ついに最終回を迎える『17才の帝国』。

テーマの先見性が話題になっている。

地方都市のトップを17才の高校生が務める。「経験は判断を歪める」と、若者に白羽の矢が当てられた。

しかも思惑で動く大人が集まる議会を廃止し、直接民主制に近い意思決定システムが採用された。そこでは考える時間を設けた熟慮型の世論調査に近い住民投票が、政策決定の前提となる。

これら斬新な要素満載の物語は、NHK改革と一部が重なって見える。

職種別の人材育成システムを見直すという前田NHK会長の改革に対して、専門性は必須と反対する声が上がった。中にはジョブローテーションやコストカットを、雑誌で痛烈に告発する“有志一同”も現れた。

「社会の公器」たる放送を守るためには、人件費など高コストは避けられないと反論しているようだ。

斜陽となった202X年の日本。

2023年度に波を減らし受信料を値下げするNHKが重なる。もっと言えば、インターネット経由で映像情報を消費する時代、放送を前提に受信料を集めるNHKの未来は不透明だ。

ドラマでは、「民主主義の破壊」と抵抗する勢力が描かれる。

「スリムで強靭」を目指すNHKでも、「ジャーナリズムや放送文化の危機」という声が聞こえてくる。

AIの活用と若者の志で拓く未来は、ユートピアかディストピアか。

理事や局長に女性を増やし、管理職の若返りを図るNHKと少しダブる。

NHKの一人称番組なのかと錯覚する『17才の帝国』を深読みしてみた。

経験が人を腐らせる

202X年の日本。

GDPが戦後最大に落ち込み、失業率は10%超、G7からも“除外”されてしまう。世界から「経済の日没=サンセット・ジャパン」と呼ばれるとドラマは設定した。

出口のない状況を打破するため、プロジェクトが動き出した。

衰退の一途となった地方都市の政治を、最先端のAIと20歳前後の若者に委ねる実験だ。

AIが総理に選んだのは、17才の高校生・真木亜嵐(神尾楓珠)。

「経験のない若者に行政が出来るのか」の質問に、真木新総理は「経験はAIに蓄積されている」「それに、経験は人を臆病にしたり、人を腐らせることがある」と切り返す。

総理補佐官となる茶川サチ(山田杏奈)の家でもこんな会話。

父(杉本哲太)「高校生が政治の世界なんて…」

サチ「大人は皆、世の中のことより自分たちのことばっか考えている」「政治家もそう、問題解決どころか問題ばかり起こしている」

「成功が多くの人をダメにした」

第4話「理想の世界」冒頭では、ベンジャミン・フランクリンのこんな言葉が飛び出すほど、権力を持つ大人に厳しいドラマだ。

専門性の否定

NHK改革では、新たな人事制度が掲げられた。

「職種別の採用が、NHKの硬直化を生み出した」と、縦割り打破と管理職の若返りが始まった。職員採用でも、「ディレクター」「記者」「アナウンサー」などの職種別採用を廃止する。

既存の職員も例外ではない。

大阪局ではいち早く、文化番組部・芸能番組部・報道番組部の3セクションが「コンテンツセンター」に集約された。局長ポストは立候補制とし、選抜プログラムが実施された。最初の合格者は、それまでの局長の平均55才より10歳以上若いという。

この若手登用には、「イエスマンの重用」という批判がある。

雑誌で告発した有志は、「(地域局の局長は)年齢を重ね、地元の大物にもひるまず関係を築ける、人生経験豊富な職員」が求められるとしている。

「縦割り打破が現場の混乱を招いている」という声もある。

放送では「高い専門性と高度なスキル」が必要で、「私たち職員は専門知識を活かし、お金と時間をかけて、テーマを深く掘り下げ」「民放には真似できないNHKの存在価値」を守って来た自負があるとした。

実は医師教育では、90年代からローテーションが始まっている。

筆者も在職中に、研修医の教育現場を取材したことがある。大学病院などで、例えば循環器内科のみを2年学ぶより、一定期間に複数の科目を経験した方が医師として総合的な技術や知識が得られるという内容だった。

マスコミは他業界については、厳しくとり上げる傾向にある。

縦割りの弊害若手への権限移譲の必要性もそう。ところが放送の仕事だけは、他とは異なり特別なのだろうか。

今回のドラマも「経験が正しい判断を曇らせることがある」としたが、どうも自分たちのこととなると話は別のようだ。

「言うことと実際にやることの乖離」がメディア企業に対してよく言われる所以だ。

直接民主制の可否

ドラマでは、癒着やしがらみを排した透明な政治が動き出す。

閣議はライブ配信され、閣僚の普段も公開となった。そして実験都市の市議会廃止が決められた。

若き閣僚たちの議論。

「過去30年分の議会議事録を分析したら、毎年不適切な予算案が議会で議決されていた」

「利権・癒着によるものか、不必要なものがかなりある」

「教育・福祉・医療・文化支援は足りてない、それが住民の幸福度を下げている」

かくして真木総理が「議会は廃止」とした。

ところが助言役の平(星野源)が異を唱えた。

「市議会は君たちを監視し、暴走を止める役割がある」

「すべてガラス張り、町全体が議会、住民が僕たちを監視できる」と真木の反論。

「住民には君たちを馘にする権利がない」と平が食い下がる。

議論はAIの提案で決着した。

「支持率が30%を切ったら、私が総理を罷免する」

直接民主制のような意思決定プロセスが動き出した。

市役所職員の削減や商店街の再開発なども、住民の意向を吸い上げながら具体策が決まり始めた。

NHKは誰のものか?

NHKは「国民にとっての共有財産」

有志による雑誌記事は、受信料で成り立つNHKをこう規定した。しかし国民が共有するはずのNHKには、経営方針や番組制作に国民の意向を反映させる仕組みがない。

米国公共放送の番組「フロントライン」は早くから画期的だ。

Nスぺのようなドキュメンタリーだが、90年代から取材したインタビューは全文公開していた。その中から、放送はどの部分を使ったのかが明示される。

番組の提案採択もユニークだ。

放送枠の3倍ほどの提案が通る。では、実際の放送はどうするのか。

プロデューサーが制作費の一部を、寄付として団体や個人から集められたテーマから放送に至る。つまり放送内容も、テレビ局の内側の論理だけで決まっていないのである。

今年4月、英国は放送政策を見直すと発表した。

今年で放送開始100年を迎えるBBCに対して、今後のビジョンを考えるとした。そしてNHKの受信料に相当する「受信許可料」を、2028年までに見直すと明言した。

デジタル時代における放送を再検討する必要があると考えているからだ。

NHKは長年、将来ビジョンを明確にして来なかった。

放送法第1条に登場する「放送の福祉」「民主主義の発達」などに資する役割は言われて来た。ただし具体的な方向性は、ほとんど発信されて来なかった。

特にデジタル時代で放送の位置づけが大きく変わる中、メディアとしてのトータルデザインを明示したことがない。

これでは組織存続が最優先と見られても仕方ない。

実は同ドラマは、若年層や政治・社会問題への関心層に良く見られている(詳細は拙稿『低視聴率でも視聴者層を開拓!~異色ドラマ「17才の帝国」の実力~』を参照)。

こうした人々にNHKの将来がどう見えているか、内部の人々はよく考えるべきだろう。

変革の難しさ

ドラマでは日本の未来について、考えるべきテーマが幾つも登場する。

直接民主主義については、「投票率の低い選挙で選ばれた人が住民の声を代表するより良い」の発言があった。政治家にとっての支援者については、「支援者は自分たちの立場を主張してばっかりで住民は蚊帳の外」と、議会制民主主義の限界が指摘された。

そして改革の難しさ。

「誰かの幸せをとると、誰かが不幸になることもある」と言う。確かに市役所職員の大幅削減は、対象者たちの人生が狂い、一時的に社会的混乱を招く。それでも数年後に、多くの住民の利便性が増し、幸福度が上がっていくこともある。

NHK改革では、50代のリストラが始まる。

「スリムで強靭」という以上は、受信料のさらなる値下げや、あり方の見直しも避けられないだろう。これらはNHK関係者にとっては厳しい状況となろう。

それでも「人材育成はOJTでこそ」とか、「専門性が優れた番組を作る」などに拘泥していては、新しい世界は拓けない。そもそも受信料を払っても良いと考える人々のニーズは、デジタル時代にどう変わるのかを考えないと話にならない。

「先進性は不可欠」としつつ、「従来のやり方は変えたくない」では通らない。

『17才の帝国』のように、放送では素晴らしい問いかけをするNHKだ。自らの問題に対しても思考停止することなく、NHKを共有財産とするなら国民に説得力のある発信をしてもらいたい。

NHK改革をはじめ、デジタル時代に放送メディアがどうあるべきかについては、6月21日(火)16時から次世代メディア研究所セミナー『情報通信戦略調査会 佐藤勉会長が展望する“放送の未来”』で議論します。