東京オリンピックの開会式まで50日を切った。

これまで菅首相の記者会見に一緒に立つことの多かった政府分科会の尾身茂会長。

ところが6月2日、「(五輪の開催は)普通ではない」と発言したために、両者の間で不協和音が聞こえ始めた。

しかも尾身会長は3日連続で、五輪開催に警鐘を鳴らし続けた。

対する政府側の反応はそっけない。

この国際的な大イベントを直前にした政府内のゴタゴタに対して、NHKは的確な報道をできているだろうか。検証してみた。

今回の予兆

そもそも尾身会長は、このところ気になる発言をしていた。

4月28日の衆議院厚生労働委員会では、「開催に関する議論をすべき時期に来ている」と述べていた。ところが政府の諮問はなかった。

5月14日の政府の基本的対処方針分科会。

専門家らが政府の方針と異なり、北海道・岡山・広島の3道県に緊急事態宣言を出すよう要請した。この時に尾身会長は、「専門家が反対したとなっても、今日、政府の対策本部はやるんですか」と西村経済再生相に対して述べている。

6月1日の参院厚生労働委員会。

「五輪をやれば、さらに(医療に)負荷がかかることがあり得るので、最終的な決断はそういうことも踏まえてやっていただきたい」

明らかに五輪開催により感染が拡大することを尾身会長は懸念していた。

感染を徹底的に抑え込まないと東京から変異株が発生しかねないと、専門家として恐れていたのである。

警鐘第1打:「普通はない」

尾身会長は6月2日衆議院厚生労働委員会で、オリパラについて踏み込んだ発言をした。

「今のパンデミックの状況で開催するのは普通はない」

そして開催の目的を明確にする必要性を説いた。

ところが加藤官房長官も菅首相も、尾身会長の問題提起に真正面からは応えなかった。

筆者作成
筆者作成

これを報じたNHK『ニュース7』。

尾身発言を淡々と伝え、加藤官房長官の会見を後ろに続けた。ただし主要項目としての表示はなく、そっけないものだった。

次に『ニュースウオッチ9』。

和久田キャスターが「今の感染状況での開催 普通はない」という尾身発言をリードで紹介したが、田中キャスターは「危機感の背景にあるのが変異したウィルスです」とコメント。インド型変異ウィルスのニュースに論点を変えたり、“オリンピック開催問題”ではなく“感染症対策一般の問題”にしたりと、なんとも首を傾げる編集だった。

対照的なのがテレビ朝日の『報道ステーション』。

尾身発言を“踏み込んだ発言”としてトップに据えた。国会での二つの委員会について、野党議員の質問と尾身会長の答弁を時間を使って紹介し、一連のオリンピックニュースの柱にした。

さらに尾身発言の背景について、大会そのものより大会によって生み出される人出などへの危惧など、専門家によるリスク評価の提言があると記者が中継で解説した。

ちなみに翌朝の『おはよう日本』も疑問だった。

尾身発言を受けて、菅首相は「専門家の方々も感染対策をしっかりやるべきというご意見でしょうから、しっかりと対応したい」「まさに平和の祭典、スポーツの力で世界に発信していく」と、五輪への対策と開催の意義が印象に残るようになっていた。

尾身会長の懸念には向き合わないNHKの一連のニュースだったのである。

警鐘第2打:「厳しい責任、強い覚悟」

翌3日、尾身会長は「普通ではない」と再び警鐘を鳴らした。

開催するなら政府・五輪委員会に厳しい責任と強い覚悟がいる。一般の人は家で静かにテレビ観戦と伝えないと、感染対策ができないと強く主張した。

人流などに対して西村経済再生相は、一定の理解を示した。

橋本組織委員会会長は、「困難な時代だからこそ大会を開催」「人々のつながりや絆の再生にスポーツの力で貢献する」と、大会の意義を述べた。

与野党の反応も相次いだ。

岸田自民党政調会長は「安全性説明する努力を」。北側公明党副代表は「(尾身)発言はそのとおりだ」。

立民安住国対委員長「ひたすら開催に疑問」、共産志位委員長「中止決断 改めて求める」、国民玉木代表「行け行けどんどんでは理解えられない」など、尾身発言は政界に波紋を投げかけた。

これに対して『ニュース7』は、前日とトーンが変わった。

「尾身氏“五輪開催は普通でない”」の見出しで。主要項目の一番手として大きく扱った。開催まで50日のこの日、表彰台の披露などの大会準備に続いて、尾身発言を伝えた。

ただし直後に一日前の菅首相のぶら下がり会見での“開催の理由”発言を編集した。

「その日の素材で構成しないのは、ストレートニュースとしては“異例”」と報道OBは首を傾げる。確かに橋本会長の意義についての当日の発言をこの後使っているだけに、違和感が残った。

視聴者の立場で言えば、尾身会長の問いかけに政府側は答えていないので、どう受け止めるべきかの解説が欲しいニュースだった。

これに対して『報道ステーション』は、踏み込んだ解説があった。

この日も尾身発言をトップで扱い、コロナ関連と五輪開催準備のニュースを構成した。次に尾身発言での大会の外側での対策の重要性などを詳しく紹介した後、沖縄での深刻な状況を克明に伝えた。

最後にコメンテーターが、“政府は様子見”“織り込み済み”と、尾身会長と政府の状況について説明したのである。

警鐘第3打:「感染リスク20日までに見解」

3日目の6月4日。尾身会長は大会の外側の問題を指摘した。

五輪自体のコントロールが出来たとしても、大会開催によって国内での人流を抑えるのは大変で、そこが一番大切としたのである。

そして6月20日までに感染症リスクについて専門家としての見解をまとめ、関係者に伝える考えを示した。

ところが政府関係者の反応は冷ややかだった。

今後出てくる専門家としての見解を、「自主的な研究の成果の発表」と田村厚労相は位置付けた。

丸川大臣は「立場の違いで認識が違う」との考えを示した。

橋本会長は「(尾身会長らの)提言を受けて政府が示す基準にのっとって適切に進めていきたい」と述べた。

これまで尾身会長は政府の分科会のトップとしてかかわっていたが、3人の発言は明らかに距離を置いたものに変わっていた。

これに対して『ニュース7』は、尾身会長の発言と橋本会長の記者会見のみを伝えた。

ところが橋本会長が「のっとる」としている政府のスタンス、つまり田村厚労相の見解が抜けているので、何が論点なのかが見えないニュースとなった。

『ニュースウオッチ9』に至っては、尾身発言のリードの後、上野動物園のパンダになってしまった。

尾身会長らが提出する見解については、田村厚労相と橋本会長の発言が紹介され、全体像は見えるようになっていたが、両者の見解の違いなど何が論点なのかの解説はなかった。

尾身発言と政府との溝

今回の尾身会長の発言は、オリンピックの感染症対策について踏み込んだ印象を受ける。

特に「パンデミックの中での開催は普通ない」旨の表現は、開催準備を進める政府と組織委員会にインパクトを与えただろう。

ただし「中止すべき」と言っているのでなく、“厳しい責任と強い決意”を政府や組織委員会に求めるものだった。

ところが「自民党内の反発」として伝えられるニュースが散見された。

尾身発言を“取り込む”のではなく、“跳ね返す”動きが出ていたのである。その象徴が、尾身会長ら専門家の提言に対して、田村厚労相による「自主的研究」という位置づけだ。

これまではコロナ対策を共に進めてきた菅首相と尾身会長。

記者会見では互いに配慮する場面もあるなど、良い関係だった印象がある。ところが今回一連の発言に対して、政府や大会関係者の反応は「そっけない」ものが多い。

大会まで50日を切った時点での不協和音は、国民も大いに注目するところだ。

NHKニュースは的確か?

ところがNHKニュースの扱いには違和感が残る。

尾身発言を変異株拡大の問題にすり替えたり(ニュースウオッチ9)、前日の菅首相発言を当日の動きに入れたり(ニュース7)、尾身会長ら専門家の提言を「自主的研究」として扱うという田村厚労相の発言を伝えなかったり(ニュース7)している。

「パンデミックでは(オリンピックは)開催しないのが普通だ」から始まる尾身発言に対して、政府自民党の「反発」ないし「そっけなさ」を感じ取ったNHKは、腰が引けてしまったという印象が拭えない。

「事柄の性質や大きさからみて、民放が放送していた解説・中継はもちろん、街の声も含めて視聴者に多角的に伝え、判断材料にしてもらうのがニュースの本分だ。NHKニュースがそうならないのは、オリンピックの祝賀ムードを盛り上げようという政府の動きに、水を差すのではという忖度があるからではないか」(メディア研究者)

「NHKの放送現場は上からの指示や忖度が続き、ニュース感覚がマヒしてきたのでないか。広報のようなニュースが多くて心配だ」(NHK報道のOB)

コロナ禍とオリンピック開催、これらを巡りこれまでは二人三脚を続けてきた菅首相と尾身会長の溝。

これらの問題は今の最大の課題であり、国民の関心事だ。今回の動きの背景や影響について、取材に基づく記者解説がないのは不自然極まりない。

コロナ感染症の緊急事態宣言が続く中、開催まで50日を切った五輪大会はどうなるのか。しかも秋には自民党の総裁選や衆議院選挙がある。

視聴者の知る権利にきちんと応えられるのか、公共放送NHKの責任は大きい。