“保険を掛けたドラマ”全盛時代の冒険!?~唐沢寿明『ハラスメントゲーム』の挑戦~

提供:テレビ東京
今年10月クールのドラマがほぼ出そろった。
GP帯(夜7~11時)の民放ドラマは、このところ視聴率確保のため“保険を掛けたドラマ”が増えている。シリーズ化や既にヒットした原作を基に制作する作品などだ。
しかし今クールはオリジナル作品も増えている。中でもテレビ東京の『ハラスメントゲーム』は、今や大きな社会問題となっている各種ハラスメントをテーマに、タイムリーかつ意欲的なドラマになっている。
同作品の可能性を考えてみた。
“保険を掛けたドラマ”全盛時代
今年1月2日の深夜に放送された『新春テレビ放談』。
毎年正月恒例で、「去年の番組を振り返りながら、テレビのあり方を語り合うトークバラエティ」だ。同番組では毎年、1000人をモニターにした番組人気ランキングが発表される。そこで興味深かったのは、ドラマのベスト10のうち8本が民放ドラマで、ベスト3を含め6本がシリーズドラマで占められた点だった。
『ドクターX』『相棒』『コード・ブルー』『孤独のグルメ』『コウノドリ』『科捜研の女』である。

去年以降の高視聴率ドラマでも、上記6ドラマの他に、『絶対零度』『刑事7人』『遺留捜査』『特捜9』『警視庁・捜査一課長』『99.9』『緊急取調室』など、シリーズものが目白押し。
また『陸王』『小さな巨人』『ブラックペアン』などは、『半沢直樹』以来TBSの同じスタッフが制作する“小が大を倒す”ドラマの系譜だ。明らかにヒットの方程式に則っている。
今クールの『下町ロケット2』も、“同じ系譜”かつ“シリーズもの”と、二重に保険が掛かっている。
次に多いのが、既にヒットした原作を基に制作するドラマ。
前クールでは、『グッドドクター』『ハゲタカ』『チアダン』『この世界の片隅に』と、ヒットした映像作品のリメイクが目白押しだった。
今クールの『SUITS/スーツ』も、米国でシーズン7まで放送された大ヒットドラマの日本版。しかも同ドラマは、主演・織田裕二とその上司・鈴木保奈美が、91年の大ヒットドラマ『東京ラブストーリー』の主演コンビと来た。“リメイク”だけでなく、“話題性”という保険を掛けたキャスティングになっている。
今クールでは、初回で15.0%をとった『リーガルV~元弁護士・小鳥遊翔子~』も、“保険”が目立つ。
第5期までの平均視聴率が21%を超える『ドクターX~外科医・大門未知子~』の主演・米倉涼子ありきのドラマだからだ。外科医から弁護士へと職業こそ代わったが、キャラクター・舞台設定・物語の展開・番組タイトルなど、ほとんどシリーズドラマと言っても過言でない。
『SUITS/スーツ』『リーガルV』『下町ロケット2』と、今クールも視聴率上位は、“保険”がふんだんに掛けられた作品で独占されそうなのである。
冒険する番組の可能性
先の『新春テレビ放談』では、出演者だったテレビ東京の伊藤隆行プロデューサーが重要な指摘をした。
番組の提案会議で“企画の保険”という言葉がよく出るが、これが危ないと言うのだ。視聴率を確保するための方策があれこれ求められるが、「企画自体が丸くなってしまう」「似たような番組が多くなる」と批判した。
実は伊藤氏は、“保険”を求め企画に反対した編成を押し切って、『緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦』を制作し、成功に導いたプロデューサーだ。制作現場が守勢となり、多くの番組の個性が薄れていたがゆえに、同番組は傑出して見えた。そして特番での放送7回を経て、今春から月一のレギュラーに昇格した。ハイリスクゆえに、ハイリターンを得られた典型と言えよう。
こうした流れの中の今クールでは、テレ東のドラマBiz『ハラスメントゲーム』に筆者は注目したい。
「パワハラ」「セクハラ」「マタハラ」「アカハラ」「モラハラ」「ソーハラ」「ハラハラ」・・・連日のようにメディアで取り上げられるのが「ハラスメント」事件だ。
去年10月に米国でセクハラが大きく報じられて以降、MeToo運動が活発になっている。日本でも日大アメフト部をはじめ、レスリング協会やボクシング連盟など、今年はハラスメント事件が盛んに報じられている。
その中で「ハラスメント」をメインテーマにしたドラマは、多くの人にとって他人ごとではない番組になるに違いない。
試写を見た感想
筆者は先週行われた試写会で、初回を放送前に視聴してきた。
ひと言で言えば、とても面白い作品に仕上がっている。まず指摘したいのがテンポの良さだ。

例えばオープニング。業界大手「マルオースーパー」で、1円玉がメロンパンに混入していた事件が起こる。
「被害家庭で事件発覚」「企業のトップ会議」「主人公登場(富山支店)」「再びトップ会議」「事件の現場(練馬支店)」「主人公の緊急招集」・・・など、各シーン40~50秒で次々に展開し、ドラマの設定・登場人物・物語の方向性がわかるように出来ている。
番組タイトル『ハラスメントゲーム』が出るまで約10分。息つく暇もなく、あっという間に物語の世界に引き込まれていた。
主人公・秋津(唐沢寿明)は、「マルオースーパー」の富山支店長。ある事情から左遷され、家族で地方に移り住んでいた。しかしある日、コンプライアンス室長として本社に呼び戻される。そこには、社長や取締役たちの思惑が隠されていた……。
タイトル明けの本編に入ると、小気味よかったテンポはやや変わる。各シーンのテンポに違いが出てくるが、そこに意味が持たされていた。
例えば主人公・秋津とコンプライアンス室の部下・真琴(広瀬アリス)、あるいは丸尾社長(滝藤賢一)などとのシーンはゆっくりめ。そして脇田常務(高嶋政宏)など、主人公に対峙するシーンはアップテンポと使い分けられる。
このリズムの違いが、視聴者に分かりやすさをもたらし、かつ飽きさせない展開となる。緻密に計算された演出だ。
圧巻は事件解決シーン。
コンプライアンスと言えば、杓子定規なルールの適用で、しかるべき所に収まるというイメージがある。ところが秋津は、ルールから大きく逸脱した決着を図る。
ルールのためのルールではなく、組織や人を活かすための拡大解釈を平然とやってのけてしまうのである。
こう書くと恣意的な解釈が横行してしまうように思えるが、制作陣の主張は違う。
自己の利益のためにルールを拡大解釈すると、確かに組織も人も腐敗して行く。ところが純粋な動機が起点となっていれば、杓子定規なルール適用より、はるかに大切なものを守れる。
第1回では、「夢を守る」「人を育てる」方向に向かっているために、視聴者の多くは溜飲が下がる快感を得られる出来になっている。
優れた法廷ドラマが“法というルールを駆使して正義を実行して行く醍醐味”とすると、『ハラスメントゲーム』は人の思惑が交錯する組織の中で“コンプライアンスというルールを柔軟に適用して組織と人を育てる”大活劇と言えるかも知れない。
だからこそ唐沢寿明が演ずる主人公の、ルールに収まり切らない人間味が生きてくる。ドラマのクライマックスで流れるコブクロの主題歌『風をみつめて』の詩が効いてくる。
「降り注ぐ時代の風を見つめて」
「明日が良い日でありますように」
ちなみに同ドラマの脚本を手掛けた井上由美子は、シナリオ執筆と同時に小説『ハラスメントゲーム』を仕上げていた。タイムリーかつ新たな領域に挑戦した同ドラマは、どうやら新たな表現の世界にも挑んでいるようだ。
どんな成果となるのか、楽しみにしたい。