神は細部に宿る~大泉洋『ノーサイド・ゲーム』の醍醐味は“どんでん返し”の連続~

TBS本社前にて筆者撮影

傑出した作品は、とても細やかな仕事の集積という格言が、「神は細部に宿る」だ。

池井戸潤原作のTBS日曜劇場は、『半沢直樹』(13年)、『ルーズヴェルト・ゲーム』(14年)、『下町ロケット』(15年と18年)、『陸王』(17年)と続いてきた。

いずれも小が大に挑む筋立てで、最後は巨悪を倒し、熱意が思いを遂げる展開だった。

6作目となる今回の『ノーサイド・ゲーム』も、大泉洋が組織の中で難題を解決し、トキワ自動車のラグビー部アストロズが宿敵サイクロンズを倒すことは分かっていた。

それでも最終回。74分を全く飽きずに手に汗握り、しかも感動の渦に身を委ねられるのは、池井戸ドラマを手掛けてきた制作陣の、細部に拘った演出手腕と言えよう。

大小“どんでん返し”の連続

その腕前で最も感心するのは、大小さまざまな“どんでん返し”が絶妙に組み合わされている流れ。

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関東2000世帯5000人以上の視聴率を、詳細な属性別に把握しているスイッチ・メディア・ラボのデータによると、序盤から中盤にかけて上下動した視聴率は、終盤にぐっと上昇する。そして最終回は、世帯でも各属性別個人でも、最高値をつけている。

特に10代や中高大学生がラストを注視していたようで、若者の血を湧き立たせた傑作だったことがわかる。

言うまでもなく、一番大きな“どんでん返し”は、左遷されたエリート社員の君嶋(大泉洋)と、低迷するラグビーチーム・アストロズの、再起をかけた逆転劇。

紆余曲折を経て、共に最後の数秒で辛うじて絶体絶命をひっくり返している。

ただしこの結末は、視聴者の全てが織り込み済み。鉄板の予定調和だ。

万が一にも、君嶋が脇坂常務(石川禅)に役員会で敗れたり、アストロズが最終戦でサイクロンズに屈すれば、ドラマは台無しだ。

問題は、分かり切ったラストまで、どう飽きさせずにハラハラさせ続けるかだった。

“どんでん返し”の連続が感動を高める

その意味で最終回は、実に巧みに構成されていた。

幾つもの“どんでん返し”が、会社組織、君嶋の家庭、蹴球協会内、対サイクロンズ戦と、至る所で洒落た展開を見せてくれた。

例えばトキワ自動車の取締役会。

部の予算削減を迫る脇坂常務は、“蹴球協会の方針が変わらない以上、回収できない予算を看過できない”と強硬な姿勢を崩さない。

ところが取締役会と並行し、理事会が開催されていた蹴球協会。君嶋や他チームのGM(櫻井翔など)に心動かされた木戸専務理事(尾藤イサオ)は、絶対服従を誓った富永会長(橋幸夫)を緊急動議で解任してしまう。

これを受け、タッチの差で脇坂案は却下された。

しかも取締役会では引き続き、最終議案が議論された。滝川常務(上川隆也)が失墜したカザマ商事買収事案で、コンプライアンス上の問題があったというのだ。オイルの欠陥を隠蔽したままカザマ商事を買収するよう滝川常務に仕向けたのが、実は脇坂だったのである。

尊敬していた脇坂を、君嶋が攻める。

“正々堂々とぶつかることができない卑怯者”は、「トキワ自動車から、さっさと出ていけ!」と一喝。小が巨悪を倒した瞬間だった。

しかし、これは最終回前半の山場に過ぎない。一番の山場は、アストロズとサイクロンズの全勝対決だ。

ところが物語はその前に、君嶋と妻(松たか子)のやりとりが入る。

痛くて怖くて汗臭いラグビーの良さを理解しない妻に、”誇りをかけ選手が懸命に戦う姿は言葉に出来ないくらい美しい”と、君嶋は遠慮がちに説得を試みる。

「だから見に来てくんないか。席は用意するからさぁ」

ところが間髪を入れず、真希ちゃんは「却下!」。

「もう自分で買っちゃったもん」

最終戦の前半

最後の優勝決定戦。

会場は秩父宮ラグビー場ではなく、福島県のJヴィレッジ。東北の復興を意識した、心憎い演出だ。

そして君嶋とアストロズ部員とが出会った時の最初の誓い、「優勝」を果たす試合が始まった。

ところが前半戦は、一方的にやられてしまう。アストロズから移籍した里村(佳久創)が、スクラムハーフ限定ではなく、攻撃に参加することでトライを決めていく。

一方、アストロズの司令塔・七尾(眞栄田郷敦)は、ラックに飛び込めないという精神的な弱点を克服し反撃に転ずる。

ところが七尾のドロップボールは読まれていた。巧みなフェイントで交わすが、七尾はパスのタイミングやステップのコースを全て把握され、状況を打開できない。さらに佐々(林家たま平)のトリッキーなパスも封じられてしまった。

極めつけは、皆で編み出したノールック・パスを、逆に里村に決められた。26対6の大差となってしまった。

ハードルが上がった後半

ここまで“どんでん返し”の大半は、サイクロンズから繰り出された。

ハードルが上がった後半戦、それまでを超える“どんでん返し”をどう見せてくれるのか。見る側の熱は自然に高まる。

窮余の一策として、柴門(大谷亮平)はまだ負傷が癒えない浜畑(広瀬俊朗)の投入を決断。

交代を覚悟し顔を曇らせる七尾。ところが柴門は、七尾と浜畑のダブル・スタンドオフによる攻撃を選んでいた。

一旦ボールを浜畑に出し、さらに後方に下がった七尾にキックパス。そこからドロップゴールを3回決めて、26対15まで挽回した。

「点差を2トライ圏内にもっていけば、仲間に大きな力を与えることができる」という浜畑。傷が治らないまま強行出場し、これがラストゲームと決めた浜畑の最後の一策だった。

七尾にドロップゴールを決めさせると見せかけ、浜畑はディフェンスを引き付け、スペースの出来た味方へパスすることで、トライももぎ取った。

佐々のパス二回のフェイントの末の前方へのキックパスも飛び出す。岸和田(高橋光臣)も、里村のタックルを跳ね返してトライを決める。

残り2分・1トライ差の大詰め。

里村はラック状態を利用して時間稼ぎをしようとする。やがてノーサイドまであと1プレイのホーンが鳴り響く。

パスによるアストロズの最後の攻撃。ところがパスを受けた浜畑を激しいタックルが襲い、浜畑は足を引きずってゴールラインを目指す。そこに里村が襲い掛かり、浜畑はタッチラインを割る直前にボールを七尾に託す。

遂にラストチャンスで、執念の松明は受け継がれ、1点差の逆転が成立した。

ノーサイドの数々

ノーサイドの後は、通路を行く選手たちがお互いの健闘をたたえた。

ただし一番のノーサイドは、アストロズ柴門とサイクロンズ津田(渡辺裕之)との、両監督の関係だった。

名門大学を3連覇に導く手腕を持ちながら、合理的な判断で悪しき伝統を壊す姿勢がOBから疎まれ、津田に更迭された過去を持つ柴門。その津田が「私の負けだ」と認め、「また良い試合をしましょう」と柴門が返した。

君嶋夫妻にもノーサイドがあった。

「どうだった、ラグビー?」と目を潤ませて問う君嶋に対して、真希ちゃんはしかめっ面で「そうねぇ~」とためを作り、「最高!」と満面の笑み返した。

これまでずっと拒否され続けたハグが初めて実現した。

さらに最後の最後はメッセージ。

天敵だった滝川が君嶋をグランドに訪ねての会話。

「ラグビーはこの会社や日本に必要だろうか」とかつて問うた滝川への君嶋の回答だ。

「理不尽がまかり通る時代になっています」

「ノーサイドという精神は日本だけでしか通用しない、日本ラグビーのおとぎ話かも知れない。でも今この世界だからこそ、必要なんだと私は思います」

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スイッチ・メディア・ラボのデータによると、1~9話と比べ最終回はかなり見られていた。

年齢ではT層(13~19歳)や1層(20~34歳)と若年層が最終回で急増した。男女では“痛くて怖くて汗臭い”ラグビーの話だったにもかかわらず、女性により支持された。さらに中高生や大学生が集中した。

ノーサイドの精神を、一級の娯楽の中で、次の世代に自然に伝えたドラマ制作陣の手腕に脱帽したい。