逆風に志村ドラマで応えた『24時間テレビ』~続けていけば、良いことがある~

番組ホームページから

コロナ禍など逆風の中で始まった『24時間テレビ』。

「今やる意味がわからない」

「今の空気では視聴者の支持を得られない」

「人の死を視聴率稼ぎにする異常さに唖然」

放送開始前から、厳しい意見がたくさんあった。

ところが始まってみると、例年に劣らず良く見られている。しかも今年3月に亡くなった志村けんのドラマ『誰も知らない志村けん~残してくれた最後のメッセージ~』では、日本テレビが『24時間テレビ』を続ける意味を込めてきた。

無観客スタイルで「新しい日常での1回目」を掲げた新『24時間テレビ』PART.1「動く」を振り返る。

逆風の嵐

今年で43回目となる『24時間テレビ』。

新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた今年3月、日テレの小杉社長は「使命感を持っている」と続行を宣言した。

直後から疑問や批判の声が上がった。

「使命感って、ちょっと違う」

「テレビの奢りはもう通用しない」

「現在の状況では、結果はいわずもがなでしょう」

また今年3月29日に亡くなった志村けんのドラマを放送することへは、反発や怒りの声が集まった。

「流石にまだ早い」

「死者を食いものにしてる感じがします」

「弔い状態で商売っ気出すのは本当に下品」

7月にはメインパーソナリティの最有力候補と目された嵐が、出演について慎重派と積極派に分かれ、起用がなくなったと報道された。

またフジテレビの『27時間テレビ』は、コロナ感染拡大防止の観点から、放送中止が決断された。

こうした逆風の嵐の中で、「新しい日常での1回目」は始まったのである。

視聴者はどう反応したのか?

始まってみると、『24時間テレビ』PART.1は例年と同じくよく見られた。

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過去5年の中では、17年の「告白~勇気を出して伝えよう~」1部が最も視聴率が高かった(スイッチ・メディア・ラボ関東地区データ)。恒例のマラソンランナーが当日発表という演出もあり、序盤から高い視聴率が続いた。

嵐がメインパーソナリティを務めた去年の「人と人~ともに新たな時代へ~」も好記録だった。恒例のマラソンが駅伝形式となり、4人目のランナー水卜麻美が当日発表されるという演出も、効いていたようだ。

これらに比べ、逆風の嵐の中で始まった今回の「動く」1部は、18時30分に番組が始まった瞬間は過去5年で一番視聴率が高かった。ところが19時台に大きく数字を伸ばすのが通例だが、今年はさほど上がらなかった。

やはり無観客という状況が、盛り上がりを欠いたのかも知れない。

ところが例年と大きく異なるのは、21時の途中から。

ふだんは大きく下落することが多いが、今年は逆に勃興した。コロナに感染して亡くなった志村けんのドラマ『誰も知らない志村けん~残してくれた最後のメッセージ~』が始まり、数字を落とすことなく、逆に押し上げたからである。

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ドラマに込められた意味

今年のドラマは、『天才!志村どうぶつ園』のパイロット版特番が放送された時点から、志村けんが亡くなるまでを、重岡大毅が演じたプロデューサーの視点で、ドキュメント映像と再現ドラマで描かれた。

「コントの神様」と呼ばれた志村けんは、計算し尽くされたコントを演じても、素の自分は決してテレビに晒さないと言われていた。

ところが子供の頃から彼のコントが大好きだった若いプロデューサーが、動物バラエティに志村を担ぎ出すことに成功する。そして16年間、振り回されながら番組を作り続ける中で、出演者とスタッフがファミリーとしての絆を深めていく様が描かれる。

ドラマの肝は2点。

素を晒さない志村が、なぜ出演を受けたのか。そして批判の嵐の中で志村ドラマを放送した日テレの意図は何か。

前者については、初めて出た時、志村けんは父を亡くした直後だった。

彼の芸名は、その父・志村憲司から来ていた。教師だった父とは確執があったとされるが、志村けんの中では父から子へ、そして次の世代へ“バトンをつなぐ”意識が強かったようだ。

彼は共演者・ゲスト・スタッフへの思いやりを忘れなかった。

本番前にミーティングをしたり、ゲストを和ませたりと、気を配ったという。ドラマの中でプロデューサーが志村けんから掛けられた言葉が紹介される。

「続けていこうね。必ず良いことがあるから」

その“良いこと”とは、『天才!志村どうぶつ園』が高視聴率をとり続けた点だけではない。

初回の収録後の打ち上げで、酔った末に志村けんの膝枕で眠ってしまった相葉雅紀が、志村との関係の中でタレントとして成長し、志村なき後の後継番組『I Loveみんなのどうぶつ園(仮題)』のMCを務める。

タカアンドトシは、「欧米か!」を続けるように励まされ、お笑い芸人として大成していく。

他の共演者やスタッフも、同様の絆を深め、成長して行ったとされる。

『24時間テレビ』の宣戦布告

「続けていこうね。必ず良いことがあるから」は、そのまま『24時間テレビ』にも通じている。

つまりマンネリとか偽善と批判されようが、時代状況を正しく認識し、その瞬間に出せるメッセージを適切に表現すれば、メッセージは理解されるという信念だろう。

そういえば、20時過ぎ頃、歌舞伎十八番「景清」を披露した市川海老蔵もこう発言した。

「求めている方は求めている。求めていない方は求めていない。求めてない方々に対して、大義名分ではなく“そうなのかも知れない”と思っていただけるようにすることがテレビの力」

個人視聴率がほぼ同じだった19年の第1部と、今回の1部を比較してみよう。

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男女年層別で示したレーダーチャートは、ほぼ同じ形となっているが、よく見るとT層(13~19歳)や1層(20~34歳)の若年層含有率がわずかだが上がっている。

志村けんがこだわった次の世代へ“バトンをつなぐ”こと。

見る前から批判した「求めてない方々」にどこまで伝わったかは不明だが、次世代を担う若年層で見た人は、「そうなのかも知れない」と思ったかも知れない。SNSには、ドラマを評価する声が少なくなかった。

同局の編成方針には、「次世代視聴者開拓」が明記されている。

テレビの力を示し、テレビ離れし始めている若者を取り戻すことが意識されている。日本最初の民放としての自負を持つ同局は、逆風の中で敢えて『24時間テレビ』を放送し、テレビの復権に挑戦しようとしている。

そんな気概に満ちた『24時間テレビ』第1部だった。