高視聴率は“パス回し”と“スクラム”から~ラグビーW杯は次世代のテレビ界の第一歩~

(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

「ラグビーワールドカップ(RWC)2019」のテレビ中継が好調だ。

大会前の日本代表vs南アフリカ戦の世帯視聴率は、夜7時半からと絶好の時間にもかかわらず6.5%しか獲れなかった。盛り上がりはいま一つだったのである。

ところが開幕戦の日本vsロシア戦は18.3%。同じ時間帯で視聴率は3倍に跳ね上がった。

しかも第2戦の対アイルランド戦や、日本代表以外の試合も想定以上に高い。

大会前、合計19試合の中継を編成した日本テレビの対応を、“無謀な賭け”と見る業界人が多かった。ある程度の数字が見込める日本代表戦は数試合に留まり、大半は日本人に馴染みのない“他国同士の試合”だったからである。

その大方の予想を覆して順調に船出したRWCテレビ中継。

成功の要因を考えてみた。

あり得ない“パス回し”

まず目につくのは、日テレからTBS、TBSから日テレへの番組のパス回しだ。

9月9日の『しゃべくり007』は、元ラグビー日本代表キャプテンの廣瀬俊朗を取り上げた。ハッキリ言って、バラエティ番組には疑問と思われていた人選だ。

TBS日曜劇場『ノーサイド・ゲーム』でキーマンを演じていたが、『しゃべくり007』はまさかの番宣までやってみせ、TBSドラマに貢献したのである。

実は『しゃべくり007』のチーフプロデューサー(CP)は、TBS『ノーサイド・ゲーム』の裏にあたる日テレ『行列のできる法律相談所』も担当している。つまり同CPは、自らの手でライバルとなる番組に“塩を送った”のである。視聴率競争にしのぎを削る業界では、多くのプロデューサーが「私なら絶対にやらない」という“利敵行為”を、RWCを盛り上げるために快く引き受けたという。

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その6日後に放送された『ノーサイド・ゲーム』最終回は、1.6%視聴率を上げた。

全国で約140万台のネット接続テレビの視聴状況を調べるインテージ「Media Gauge」によれば、関東地区40万台ほどのテレビのうち、『しゃべくり007』に接触したのは3万7241台。そのうち『ノーサイド・ゲーム』最終回に接触したのは5028台。最終回接触の15%に相当するので、視聴率1.6%の上昇分は『しゃべくり007』からのパス回しのお陰だった可能性がある。

ちなみに『ノーサイド・ゲーム』最終回を見て、日本代表vsロシア戦を見たのは8917台。さらに『しゃべくり007』からロシア戦は7912台。つまりロシア戦の視聴率18.3%のうち、5.5%は両番組のパス回しによる上昇だったかも知れないのである。

日テレの”スクラム”

今回日テレは、多くの番組がスクラムを組んでRWC盛り上げにまい進した。

朝の『ZIP!』『スッキリ』、昼の『ヒルナンデス』、夕方の『news every.』、夜の各バラエティ番組、そして深夜の『news zero』などだ。

大会前から頻繁にラグビーネタを取り上げ、日本人に馴染みがないラグビーの認知度アップに努めていたのである。

こうしたスクラムは、同局の人事制度によるところが大きい。

日テレではジョブローテーションが進んでおり、多くの人が数年で全く異なる職種に就く。営業から報道、経理から編成など、他局ではあまり見られない異動が頻繁に行われている。

スポーツ出身者がバラエティや編成にたくさん在籍し、これが多くの番組によるRWC支援体制につながったのである。

実はこれらの動きは、着実に目的を果たしていた。

RWC2019組織委員会は、第三者調査機関に今回の日本大会の認知度を継続的に調べていた。それによると、17年春頃までの全国平均は50%前後に留まっていた。ところがその後じわじわ上げ、今年になって30%ほど押し上げ83.9%に達していた。

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ここで興味深いのは、女性たちの動向だ。

中高年の男性は、17年春段階で既に70%前後が知っており、今年9月の約90%までは2~3割の押し上げだった。

ところが女性は2倍以上伸長した層が多い。

例えば40代は、40%前後から80%にまで倍増した。また20代は、30%前後から70%までと、2.3倍に伸びたのである。

最後は7月からのTBS『ノーサイド・ゲーム』の放送が大きい。それでも今年6月段階で77.4%までになっていたのは、日テレ社内でプロジェクトを作り、視聴率への悪影響が懸念されつつも、各番組が地道にスクラムを組んできた成果と言えよう。

大博打はこうして始まった

それにしても日テレは、はぜ同業他社に“無謀な賭け”と思われるRWC2019に19試合も中継を出すことを決断したのか。

そのきっかけは、福田博之取締役編成局長の入社時の夢にまで遡る。

高校大学でラグビーをやってきた福田氏は、入社試験の最終面接で「ラグビーのW杯をやりたい」と抱負を述べた。

ところが当時は巨人戦がドル箱で、ワールドカップすら始まっていなかったラグビーに興味を持つ局員はいなかった。本人も営業や編成を長く担当し、スポーツ中継の現場にかかわることもなかった。

ところが話は、ラグビーの方から転がり込んできた。

1987年に始まったW杯は、NHKやテレビ東京が中継を担当していた。ところが夏季オリンピック・サッカーW杯とともに、世界3大スポーツ大会にもかかわらず、RWCの中継は視聴率が一桁の前半に留まっていた。

そして2007年のフランス大会。

どのテレビ局も手を上げなくなり、困った電通の担当者が福田氏のことを聞きつけ、「興味ありませんか」と、藁にもすがる思いで話を持ち込んだ。

当時営業だった福田氏は、儲かることはないものの、赤字はどの程度で済むのかを算出した。放送権料はあまり高くない。深夜の放送なので、視聴率が悪くとも編成に影響を与えることもない。

しかも日本ラグビー・トップリーグの企業にスポンサーになってもらえば、赤字は大きくならないと算段し、企画を通すことに成功した。

ところが誤算があった。

「社会や地域への貢献でラグビーをやっているのであり、広告宣伝のツールじゃない」と、全社に言われてしまった。

ドラマ『ノーサイド・ゲーム』に同様のシーンが出てくるが、ラグビーの高邁は精神が、日テレには逆風となってしまったのである。

結果、次の11年ニュージーランド大会も赤字を垂れ流し続けた。

そこで福田氏自身も、「これは何時まで続けられるだろうか」「赤字のままで、テレビ局として何の意味があるのだろうか」と自問自答し始めていた。またしてもRWCの日本での放送は、ピンチを迎え始めていた。

ところが神風が吹いた。

19年大会を日本で行うことが決まった。アジアで初めての開催である。

日本はそれまで毎回RWCには参加していたものの、第7回大会までの日本代表は1勝21敗2分と実績は最低。ラグビー中継の視聴率は低迷し、日本国内で観客がどれだけ入るかわからない中で、開催誘致に成功してしまったのである。

大金星は続いた。

2015年のイングランド大会で、日本代表は南アフリカ戦で大逆転を演じ、史上最大のアップセット(番狂わせ)と言われる大活躍を見せた。

しかも決勝トーナメント進出は逃したものの、予選プールでの3勝1敗は大躍進だった。日本人のラグビー熱に火をつけた大会だった。

One for All、All for One

そして今回の日本大会開幕戦。

実は福田氏は、「選手より緊張していた」という。「ここで負けたら、つくはずの火が消えてしまう。その後、カードをあれだけ抱えてどうするのか」不安でならなかったのである。

日テレとしては、19試合も編成していた。

営業は「レギュラーを潰した分の広告収入を補えるのか」確信はなかった。編成は「視聴率で他局に負けてしまうのではないか」と不安だった。それでもリスクを覚悟して、やるからにはやろうと19試合を決めていた。

結果は30対10で日本の快勝。しかも視聴率が18.3%の好記録。

「数字を見た時、そりゃびっくりしました」とは福田氏の弁。「ロシア戦はあまりとれない」と思っていただけに、一番の責任者の想像を現実が超えてしまったことへの驚きは隠せなかったという。

同時に、「これで火が付く」と確信したという。

日本代表の第2戦、NHKが中継したアイルランド戦は前半が15.3%、後半は22.5%まで伸びた。

さらに日テレが並べた“他国同士の試合”も好調だった。

21日(土)の夕方6時半から始まったニュージーランドvs南アフリカ戦が12.3%、9月30日(月)夜7時からのスコットランドvsサモア戦も11.8%。サッカーW杯ロシア大会で、同じような時間帯に放送された他国同士の試合に引けを取らない数字だったのである。

しかもRWCの波及効果は、中継に留まらず、関連番組にも及ぶようになった。

ニュース・情報番組は、大会直前からラグビーネタを連日放送していた。それが高い視聴率を獲るようになったのである。

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例えば日本代表が、アイルランドから歴史的勝利をした1次リーグ2試合目。週明けの『ZIP!』は7時から30分ほど、試合の映像を交えてラグビーをたっぷり伝えた。

ここで同番組への流入が増え、そのコーナーは過去10週平均より1%以上高い接触率となった。他の情報番組やニュースでも、同様の現象が起こるようになっていた。

大会が始まるまで、リスクをとって盛り上げに貢献してきた各番組が、逆に日本代表の活躍の恩恵を受けるようになったのである。

ラグビーには「One for All、All for One」という言葉がある。

「一人は皆のために、皆は一人のために」と解釈されがちだが、実際には「一人は皆のために、皆は一つの目的のために」という意味らしい。

個々の番組はラグビー盛り上げに貢献し、初の19試合生中継という日テレの賭けの成功につなげてきた。その成功とは、中継が高い視聴率を獲るだけではなく、関連番組も一緒に盛上り、同局が面として高く評価されること。

『ZIP!』などの頑張りと視聴率の上昇は、まさに「One for All、All for One」を象徴する現象と言えそうだ。

次世代のテレビへ

今回のインタビューで、最後に福田氏は印象的な発言をした。

「今回の成功には、合理的な根拠はあまりなかった」

「それでもラグビーが日本人に刺さるとはずっと思っていた」

「規律・フェアプレイ・自己犠牲。こうしたマインドを日本人は大切にするし、そこに感銘する」

「その良さが伝われば、日本人は必ずラグビーを好きになる。それが今回開花したと思ってます」

まさにこのメンタリティを描いたのが、慶応ラグビー部出身の福沢克維が監督を務めた『ノーサイド・ゲーム』だった。そして早大ラグビー部出身の佐々木卓社長らTBSの上層部は、日テレに追い風となりかねない7~9月の放送を英断した。

ごく一部かも知れないが、そのお返しが『しゃべくり007』での廣瀬俊朗の出演だったという。

実はテレビは今、視聴率と広告収入が下落傾向にある。

原因はインターネットやデジタルの普及で、生活者の情報消費のパターンが大きく変わり始めている点にある。

従来は局同士が足を引っ張りあい、視聴率競争でトップとなることに奔走してきたテレビ業界だが、今回のように局の壁を越えてテレビを盛り上げる方向にしないと、どうやら今の難局は乗り切れなくなってきた。

今回のRWCの成功は、これまでの闘い方をノーサイドにし、協調と競争という次世代のテレビの闘い方の一雛形になりそうだ。

新たな文化の隆盛に期待したい。