遠藤憲一を崩壊させた高畑淳子の破壊力~クドカン『勉強させていただきます』3話目のあり得ない珍事~

WOWOW広報写真から作成

役者は脚本に描かれた役を自分のものとし、演出との議論の中で一つの世界を演じ切るのが仕事だ。

ところがWOWOWドラマ『勉強させていただきます』では、主役の遠藤憲一が3話目で演技中に吹き出してしまい、その崩壊シーンはそのまま放送された。

テレビドラマ史上きわめて珍しい、この出来事を記録しておきたい。

エンケン崩壊の瞬間

遠藤憲一が演ずるのは、連続猟奇殺人事件の捜査にあたる人情派の刑事・諸井情。

ドラマは毎話、異なる俳優がゲストとして登場する。第3話では、破天荒だが腕の良い捜査官として、高畑淳子が登場した。

ここでエンケンは、死体を前にして実直な人情派をやり通すはずだったが、高畑の想定外の演技にこらえきれずに爆笑してしまった。役者が役になり切れない大崩壊の瞬間だった。

WOWOW広報写真
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布石はあった。

高畑は登場すると、真っ先に男性死体の下腹部を素手で大胆にしごき始める。三こすり半どころか、35往復は下らない。死後硬直の度合いを調べる“捜査のイロハのイ”だそうだ。

続いて死体の足先をなめさせられる。一瞬舌が触れただけで、演技とは思えない嫌悪感を満面にたたえると、「お前、よくやるなあ」「変態だなあ、言って良いか、諸井はモロ変態だって」と高畑は畳み掛ける。

実はここまでは台本通り。実際に中年俳優の足をなめてみせるエンケンの役者魂が光る。

ハプニングは死体の横に寝かされた直後に起こる。

「何が見える」と問われると、「天井が・・・それとエスカルゴマークが逆さに見えます」と答えたところで、高畑はエンケンのおでこをパチンと叩いてしまった。

この台本にはなかった高畑の奇襲で、対応しきれなくなったエンケンは遂に爆笑してしまった。

日本初のドキュメンタリー・ドラマ!?

ドラマの構造は、最初に10分ほど、緊迫感に満ちたサスペンスが展開される。

ところが収録後のチェックでミスがみつかり、役者が帰ってしまったので、やむなく代役で撮り直すことになる。そこに毎話ゲストが登場し、“あり得ない”演技をみせる。

初回は小栗旬、第2話は仲里依紗と加藤諒、そして第3話は高畑淳子がゲストだった。

同じ役を異なる役者が演ずるとどうなるか。同じシーンの“ビフォア/アフター”を楽しむ作品だ。

しかも収録は全編を一挙に撮り切る緊張感のある作り方。ハードボイルドとコメディの狭間を、役者たちがどう演じ切るか。ドキュメンタリー的要素も満載のドラマだった。

ゲストvs遠藤憲一

例えば初回で相方の刑事役を演じた小栗旬。

超売れっ子の二枚目俳優が、大真面目にハチャメチャな演技を魅せてくれる。

WOWOW広報写真
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実は台本を見た小栗旬は、とても困ってしまったという。収録後のトークコーナーで、こんな風に困惑ぶりを語っている。

「(キャスト決まってからクドカンが当て書きすると言われたが)台本もらって、あれ、どこからどうなったら俺のイメージ、これになったんだろう???」

困惑顔の小栗に対して、クドカンはすかさず「いや、割とすんなり」。

聞いていた遠藤憲一や宮藤官九郎は、“してやったり”とばかりに大爆笑だった。

第2話では、犯人らしき男を目撃した男の子の役を28歳の加藤諒、その母親をやはり同じ28歳の仲里依紗が演ずる無茶な配役だった。

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顔の大きすぎる大人コドモの加藤と、常識を無視する仲の母親ぶりは、二人が得意とする怪演中の怪演。規格外のクドカン・ワールドを、二人は見事に演じきった。

エンケンの苦労

ただし毎話に出演する主役の遠藤憲一には、大変な苦労があったようだ。初回収録後のトークコーナーでは、その苦労ぶりが語られていた。

例えば初回で、小栗旬と共演した感想。

「吹かないようにするの、大変だわ」 

「ゲラだから、一生懸命笑わないように耐えて、変な芝居の後(セリフが)出てこない」

第2話では、言葉ではなく、表情が雄弁に物語る。

大人コドモの加藤諒は、とにかく顔に存在感があり過ぎる。加えて仲里依紗は、馬鹿馬鹿しいセリフに感情を過剰に乗せる怪演ぶり。翻弄される人情派刑事役のエンケンの表情は、終始くもりっぱなしだった。

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そして第3話で、エンケンの演技はついに決壊してしまった。

「もの(台本)が可笑しいから、真顔で来られると、ツボっちゃって笑っちゃんうんだよねえ」

「前回(第2話)も、何とか必死で我慢したんですけどねえ。ポンと叩かれたところから我慢してたのが取れちゃった」と、演技中に初めて崩壊した言い訳を語っている。

疲労困憊の役者たち

役者たちの演技に続く収録語の感想戦で、役者の心中を垣間見られるのも面白い。

クドカンの当て書きに対して、自分のイメージに納得がいかないとこぼした小栗旬しかりだった。実は小栗は収録前夜に眠れなかったと言っていたが、第2話で相変わらずの怪演をみせた仲里依紗も同じだった。

「本番なにが起こるかわからない、こういうお芝居は初めてだったので緊張した」という。

第3話でエンケンを崩壊させた高畑淳子も、例外ではなかったようだ。

「いやぁ~、なんか一生分の集中力を使いました」

「字ずら(台本)から感じる脅迫感がある。面白いことだという脳が、それが出来るかなと怯える」

その恐怖感が“火事場のバカ力”となって高畑に強烈な演技とアドリブをさせ、その迫力がエンケンを破滅に追い込んだようだ。

どうやらこれが、誰も想像しなかった結末の前提らしい。やはりドキュメンタリー・ドラマと言えよう。

クドカン・ワールド炸裂!

他にもこのドラマでは、舞台裏を見せながら笑いをとる仕掛けが面白い。

冒頭10分、真面目なサスペンスを流した後、収録語のチェックと称して、監督・助監などスタッフとエンケンのやりとりが出てくる。代役をやってもらうゲストを登場させるための段取り的なシーンだが、そんな細部にも面白くするための努力が垣間見られる。

例えば初回では、助監を怒鳴る監督のこんなセリフだ。

「ふざけるなよお前。遠藤憲一さんWOWOW初主演ドラマだぞ」

「さーせん」

「WOWOW開局27周年スペシャルドラマだぞ」」

「さーせん」

「WOWOW深夜24時台の・・・」

どうでも良い話が、お決まりで3回出てくるあたり、爆笑できる。

第2話のNGも、小道具のジュースがスポンサー的にまずいということになった。

「じゃあ子供だけが入る画角で撮り直すか」

「無理です」

「20時過ぎてますんで、子供働けません」

「嘘だろ・・・」

「そもそもWOWOWってスポンサーCM入るんでしたっけ?」

かつて同局で起きた不祥事や、CMがないためにユニークなドラマを制作しているWOWOWの体制などをネタにしてしまう辺りは、クスッと笑えて秀逸だ。

ちなみに第3話でも、犬のおしっこを使うはずが、犬が出さなかったためにADのおしっこを代用したのが撮り直しの理由と出てくる。

「そういう嘘はコンプライアンス的にまずいですよ、このご時世。ネットがうるさいです」というが、バカバカしさもここまで徹底すると苦笑するしかない。

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有料放送でCMがないため、本格派路線のドラマで地上波民放と差別化してきたWOWOW。

その民放ドラマも、社会派や本格派を放送するようになっている。その対応として、次なる差別化として新たにコメディ路線に挑戦した第一作が今回のドラマだ。

初回から遠藤憲一が崩壊した第3話までの仕掛けと演技、そして演じた役者たちの収録後トークや、途中の舞台裏ドラマは必見だ。そしてドラマをゆっくり見る余裕のない方は、脚本・演出・演技を因数分解したおもしろミニ動画”3話分を試聴するのも一興だ。

おもしろ動画のサムネイル
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いずれにしても、来年1月から始まる大河ドラマ『いだてん』執筆の合間を縫って、クドカンが“息抜き”で書いたという同作は、片手間のやっつけ仕事などではなく、緻密に計算された職人芸と言える。

新たなタイプのドラマは、12月2日(日)午前に1~3話が一挙に放送されるが、間違いなく一見の価値がある。