今年はじめ、芳根京子主演『チャンネルはそのまま!』がテレビ朝日で3週にわたって放送された。
北海道テレビ放送(HTB)が、開局50周年記念として制作したドラマだ。
今回の放送は、テレビ朝日による関東ローカル。系列局の中では、キー局が最後という奇妙な放送順だった。
実はこの扱い方自体が、ローカル民放が置かれた状況を象徴する。
ドラマの中で“バカ枠”採用の芳根京子がトリックスターとして活躍するが、小さいながらローカル局にも重要な役割を果たしている社がある。ところが今、その経営が揺れ始めている。
ドラマを入り口に、ローカル民放が抱える苦悩と、その中で奮闘を続ける矜持を考えてみた。
出口が変則的な『チャンネルはそのまま!』
テレ朝による関東ローカル放送は、3週にわたる日曜午前の放送だった。しかも2話ずつ2週放送され、3週目に最終回の1話となった。他局が年末年始に連続ドラマの一挙放送をしたのと比べると、かなり変則的なものだった。
実は同作は去年11月、2019年日本民間放送連盟賞のテレビ部門グランプリを受賞している。
民放の中での最高の名誉で、ドラマがグランプリを受賞するのは史上はじめて。しかもローカル局による快挙だった。
ただし栄光までの道筋は平たんではなかった。
そもそも同作の出口は、テレビ局が制作したにもかかわらず、Netflixでの配信が先だった。
その後に、北海道で深夜11時台に5夜連続で放送された。ローカル局としては、キー局が全国放送として採択してくれないため、コストを回収するためのやむを得ない措置だったという。
話題を聞きつけ、テレ朝系列の各局もいち早く動いた。
HTBから放送権を買い取り、各エリアで順次放送していったのである。さらに他系列のローカル局・独立局・クロスネットなど10局も、放送に踏み切った。
そして系列の最後が、今回のキー局・テレ朝だった。
当初は反応しなかったが、受賞したので渋々放送に踏み切ったように筆者には見える。
HTBが北海道で深夜放送した際には、5話の平均視聴率は9%あった。
一方テレ朝の金・土23時台「ナイトドラマ」は、視聴率3~6%が大半だ。もしこの枠で放送していれば、通常以上の実績となった可能性もあるが、日曜午前の変則放送だったため、実際には2%ほどにとどまった。
キー局のプライドからか、あるいは目利きが出来なかったのか。
いずれにしてもテレ朝は、得べかりし視聴率を逃したように見える。
“バカ枠”が鍵を握る『チャンネルはそのまま!』
物語は失敗ばかりの新人記者・雪丸花子(芳根京子)が主人公。
同期の仲間は着実に成長しているが、雪丸は失敗ばかり。実は採用試験でもドジやミスの連発だったが、“バカ枠”採用としてホシテレビに合格した。

その理由が面白い。
「バカは周囲の力を引き出す」
「思わぬ突破力で難局を打開することがある」
要は優秀な人だけを揃えずに、トリックスターを混ぜた方が、化学反応が起こって、局全体が想定外の力を発揮できるというのである。
実はこの考え方は、テレビ局の現実を鋭く描いている。
テレビ放送は、頭脳明晰で論理的に正しいだけでは、視聴者に届かない。テキスト・音声・映像の総合表現であるテレビは、情緒も動員しないと見ている者の心を動かさないからだ。
例えばNHKのニュースより、テレ朝の『報道ステーション』が50代以下にはよく見られる。
同じ時間帯のニュースでも、TBS『NEWS23』より日テレ『news zero』が支持されている。見る側の心を動かすメカニズムの問題なのである。
化学反応を引き起こす雪丸
新人の雪丸は、企画はポンコツ、コメントは滅茶苦茶、映像の編集方針もなっていない。
それでも同僚たちを巻き込み、仕事は不思議になんとかなる。取材相手の懐にも入り込めてしまう。
例えばデパ地下中継で、ライバル局にネタを先に奪われ、万事休すとなったホシテレビ。ところが勝手についてきた雪丸は、知らぬ間に各店の人気商品を試食していた。困った中継班は、彼女が「おいしい!」と思った商品をドンドン紹介することで、ピンチから脱出できた。
ヴァイオリンの生演奏中継でも、奇跡が起こった。
担当の雪丸は、カット割りを飲み込めないカメラマンのため、勝手に作詞し本番で歌ってしまった。
これでスタッフは大いにノリ、演奏者に皆の歌声が聞こえているのに、ヴァイオリニストも至極ご満悦となった。
放送事故級の解決策だが、ゲストもスタッフも化学反応を起こしてしまったのである。
キー局の揶揄も忘れない
雪丸は取材相手に対しても、不思議な力を発揮する。
農地再生などで「農業のスペシャリスト」として尊敬されている蒲原(大泉洋)。しかしテレビの取材は頑なに断って来た。それでも農家出身の雪丸が「農業は楽しかった」と言ったことで、ホシテレビの取材を受けることになった。普通の記者らしからぬ存在が、蒲原の気持ちを変えたのである。
ところがその蒲原は、補助金の不正受給疑惑で雲隠れ。
逮捕直前に蒲原は雪丸に連絡をよこし、「雪丸さん、あなたにだけに聞いてもらいたい話がある」と言ってきた。蒲原が立てこもる一軒家。周りをマスコミが取り囲む中、生中継のための通信機を背負い、雪丸は1人で蒲原の家に入ろうとする。
その時、キー局の記者が「俺も行く」と割り込もうとする。
「全国ニュースなんだから、ローカルはキー局に協力すれば良いんじゃないの」と上から目線。ところがホシテレビのスタッフが矜持を示し、キー局記者を排除した。
ホシテレビ局内でも、その中継をマスターカット(通常放送からニュース情報センターに切り替え)するか否かで喧々諤々。
キー局出身の編成局長(斉藤渉)は、予定通りの放送に拘る。
一方「視聴者のニーズに応えるのが編成の仕事だと、局長に教わりました」など、ローカル局の面々が局長に異を唱える。
「今、テレビの前にいる人たちが、その時見たいものを放送する。それがテレビ局の使命でしょ」
情報部長(藤村忠寿)の言葉が決め手だった。
ドラマの中では、こうしてローカルの熱い思いが、雪丸(芳根京子)と蒲原(大泉洋)の直接対決というスクープの生中継を実現させる。
HTBのドラマ自体は、キー局を動かし全国放送とはならなかったが・・・。
北海道以外は難視聴地域
キー局の影響下にありながら、HTBは20年以上前から、今回のドラマのように気を吐いて来た。
90年代後半、ローカル民放はデジタル化を前に、経営が行き詰るのではと危機感が高まった。“ローカル民放炭焼き小屋”論がまことしやかに囁かれた時代だった。
そんな中、HTBは『水曜どうでしょう』でヒットを飛ばした。
もともとはローカル番組だったが、「難視聴地域にも積極的に打って出る」方針のもと、全国でも番組販売の形で放送した。“難視聴地域”とは北海道以外の日本全国各地。エリア限定免許を逆手にとった言い方だった。
しかもネット展開やDVD販売、さらにファン感謝祭など、二次利用をトコトンした。
こうして年間売上120億円前後の北海道テレビは、毎年20億円ほどの売上と約10億円の営業利益を得るようになった。同局は2年前、札幌の一等地に立つ新社屋に移転したが、出演者の大泉洋は「新社屋も建てたのオレ!」とジョークを飛ばしたほどだった。
発進し続ける中に突破口あり!?
番組の全国発信は、自前の動画配信サービス「HTB 北海道onデマンド」でも行われるようになった。
12年春と、ローカル局としては一番早い対応だった。

同サイトは今も健闘している。
昨年12月に『水曜どうでしょう』最新作が北海道で放送されたが、その「世界最速の配信」が同サイトで行われている。
HTBは『水曜どうでしょう』以外の番組でも、“難視聴地域”への対応を試みている。
今年1月からは、朝の人気情報番組『イチモニ』のお天気コーナーを、全国のテレビに向けてネット同時配信し、放送終了後にはその一部を見逃し配信している。

同時配信は、今春からNHKが正式にサービスを開始する。
1月下旬にキー局も、「TVer」を活用して、夕方の報道番組の同時配信実験を行った。そして今秋以降の本格スタートという方向性で、NHKの追随準備が進んでいると報道された。
ところがキー局が同時配信に本格的に乗り出せば、キー局の番組を放送して得られる電波料が大きな収入源となるローカル民局には死活問題となりかねない。
HTBによる4K VODサービス「4K アクトビラ」内での同時配信は、こうした時代状況への素早い対応策と言えよう。
現実には、こうした対策が生き残りにつながるか否か、確証はない。
それでも何も挑戦しなければ未来はない。実際に動いてみなければ突破口は見えてこない。
『チャンネルはそのまま!』という連続ドラマを「ネット先・放送後」という変則的なやり方で世に出し、HTBは得るものが2つあったという。
1つはローカル局としての矜持を、全職員が共有し直せたという点だ。そしてもう1つは、インターネットとの組み合わせで、ローカル局も連続ドラマを全世界に発信していくことが出来ると発見した点だ。
『イチモニ』お天気コーナーの同時配信は、まだ新たな一歩に過ぎない。
それでも苦境の中でも挑戦を続けることで、ローカル局にも活路が見えるようになるかも知れない。HTBに限らず、全国のローカル民放の積極姿勢に期待したい。