『麒麟がくる』反転攻勢の理由~戦国のダイナミズムと登場人物の胆力で『真田丸』超えも視野~

『麒麟がくる』番組ホームページから

『麒麟がくる』は第21話をもって、放送が一時中断となった。

 

奇しくも「決戦!桶狭間」で、劣勢の織田信長が、天下統一に一番近いと言われていた今川義元を倒し、戦国の勢力図が大きく変わる瞬間が前半最後となった。

ここまでを振り返ると、好スタートを切りながら序盤で視聴率を急落させ、6~7話あたりから反転上昇を始める。

実はここ数年の大河ドラマでは、前半途中まで数字を落とした物語で、途中から盛り返したのは、『真田丸』(17年・堺雅人主演)と『麒麟がくる』(長谷川博己主演)しかない。

反転攻勢のメカニズムを考えてみた。

途中挽回は少数派

近年の大河ドラマの多くは、回が進むにつれ視聴率を落としてきた。

『花燃ゆ』(15年・井上真央主演)は、多少の上下動はあるものの、20話までで世帯視聴率を4割ほど失った。

『おんな城主 直虎』(17年・柴咲コウ主演)は、2割ほど数字を落とし反転することはなかった。

『西郷どん』(18年・鈴木亮平主演)も、2割以上を失い再浮上はなかった。

『いだてん』(19年・中村勘九郎と阿部サダヲのW主演)に至っては、20話まで右肩下がりが続き、4割以上を失った。

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例外の一つは『真田丸』。

11話までに2割ほど失いながらも、21話までに多くを挽回した。

『麒麟がくる』は序盤の下落がより急激だったが、反転攻勢に転ずるのも早かった。

5話までに3割強を失ったが、7話あたりから上昇し、今や15%前後とじわじわ数字を戻して来た。

実は筆者は、初回放送後に拙稿「『麒麟がくる』初回19.1%で安堵? 求心力と視聴者構成に不安」で、視聴率下落の可能性を指摘した。視聴者の流入・流出パターンと年齢構成に問題があったからだ。

その後4話まで放送したところで、拙稿「『麒麟がくる』は失速する?~戦国大河なのに苦戦する5つの理由」で、当初危惧した通りに視聴率が急落している原因を指摘した。

人間ドラマの面白さがいま一つで、女性や大衆の支持が足りない点が課題だった。

ところが5話までで下げ止まり、6~7話あたりから反転攻勢に転じた。

戦国のダイナミズム

勝因は明らかに、物語が面白くなったことに尽きる。

明智光秀(長谷川博己)が十兵衛と名乗っていた若い頃は、歴史の表舞台で活躍することなく終わる齊藤利政(本木雅弘)の家来に過ぎず、特段の大事を成すことはない。

この結果として美濃を主な舞台にした序盤は、物語がなかなか核心に迫らないもどかしさが伴った。

『麒麟がくる』番組ホームページから
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ところが7話「帰蝶の願い」ラストで、十兵衛は織田信長(染谷将太)と出会う。

見事な朝焼けの海で、遠くから近づいてくる船の船首に立つ男が信長だった。

そして8話「同盟のゆくえ」から、戦国のダイナミズムが俄然動き出す。

齊藤利政(後の道三)の娘・帰蝶(川口春奈)が信長に嫁いだことで、尾張と美濃が和議を結び、遠江の今川義元(片岡愛之助)との衝突に向け時計は動き出す。

まず信長と利政が会見し、両国の絆は強まる(13話と14話)。

一方で美濃の内部では、父・道三と息子・高政(伊藤英明)との確執を、17話「長良川の対決」までで描いた。

尾張でも、確執が表面化し弟・信勝(木村了)を、信長は死に追いやる(18話)。

さらに尾張と遠江の狭間で翻弄されてきた三河の松平元康(風間俊介)を、今川に味方して動かぬように画策しつつ、今川の大軍を分散させ、信長は一気に義元を討ち取る(20話「家康への文」と21話「決戦!桶狭間」)。

個人の胆力

こうした戦国のダイナミズムは、登場人物たちの胆力が見せ場となって光り輝く。

胆力とは、焦ってパニックになるような場面でも、どうすべきか冷静に判断できる精神力の強さ。

例えば13話「帰蝶のはかりごと」と14話「聖徳寺の会見」では、織田信秀(高橋克典)の死後、利政(後の道三)は婿との面会を申し入れる。信長の大ピンチだった。ところが帰蝶は、「これは父上と私の戦じゃ」と策を繰り出す。

そして聖徳寺での会見。遅参の理由を問われた信長は、「討ち取られはしないかと心配した帰蝶の知恵」と吐露。「そんな帰蝶に手の上で踊らされているのが、尾張一のたわけの自分だ」と惚けてみせる。

信長と帰蝶の胆力が、尾張が美濃から絶大な信頼を勝ち取った瞬間だった。

『麒麟がくる』番組ホームページから
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17話「長良川の対決」では、道三はわが子・高政の野望で倒れる。

今わの際、「父の名を申せ」と迫るも、高政は「土岐頼芸」と答える。そして「その口で欺き、美濃をかすめ取るのか。そなたの父は、この斎藤道三じゃ」と叫んだ瞬間に刺される。ところが最後の言葉は、「愚か者、勝ったのは道三じゃ」だった。歴史の裁きは、胆力の軽重に基づくと言わんばかりの迫力シーンだった。

19話「信長を暗殺せよ」では、父を打った高政が己の過ちを思い知らされる。

上洛する信長を高政が狙うが、それを知った十兵衛(後の光秀)は松永久秀(吉田鋼太郎)に頼む。そして久秀に釘をさされた高政は暗殺を諦める。直後に十兵衛と再会し、「もう一度仕えよ」と迫る。弟や父を殺した高政に心から従うものがいないからだ。

ところが十兵衛は、「誰も手出しの出来る大きな国を作るのじゃ」と道三から言われたことだけを伝える。人間の器が違うと言わんばかりだ。

「わかった」と寂しげに応えた高政は、この2年後に病死する。

女たちの“魅せ場”

『麒麟がくる』の反転攻勢は、実は女性の視聴者の支持も大きい。

その前提に女たちの見せ場が随所にあったことを押さえておきたい。

共に十兵衛を思う帰蝶と駒(門脇麦)が、互いの胸の内を探り合う会話・かけひき(8話「同盟のゆくえ」)。

十兵衛にプロポーズの言葉を言わせる煕子(木村文乃)の巧みな会話(12話「十兵衛の嫁」)と、生活費を捻出するために質に自分の帯を預ける配慮(18話「越前へ」)。

『麒麟がくる』番組ホームページから
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そして圧巻は、長く会えないわが子・元康(風間俊介)に、今川からの離反を求めた於大(松本若菜)の感情を抑えた名演(20話「家康への文」)。

台本は終始泣きじゃくる設計だったが、淡々とした会話から次第に大粒の涙が流れる芝居に変えたそうだ。短い出番ながら、表情だけで視聴者を魅了する記憶に残る演技だった。

明智光秀は“補助線”

こうして見てくると、『麒麟がくる』での明智光秀の存在は、主人公でありながら周囲の登場人物を輝かせるためにあるような気がしてくる。

中学の数学で、図形の問題を解くために、補助線をどう引くかが重要だったことをご記憶だろうか。

どうやら『麒麟がくる』では、齊藤道三・織田信長・帰蝶・徳川家康などが活躍する場面を、より光り輝かせるための視点を提供する存在に見えてくる。

序盤では、主人公なのに十兵衛にまつわる物語があまり魅力的に見えなかったために、視聴率は急落した。

ところがその後、魅力的に演ずる周囲の登場人物を、明智光秀がつなぎ始め物語は一挙に面白くなった。

戦国のダイナミズムを背景に、この手法で面白い場面をつないでいけば、後半20回で15%台をキープした『真田丸』を超えるかも知れない。

ただし、ここで一つの疑問にぶつかる。

8月以降の再開で、面白く物語が展開するとしても、補助線はやがて補助線でなくなり、主人公として振る舞う瞬間が出てくる。本能寺の変だ。

ここで光秀は補助線としての存在にピリオドを打ち、さらに直後に討たれて戦国の舞台から降りなければならない。

この大団円を、視聴者にどう説得力のある物語として見せるのか。

視点が大きく変わる部分に、どんな演出を用意してくれるのか、楽しみにしたい。