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そもそもメニューを信じる方がおかしい

橘玲作家

食材偽装問題で阪急阪神ホテルズの社長が辞任を表明しました。当初は勘違いによる誤表示と説明していたものの、再調査によって従業員が虚偽表示と認識していたケースが見つかったのが理由です。

トビコ(トビオウの卵)をレッドキャビア(マスの卵)、体長200ミリを超えるバナメイエビを150ミリほどの芝エビと表示するなど、当初から「プロの料理人が間違えるはずはない」との疑問の声が出ていました。ホテル側の再調査は、食材の偽装表示が確信犯であったことを示しています。

この問題を受けて、ホテル側はメニューを正しい表示に変更しました。「鮮魚と六甲山ホテル自家製菜園野菜の天婦羅」が「海の幸と季節の野菜の天婦羅」に変わり、レトワール風オードブル ホテル菜園の無農薬サラダを添えて」がたんなる「レトワール風オードブル」になったのは、一部の魚が冷凍もので、菜園の野菜だけでは間に合わないときに市販のものを使用していたからだそうです。

変更前と変更後のメニューを見比べると、なぜ食材を偽装せざるを得なかったのかがよくわかります。「海の幸と季節の野菜の天婦羅」では近所の定食屋のようです。「レトワール風オードブル」はたんに店の名前を冠しただけですから、なんの説明にもなっていません。これでは高いお金を払っても、なんの有り難味もないのです。

世の中に食通を自慢するひとはたくさんいますが、私たちの味覚はけっこういい加減で、微妙な味の違いを判別することはできません。フランスワインの大がかりな偽装事件では、チリやアルゼンチンから安価な新世界ワインを仕入れ、ボルドーやブルゴーニュの有名シャトーのラベルをボトルに貼って大儲けしていた事件の主犯が、裁判の席で「ボルドーワインと新世界ワインの違いなんて誰にもわからない」と証言してしまいました。ソムリエはワインの味ではなくラベルによってグレードを評価していたのです。

一人数万円もする料理は、ミシュランの星のようなブランドと豪華な雰囲気、アワビやフォアグラなどの高級食材で正当化されます。とはいえ食材が高いのは稀少だからで、それが必ずしも美味しいとは限りません。いまの時期に高級日本料理店に行くと、松茸の吸い物、松茸の天婦羅、松茸ご飯などが次々と出てきますが、安くて美味しいキノコはほかにいくらでもあります。

プロの料理人は誰でも、味覚がイメージによって操作できることを知っています。そこでもっとも安価で効果的な方法として、「メニューを美味しそうに書く」ということが広まっていったのでしょう。

こうした戦略は軍拡競争と同じで、歯止めがきかないという特徴があります。いまでは居酒屋ですら、食材の産地や無農薬をアピールするようになりました。だったら高級レストランは、価格に見合ったより満足度の高いメニューをつくらなければなりません。

こうしてメニューの書き換えが日常化していったのだとすると、今回のトラブルが必然だったことがわかります。連日のように同様の食材偽装が明らかになっていますが、こんなことは当たり前で、「そもそもメニューを信用するほうがおかしい」ということなのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2013年10月11日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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