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あまりに情けない軽減税率論議に、民主党ができること

橘玲作家

2017年4月の消費税率10%引き上げ時に、酒と外食を除く飲食料品全般と新聞の定期購読料に軽減税率が適用されることが閣議決定されました。

税金が上がることを歓迎するひとはいませんから、生きていくのに必要な食品への課税軽減を有権者が歓迎することは間違いありません。もともと自民党は軽減税率に否定的でしたが、支持(宗教)団体に軽減税率導入を約束した公明党が、安保法制に賛成した見返りとして強硬に導入を求め、参院選後の憲法改正を目指す安倍政権が「貸しをつくる」政治判断をした、という経緯も報道のとおりでしょう。

新聞への軽減税率適用が決まったのも、保守系の二紙が安保法制を熱烈に支持したことへの論功行賞なのは明らかです。こちらも憲法改正への布石で、アメを与えることでさらなる協力を確約させる、というのも理に適っています。

安倍政権をきびしく批判していたリベラルな新聞にも軽減税率の恩恵が及びますが、じつはこれも計略のうちで、案の定、ネットなどでの批判は「権力」に向かってキャンキャン吠えるふりをしておいて、じつは懸命に尻尾を振っていた新聞社に集中しています。そう考えれば、見事な深謀遠慮というほかありません。

食品への軽減税率は社会的弱者のためとされますが、富裕層も恩恵を受けるため、消費税の逆進性をほとんど改善しないことは税の専門家から繰り返し指摘されています。いずれ、「アワビや霜降り牛肉の課税をなぜ軽減するのか」という批判が出てくるのは確実で、実際、「消費税先進国」であるヨーロッパではぜいたく品への適用除外が増えすぎて混乱を来たしています。

新聞社は「民主主義を守るためにも知識への課税は最小限度にとどめるべき」と主張しますが、「知識」が宅配の新聞だけに限られるというのはいかにも奇妙です。説明に窮して「出版物や電子メディアへの軽減税率適用も求めていく」などといっていますが、これが実現不可能なのは最初からわかっていることで、ただの口先のごまかしです。

「有害図書(コンテンツ)」問題で紛糾必至のメディアに税の優遇をしても、批判されるだけでなんの政治的メリットもありません。そんなことより、医薬品や電気・ガス・水道などの公共料金の課税を軽減した方がはるかに有権者の受けはいいでしょう。そもそも「知識」を求めて新聞や書籍に高いお金を払う有権者などごく一部しかいないのです。

政治家が軽減税率を好むのは、権力を行使する範囲が広がるからです。本気で「国家権力」を批判するのなら、政治家の裁量の範囲を減らし、特定の業界に便宜を与える余地をなくしていかなければなりませんが、自分たちの生活がかかるとこんな当たり前のことすらわからなくなるようです。

あまりに情けないこの現状に風穴を開けられるのは、野党第一党の民主党でしょう。支持率はどん底まで落ち、新聞やテレビなどメディアを敵に回してもこれ以上失うものはないのですから、ここはぜひ正論を貫いて、弱者保護をかたって特定の宗教の信者に便宜をはかる「国民政党」や、自分たちだけが「知識」を独占していると国家権力に認めてもらって喜んでいる「第四の権力(マスメディア)」の欺瞞をぜひ暴いてほしいものです。

『週刊プレイボーイ』2016年2月1日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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