東京オリンピックの開会式まで2週間ほどとなった8日夕方。

NHKのメインニュース『ニュース7』が、またしても異様な報道となった。

専門家会議の了承を得て政府の新型コロナウィルス対策本部は、7月12日から8月22日まで、感染の再拡大が続く東京都に4回目の「緊急事態宣言」を出すことを決めた。

これで五輪は開催期間すべてが宣言期間に入ることになった。

菅首相は午後7時から記者会見を行った。

これに対応して『ニュース7』は、時間を延長し会見開始から終了までの約1時間をまるまる中継で伝えた。

しかしこの記者会見は、1時間に渡って中継するほどの緊急性とニュース価値があったのだろうか。

視聴データを精査すると、中身のないグダグダ中継にうんざりして、途中で民放に切り替えたり、テレビを消してまった視聴者が少なくないことがわかる。

視聴者の流出が止まらない

全国約285万台のインターネット接続テレビの視聴動向を調べるインテージによれば、普段の『NHKニュース7』は、7時のスタートから10分ほど接触率を上げて8%ほどとなる。

その後は徐々に数字を下げるが、番組終了時でも7%前後を保つ。

ところが4回目の「緊急事態宣言」発出を伝える菅首相の記者会見が中継された7月8日。

冒頭は同様の接触率で始まりながら、菅首相の会見が始まって2~3分で数字は下がり始めた。そして会見中継の間は数字が下がり続け、終了した8時までに3%ほどを失った。

普段の『ニュース7』のピークと比べ半減近い悲惨な見られ方だった。

この日は梅雨末期の大雨による被害が心配される日だった。

活発な梅雨前線の影響で、中国地方の各地で記録的な大雨となっていた。『ニュース7』直前の午後6時のニュースでは、「中国地方 記録的大雨 厳重警戒を」のタイトルで土砂災害と大雨への警戒を呼び掛けるニュースをトップで伝え、緊急事態宣言が正式に決まったニュースは二番手だった。

一方『ニュース7』では、首相会見の後にまわったため、3%ほどの視聴者が流出してしまっていた。

NHKが今年1月に発表した「NHK経営計画 2021-2023年度」では、冒頭に出てくる5つの重点項目の1番が、「安全・安心を支える “命と暮らしを守る”報道を強化」だった。

ところが内容のない首相会見を1時間に渡りダラダラ伝えたために、多くの視聴者は「厳重な警戒」を要する緊急報道を見そびれてしまった。

視聴者の流出ポイント

NHKが災害報道より緊急性および重要性が高いと判断した菅首相会見。

視聴者がどう見たかを、先のインテージによる流出率データで浮かび上がらせてみよう。どのタイミングでどれくらいの視聴者が番組から流出しているかの指標である。

この1か月、『ニュース7』は3回拡大版を放送した。

6月17日、7月3日、そして今回の7月8日だ。最初は、9都道府県に出されていた緊急事態宣言を解除することを伝える菅首相の記者会見だった。

2回目は、静岡県熱海市で起こった土石流の災害を伝える報道で通常の30分が1時間になった。

そして今回は、4回目の緊急事態宣言の発出にかかわる首相記者会見を1時間中継したための拡大版だった。

まず同じ首相記者会見で比べると、6月17日より今回の方が明らかに多くの人が流出している。

特に冒頭10分で、今回はより多くの人が逃げ出した。

また熱海市の土石流災害と比較すると、その差は明快だ。

冒頭の3分で、今回の流出は約4倍に達する。また最初の10分間、流出率は2倍ほど高い瞬間が大半だった。しかも会見が終了する最後まで、高い流出率が続いたのである。

この辺りは、SNS上のつぶやきで視聴者の気持ちが垣間見られる。

「NHK7時のニュース、また菅総理の発言からだよ。 どうなってるんでしょうか、この大本営発表的スタイルの定着」

「菅総理の記者会見は、無駄ですね。 NHKさんは、政府の広報機関ですか? 大雨災害のニュースが、プライオリティ高いでしょう」

「もう緊急記者会見とか要らんのでニュース7消した」

「これライブでやる意味ありますの?」

これらは番組が始まって間のない頃の投稿だ。

失望とNHKニュースへの不信が表れているツイートと言えよう。

「菅首相、 話は下手だし 滑舌悪いし よく噛むし 覇気ないし・・・」

「呂律が回ってなく何言っているのか?聞き取りにくい」

「スピーチは響かないし、質問にはまともに答えないというかダラダラ、ボソボソ話していて何を言いたいのか分からない」

「すごい。 菅総理が五輪開催の意義を語れば語るほど、五輪から気持ちが離れていく。 こんなに言葉に力がある総理はいない」

これなら民放のニュースが伝えるように、重要な発言だけを聞かせ、後は全体の要点をまとめてくれた方が内容はよく理解できる。

1時間ほどそのまま中継するのは、明らかに効果よりデメリットの方が大きいと言えよう。

報道OBの見方

菅首相の記者会見をメインニュースのトップで1時間に渡って中継する意味は本当にあったのか、NHK報道のOBに取材してみた。

「東京都への緊急事態宣言の発出と期間は、前夜に政府が諮問方針を決めており、段取りに波乱がない限り、多くの人にとって“既報”だった。まして政府の対策会議の正式決定も午後5時すぎに済んでおり、6時のニュースで菅首相の発言の音声も放送されているので、首相会見に緊急性はない」

「記者会見では『場合によっては前倒し解除』『飲食店への協力金先渡し』などに触れたが、トップで1時間かける内容とは思えない」

「何よりも、もう4回目となる緊急事態宣言に協力を求める首相の発言が、人々の心をとらえるメッセージだったかどうかだ。『東京を起点とする感染拡大は絶対に避けなければならない』『負担をお掛けするのは申し訳ない』などと述べたが、記者の質問にきちんと答えていないなど批判も少なくなく、人々の心にどれだけ響いたかは不透明だ」

そして記者会見中継の内容以上に大きな疑問は、ニュースオーダーという。

「この日は中国地方での大雨の方が大事なニュースでは無かったのか。直前の午後6時のニュースでは、それをトップで伝え、緊急事態宣言が正式に決まったニュースは二番手だった。『ニュース7』でも、首相会見が終わったあとすぐに大雨のニュースを入れ、緊急事態宣言はそのあとに回った。ならば首相会見をトップニュースとして1時間にわたり中継で扱ったニュース判断は疑問と言わざるを得ない」

ゴールデンタイムに進出する「菅首相記者会見」

実は菅首相の記者会見は、安倍前首相の頃と比べて大きな違いがある。

コロナ危機の時代ということで、2020年1月からの首相記者会見を首相官邸の記録でチェックしてみた。

安倍前首相は2020年1月から8月28日の退任会見まで11回のうち、『ニュース7』の時間と重なったのは2020年4月7日最初の緊急事態宣言を決めた記者会見が午後7時から8時過ぎまで行われただけだった。他は退任会見が午後5時から、伊勢での年頭会見は午後2時台、これ以外はすべて午後6時からだった。

一方の菅首相は、2020年9月16日の首相就任会見以来15回行っている。

親任式・認証式のあと行われた就任記者会見は午後9時からだったが、その後は午前中の年頭会見を除いて午後6時の開始と安倍政権を踏襲していた。

ところが1月13日、2回目の緊急事態宣言の対象地域に大阪、兵庫など7府県の追加を決定した記者会見を午後7時から始めて以降、ゴールデンタイムへの進出が目立つ。

『ニュース7』開始の午後7時からが今回を含めて5回、『ニュースウォッチ9』開始の午後9時からが1回、そのほか4回も午後8時前後からとゴールデンタイムだった。

これらの時間帯は、午後6時台に比べて視聴率は高い。

特に午後7時からの『ニュース7』は“老舗のニュース”で、政治に関心の高い世代の視聴率が高いという事情もある。首相サイドから見るとアピールの場としてはなかなかのものだろう。

しかしニュースを放送する側から見れば、大きな中継の塊で、ニュース編集の柔軟性が奪われる。

またニュースの時間とかち合わなくても、定時番組の編成に少なからぬ影響を与え、ゴールデンタイムだけに視聴者の苦情も増える。

現に今回も、「期待していた番組を見そびれた」旨のつぶやきがSNS上には少なくなかった。

首相官邸とNHK

行政府の長である首相の記者会見を、きちんと伝えることは、“人々の知る権利”に応えるものだ。

重要な会見は、多くの視聴者が見られる時間帯で伝える必要もあろう。しかし内容の乏しい記者会見だったり、首相サイドの一方的な主張の場だったりすれば、それなりの扱いがふさわしいこともある。

例えば安倍前首相の会見が1度だけ『ニュース7』と重なった2020年4月7日。

最初の緊急事態宣言の際だっただけに、視聴者の注目度は極めて高かった。中継中の接触率が14%ほどと今回の2倍以上だっただけでなく、途中で数字がほとんど下がっていない。

ニュース判断として、“人々の知る権利”に適切に応えたものだったと言えよう。

ところが菅首相になってからの『ニュース7』の中での会見中継は、低調なものが目立つ。

報道のOBは首相官邸とNHKの関係に変化が見られるという。

「かつての首相会見は、午後6時がいわば慣例になっていた。菅首相の途中から、午後7時や8時の会見が普通になった。菅首相はNHKに詳しいことで知られているが、このところNHKに対する影響力がいっそう強くなったのではないか」

NHKは放送法で会長が業務を総理するとされており、編集権は会長に帰属する。

首相の記者会見はすべて生中継で放送しなければならないのか。記者会見の時間帯は誰がどこで決めているのか。『ニュース7』の編責か、報道局長か、編成局長か、それとも会長の意向か。

いずれにしても、このところのNHKニュースのやり方には疑問が尽きない。

『ニュース7』冒頭から首相記者会見の1時間中継が相次ぐことが、NHKが官邸サイドに忖度した結果や隷従した結果でないと願いたい。