朝ドラ『エール』に3つの不安~歴代初回との比較から見えること~

窪田正孝主演の朝ドラ『エール』初回が、視聴率21.2%で好発進だったという。

しかし平均視聴率の多寡だけで、ドラマの出来を判断するのは危うい。

そもそも同作は、五輪イヤーに合せて制作したが、既にオリパラは延期が決まり、今年の開催はない。

初回の演出も、歴代の朝ドラにない奇策で来たが、視聴者にどう受け入れられただろうか。

そして近年の朝ドラは有名俳優を主演に据えているが、果たして視聴者のニーズに合っているのか。

『エール』初回について、各種データから課題を考える。

不安1:五輪の延期

初回視聴率21.2%は、確かに前作『スカーレット』の20.2%より上を行った。

ただし19年上期『なつぞら』は22.8%。18年下期『まんぷく』23.8%。18年上期『半分、青い。』は21.8%。決して『エール』は、近年の作品では高い数字ではない。

しかも表面的な数字だけでモノを言うのは早計だ。

今は新型コロナウイルスの感染拡大で、外出自粛の要請が出され、サラリーマンのリモートワークも増えている。つまり在宅者の数が増え、テレビのHUT(総世帯視聴率)が上昇している。にもかかわらず、この5年の初回として、数字は高くないのである。

全体状況を前提にすると、今作が評価されたとはいえない。

しかも今後を展望すると、夏の東京オリンピック2020にむけ、1964年の東京五輪「オリンピック・マーチ」を作曲した古関裕而の物語は注目されると目論んでいたはずだ。

ところが既に来年への延期が決まっている。タイミングとして梯子を外されたようなもので、人々の関心がどこまで高まるか、心もとない。

新手の演出は“両刃の剣”

そして初回は、思いっ切り変化球で勝負に出た。

「こんな初回はありなのか?」

「紀元前スタートに“カオス”」

「本当に朝ドラ?」

SNS上にこんなつぶやきが飛び交ったのは、朝ドラ史上初の原始時代スタートとなったからだ。

続いて西部劇・テニスの試合・フォーク・フラッシュモブが続いて、「人生と音楽」について謳い上げるユニークなプロローグとなった。しかも15分の番組で、オープニングが4分を超えた。

さらに主題歌も、序盤ではなくラストに置かれた。

こうした新手の演出について、「今までとは違う朝ドラ」「どうインパクトをもって見てもらうかというアイデア」とチーフプロデューサーは語っている。

しかし挑戦自体は否定しないが、冒険は成功してこそ賞賛される。

全国約173万台のインターネット接続テレビの視聴動向を調べるインテージ「Media Gauge」によれば、『エール』初回の接触率推移は芳しくない。

16年上期『とと姉ちゃん』から去年の『なつぞら』まで、全ての初回は右肩上り基調で見られていた。朝ドラの根強い人気と実力と言えよう。

ところが今回だけは、途中から右肩下がり基調に転じた。

ターニングポイントは、まさに“カオス”と評判になったプロローグ。冒頭4分間は、「何が起こっているのか?」と視聴者の関心を集めることに成功した。ただし終わった瞬間に、どっと人々が離れ始めた。

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流出率のデータを追跡すると、プロローグ最後に第1週のタイトル「初めてのエール」が表示されて以降、主人公(窪田正孝)が妻(二階堂ふみ)の鼻歌に触発されて作曲を始める1分ほどで、大量の視聴者が見るのを辞めている。

約17万台のテレビが朝ドラを映していたが、5000台ほどが脱落したのである。

テレビ番組では、突拍子もない演出をすると、その間は見続けられる。

ただしコーナーが終わり、通常の演出に戻った瞬間に、視聴者が逃げ出すことがよくある。例えばVTRの間は見てくれているが、スタジオに戻ったらチャンネルを替える人が多い現象だ。

「これは私には合わない」「何をやっているのかわからない」など反発する視聴者を生み出すと、プラスよりマイナスが大きくなるのである。

不安2: 若年層狙い

この新手の演出は、若年層を取りに行くためのものだったのだろう。

関東地区2000世帯5000人のテレビ視聴状況を調べるスイッチ・メディア・ラボによると、『エール』初回は確かに一定の効果を発揮した。

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F1(女性20~34歳)では、『なつぞら』と並び近年ではトップとなった。

ただしC層(男女4~12歳)・T層(男女13~19歳)では、それほど個人視聴率は上がらなかった。ましてやM1(男性20~34歳)では、『まんぷく』『なつぞら』などに届いていない。原始時代やフラッシュモブまで動員したにもかかわらず、『なつぞら』のアニメに遠く及ばず、他の朝ドラのノーマルな初回にすら勝ったとは言えなかった。

しかも問題は、中高年を逃がしてしまった点だ。

胎児から物語が始まった『半分、青い。』ほどではないものの、『エール』は2層(男女50~64歳)に受けなかった。さらにM3+(男性65歳以上)は、それまでと比べ大きく落ち込んだ。

若者狙いの志は良しとするものの、ボリュームゾーンの中高年を取り逃がしたのでは元も子もない。

アニメを駆使しながらも、老若男女のバランスを保った『なつぞら』とは明暗がわかれたと言わざるを得ない。

不安3:“有名俳優”路線

この若年層狙いは、このところの働き方改革も手伝って、主人公は“有名俳優”路線となっている。

もともと朝ドラの主人公は、有名でない若手の登竜門という性格があった。

古くは1966年『おはなはん』の樫山文枝、1975年『水色の時』の大竹しのぶも、テレビドラマ初主演だった。近年でも2013年『あまちゃん』の能年玲奈(現のん)、15年『まれ』の土屋太鳳もさほど有名ではなかった。

ところが直近は、有名俳優が主演するケースが増えている。

16年『べっぴんさん』の芳根京子、17年『ひよっこ』の有村架純、19年『なつぞら』の広瀬すずや『スカーレット』の戸田恵梨香などは、既にテレビドラマの主人公やヒロインを経験した、人気も実力も兼ね備えた俳優だった。

オーディションの手間を省くという合理性もあるが、演技に安定感があり、視聴率を獲りやすいという点などから、安全路線をとっているのだろう。

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ところがテレビ・雑誌向けのアンケートを多数実施しているパイルアップ社によれば、視聴者のニーズは“有名俳優”路線にあるとは限らない。

1200人を対象にしたネットアンケートでは、3分の2近い人々が「名の知れていない俳優が良い」と答えている。

「回を重ねるごとに上手くなるなどの成長を見るのが面白い」

「フレッシュな雰囲気が好き」

「応援したくなるから」

「先入観なしで見る事ができる」

視聴者の過半は、物語にも俳優にも新鮮な感覚を求めている。

半年にわたるドラマでもあり、俳優と一緒に成長したいという気分もある。いずれにしても、働き方改革や視聴率確保など、送り手の事情は視野に入っていない。

ところが3分の1ほどの「有名な俳優が良い」派は、実は若い世代に多い。

調査を実施した同社の高木章圭メディア研究員は、背景を次のように分析する。

「若い世代の方が“有名な俳優”を支持しています。『会話の話題になる』『普段は見ていないが見てみようと思う』などが理由です。今回の『エール』も有名なキャストです。若い世代の新たな視聴者を取り込むきっかけになるかもしれません」

先に紹介した層別個人視聴率にもあったように、“有名俳優”路線は若年層狙いに一定の効果がある。

しかし朝ドラは、春休みが終わり学校が始まると、10代までには見られなくなる。20~30代も働いている人が多いので、ボリュームは多くない。

では在宅率の高い高齢者に次ぐ40~50代はどうかと言えば、やはり「名の知れていない俳優が良い」派が3分の2ほどとなっている。

やはり見てもらえる可能性の高い層を着実に狙うのなら、“有名俳優”路線は必ずしも正解とは言えないようだ。

不安“おまけ篇”

以上のように、『エール』は好スタートを切ったとも言い切れないし、今後に不安が残った。

加えて、小さな不安を付け加えると、作曲家が主人公で、初回も音楽を大きくヒィーチャーしていたが、視聴者層を見る限り、“音楽好き”の個人視聴率は高くない。

実は民放が古関裕而を特集した時も、視聴者の反応は良くなかった。

「オリンピック・マーチ」に限らず、早慶の応援歌や巨人阪神の球団歌など、多くの人が聞いたことのある曲を作曲しているものの、本人自身はあまり今の人に馴染みがないし、ましてやその人生は知られていない。

テレビドラマ好きの個人視聴率も決して高くないように、物語としての期待度は大きくない。

こうした不安やマイナスの側面を覆して、どう面白いドラマを創り上げるのか。

思い切った初回に踏み出した制作陣の、今後の創意工夫に期待したい。