作家

元有名野球選手が覚醒剤所持・使用容疑で逮捕されました。報道によれば選手時代から覚醒剤を常用していた疑いもあり、近年は完全な依存状態になっていたようです。

健康への影響がタバコよりも少ないマリファナが欧米で解禁されつつあるのに対し、覚醒剤(アンフェタミン)やヘロイン、コカインなどはハードドラッグと呼ばれ、強烈な快感と強い依存性から法できびしく取り締まるのが当然とされてきました。ところがノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ミルトン・フリードマンやゲイリー・ベッカーらは、マリファナはもちろんハードドラッグも合法化して酒やタバコと同様に市場で取引できるようにすべきだと主張しています。

彼らはもちろん、ドラッグの危険性を軽視しているわけではありません。しかしアメリカにおけるドラッグ・ウォーズを振り返るなら、規制や取締りはほとんど効果がなく、麻薬組織はあいかわらず莫大な利益をほしいままにし、供給側の中南米の国々の治安を破壊しています。また近年のきびしすぎる量刑は、巨額の税金を投じて末端のドラッグディーラーを大量に刑務所に収監することで、黒人やヒスパニックなどマイノリティのコミュニティを危機に陥れました。黒人女性の未婚率や母子家庭の割合が極端に高いのは、若い黒人が刑務所にいるからなのです。

米国での調査では、ハードドラッグ体験者のうち95%は中毒になる前に使用をやめており、依存症になるのは5%程度です。このひとたちはさまざまな理由から依存状態になりやすく、ドラッグを禁止すれば非合法な手段で手に入れようとするか、大量飲酒など他の有害な行動をとるようになります。医師のなかにも、ドラッグよりも酒(アルコール)の方が有害だと考えるひとはたくさんいます。だとすれば、ハードドラッグを合法化し、法の下で製造・販売を管理して、そこからの税収を依存症への治療に充てたらどうでしょうか。

麻薬を合法化すれば地下組織は壊滅し、刑務所に収監される犯罪者の数も激減し、高価な麻薬を入手するための衝動的な犯罪も減るでしょう。麻薬供給国の治安は劇的に改善し、アフガニスタンのタリバーンのようなテロ組織がケシを資金源にすることもできなくなります。麻薬依存症はアルコール依存症などと同じく、犯罪ではなく治療の必要な病気として扱われるべきです。

依存症を引き起こすのは、酒や麻薬だけではありません。セックスや恋愛でも脳内にドーパミンなどの快楽物質が分泌されることがわかっており、セックス依存症や恋愛依存症が社会問題になりつつありますが、これを法で禁止すれば国民がいなくなってしまいます。過激なナショナリストはアイデンティティを国家に依存していますが、国家が国家を禁ずることはできません。IS(イスラム国)のテロが明らかにしたようにもっとも危険な依存の対象は宗教でしょうが、神を違法にすることもできません。

けっきょくのところ、すべてのひとが、多かれ少なかれなにかに依存して生きているのです。私たちは、そんなに強いわけではありません。

だとすれば、必要なのは特定の依存症患者を袋叩きにすることではなく、彼らが社会復帰できるよりよい仕組みをつくっていくことでしょう。このような視点があれば、退屈な芸能ニュースにも多少は深みが出ると思うのですが。

参考:ゲーリー・S. ベッカー『ベッカー教授の経済学ではこう考える』(東洋経済新報社)

『週刊プレイボーイ』2016年2月22日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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