ジブリの栄枯盛衰と重なるTV平成30年~23作品・175回・視聴率3000%の意味~

(写真:ロイター/アフロ)

平成最後のジブリ映画が12日(金)に放送された。

「さよなら平成 2週連続スタジオジブリ」の第2夜としての、ノーカット版『風立ちぬ』だった。

ジブリ以前の宮崎駿監督作品を含めて 23 作品 175 回が、平成の日本テレビで放送された。30年あまりで日本テレビの編成表を400時間以上埋めた。単純計算による合計視聴率は約3000%、平均視聴率が16.8%の金字塔を打ち立てた。

この宮崎駿&ジブリの30年を俯瞰すると、平成30年間のテレビと映画の関係が見えてくる。

躍進と後退の歴史を振り返る。

躍進の平成前半

宮崎駿初監督作品は、1979年公開の『ルパン三世 カリオストロの城』だった。

そして第2作が84年公開の『風の谷のナウシカ』、第3作が86年公開『天空の城ラピュタ』。これら3本は、日テレの「水曜ロードショー」および「金曜ロードショー」で、昭和の終盤に8回放送された。平均視聴率17.6%と、まずまずの成績だった。

これが平成に入ると大躍進を始める。

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平成元年(89年)には、『となりのトトロ』と『火垂るの墓』が加わり、『ナウシカ』との3本が放送された。平均視聴率は21.6%と大台を超えた。

平成序盤の10年では、毎年3~5回放送され、平均視聴率は20.7%となった。既に映画で一定程度リクープした作品ゆえ、著作権者にとってもテレビ局にとっても、メリットの大きい放送となった。

平成中盤の10年では、年平均5.7回と二次利用する頻度が高まった。

それでも平均視聴率は19.2%と高い水準を保った。しかも初回放送で、平成11年『もののけ姫』が35.1%、平成15年『千と千尋の神隠し』が46.9%、平成18年『ハウルの動く城』が32.9%。

『千と千尋の神隠し』は映画放送で歴代1位、『もののけ姫』が歴代10位。とんでもない数字をとる作品が続出したのである。

作品別の実績

『千と千尋の神隠し』は、最高視聴率だけが凄いのではない。

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そもそも映画の興行成績でも、308億円で歴代1位に輝く。そして初回放送だけでなく、翌年の2回目放送でも26.1%もとった。これまで8回放送したが、平均の23.4%もトップである。

『もののけ姫』と『ハウルの動く城』を含めた3本は、映画の興行成績、放送初回の視聴率、全放送の平均視聴率ともにずば抜けている。

平成中期は、明らかにジブリの黄金期だった。

ただしこの栄光は、初期作品の踏ん張りによるところが大きい。

昭和に公開された『カリオストロの城』から『火垂るの墓』までは、興行収入としてはいずれも10億円未満と、必ずしもヒット作とは言えなかった。ところがテレビで放送したところ、多くが15%から20%前後をとった。しかも平成30年間で、13回から16回もの放送に耐える数字を獲り続けた。2年に1回放送してきた勘定になる。

この圧倒的なテレビでの露出が、宮崎駿監督およびジブリの力となって行った。

平成元年から7年までに公開された『魔女の宅急便』から『耳をすませば』までの5作品は、興行成績が20億円から50億円前後と、初期作品より一桁多くなった。

出せばヒットの成功街道を歩み始めたのである。

そして平成9年(1997年)、日本の映画史上の大事件が起こる。

この年に公開された『もののけ姫』の興行収入が193億円を記録し、当時の日本映画の記録を塗り替えた。かくして『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『もののけ姫』『崖の上のポニョ』『風立ちぬ』と、5本も100億円超えの作品が連続して公開されるようになったのである。

失速の平成終盤

ところが平成の終盤は、明らかに勢いが失われた。

平成22年初放送の『崖の上のポニョ』こそ29.8%と相変わらずお化け番組の実力を発揮した。ところが次の『借りぐらしのアリエッティ』以降の作品は、初回放送が20%に届かなくなった。

しかも2回目以降の放送で、一桁に低迷する作品が増えてきた。

ジブリ初の一桁は、平成19年放送『おもいでぽろぽろ』の8.5%。同作は以後、3回とも一桁に留まった。

次に『火垂るの墓』が平成21年に9.4%に下がり、以後3回とも一桁だった。

平成25年には、3作品が一桁。年間の全ジブリ平均も13.3%に留まった。平成26年こそ、放送本数を半減させ、年間平均を18.1%にまで上げたが、その後はずるずる下がり、平成最後の4か月では、4本が放送され、9.5%と平均が遂に一桁になってしまったのである。

映画番組低迷の要因

視聴率低迷には、少なくとも3つの要因が関わっている。

1つ目はBSデジタルの普及など、放送の多チャンネル化の定着だ。映画番組が恒常的に放送され、スペシャル感が失われた。

2つ目は、デジタル録画機の普及。

今や8割強の家庭に普及し、映画・ドラマ・アニメなどは録画再生で視聴する人が増えた。結果として、リアルタイムの視聴量を測定する視聴率は大きく痛んで行った。

3つ目は、SVOD(定額制動画配信)事業の躍進。

Netflix・Amazonプライムビデオ・日本のhuluなどの視聴会員が増え、映画をネット経由で見る人が増えた。“見たいものを見たい時に見る”という習慣が、映画の放送を侵食して行ったのである。

変わる映画とテレビの関係

映画とテレビの関係を振り返ると、過去60年の間に激変している。

劇場用の映画は1960年代後半から、ゴールデンタイムで定時化されるようになった。第1号は1966年に始まったNET(現テレビ朝日)の「土曜洋画劇場」。そして各局が次々に追随し、月~日と毎日G帯(夜7~10時)に劇場用映画が流れるまで盛んになった。

ところが平成になると、テレビでの映画枠は一転して減り始める。

多チャンネル化やレンタルビデオなどにより、徐々にニーズが減って行ったからだ。この傾向はNHK文研の「日本人とテレビ調査」にも如実に表れている。「よく見るテレビ番組」として85年に劇場映画を挙げた人は25%に達していた。ところが2010年には15%まで落ち込んでいた。

ただしジブリなどのアニメは、2010年代半ばまで健闘した。

ジブリ以外にも、『クレヨンしんちゃん』『ドラえもん』『名探偵コナン』『ポケモン』など、テレビアニメが劇場版となり、それが再びテレビで放送されるパターンが定着していた。いわばテレビが映画の一角を支えるようになっていたのである。

ところがジブリの例にある通り、劇場版アニメも徐々にテレビでの視聴率が下がってきた。

テレビでの映画放送の定時枠(夜7~11時)は今や、日テレの「金曜ロードSHOW!」だけとなった。しかもこの枠も、映画だけでなく、スペシャルドラマやバラエティが放送されることがあり、映画専用ではなくなっている。

以上が平成30年間のジブリを通したテレビと映画の関係だ。

今年は3月で、2時間ドラマ枠も消滅した。1年間続くNHKの大河ドラマも平成で大きく数字を落としている。

今や視聴者に長期間あるいは長時間、集中力を求める大きな物語は、テレビでは難しくなってきているようだ。インターネットなどの躍進で、ピンポイントかつオンデマンドに情報を消費する習慣が定着してきたからだろう。

放送の役割は、令和の時代となり、また一段と変わって行きそうだ。