同じセリフも3ドラマで差 『絶対零度』『チアダン』『この世界の片隅に』で異なる「お腹すいた」の味わい

TBS本社近くに掲示されたポスター(筆者撮影)

2018年夏ドラマも大詰めを迎えたこの一週間。不思議なことに、3つのドラマで同じセリフが続いた。

「お腹すいた」

『絶対零度』と『チアダン』、そして『この世界の片隅に』に出てきた。

それぞれ緊迫シーンの後に、沢村一樹・土屋太鳳・松坂桃李の口から発せられた。緩急という意味では、一見効果的に見えるが、状況やテーマの重さにより、その意味合いや見る側の感じ方に違いが生ずる。

三者三様の差を考えてみた。

「はぁ~、お腹すいたね」

『絶対零度』最終回のクライマックス直後、主人公の伊沢(沢村一樹)から出たセリフだ。

表向きは資料課の未然犯罪捜査班(ミハン)。伊沢がリーダーを務めるより前、桜木(上戸彩)や赤川(須田邦裕)らが関わったテストケース0号があった。しかもその捜査で、赤川は無実の人を犯人として射殺していた。

この冤罪は隠蔽された。

口封じのため、赤川は転落死。桜木は失踪。伊沢の妻と娘も暗殺されていた。

黒幕は警察庁次長の町田(中村育二)だった。

しかも町田は、ミハンをリードしてきた東堂(伊藤淳史)の刺殺も指示していた。

怒り心頭の伊沢は、警視庁で町田を捕まえ、会議室に押し込んだ。

ちょうど山内(横山裕)と小田切(本田翼)が駆け付けたが、伊沢は鍵をかけて二人を入れない。徹底的に痛めつけた結果、町田は事実と認めた。

銃を向ける伊沢。「伊沢さん、ダメですよ!」「やめてぇ~」と叫ぶ二人。「殺せば良い・・・」とつぶやく桜木。会議室からは発砲音が何度も響いた。

山内がドアを破って中に入ると、茫然とする町田のすぐ横には、幾つもの銃痕があった。

そして立ち尽くしていた伊沢は、「殺せなかった・・・皆の声が聞こえた・・・殺せなかった」と涙ながらにつぶやいた。

「山内くん、小田切くん・・・はぁ~、お腹すいたね」

生死の切り替え、狂気と冷静の境を象徴する、端的な言葉だった。

「あ~お腹すいたぁ~」

『チアダン』最終回のエンディングでは、主人公のわかば(土屋太鳳)が発する。

日本中のチアダンス部員たちの憧れである全国大会。

できっこない夢・全米制覇を実現すべく、がむしゃらに突き進んできたロケッツたちの最後の挑戦だ。

緊張が頂点に向かうプロセスで、チーム内が心をひとつにする場面、汐里(石井杏奈)が前の学校のチームメイトとのわだかまりを解消するシーン、委員長の麻子(佐久間由衣)が父親である教頭(木下ほうか)から独り立ちする瞬間、わかばと春馬(清水尋也)の友情と恋愛の微妙な揺れを感じさせるやりとりなどがある。

そして圧巻のロケッツ20人のチアダンス。今年1月から練習してきた女優たちの成果が、ノーカットですべて披露される。演技を超えた圧巻のパフォーマンスだ。

ところが物語上の結果は二位。

「夢叶わんかった」舞台裏で泣くメンバーたち。そんな彼女たちに太郎先生(オダギリジョー)は、「でも、みんなキラキラしてたぞ」と声をかける。

その言葉にわかばは「そっか。私、夢叶ったかも。だって、子供のころに見たあの人たちみたいにキラキラできた」と返す。

応援してくれた教師や親たちにお礼をするメンバーたち。

そしてわかばの「あ~お腹すいたぁ~」。

メンバーたちが返す。

「ほやのぅ~」「なんか食べてく?東京らしいもん?」

「うちらはやっぱり、エノキ食堂やろ」

「太郎先生のおごりでぇ~」

青春の一ページが終わり、次の人生に向かう少女たちの転機が、この言葉に凝縮されていた。

「すずさん・・・腹減ったわ」

毎年夏は、戦争を国家の側から描くドキュメンタリーや、戦場のドラマにフォーカスした映画などが多い。そんな中、個人の側から時代を映し出した『この世界の片隅に』。

戦争に負け、多くを失い泣き崩れた主人公・すず(松本穂香)に対して、夫・周作(松坂桃李)がかけた言葉だった。

昭和18年に広島から呉に嫁いだすず。

戦争とは直接関係なく、日々の暮らしの中で自分の“居場所”を求めて精一杯生きていた。ところが戦争の影は次第にすずをも覆い始め、多くのものが失われて行く。

幼馴染の水原哲(村上虹郎)や兄・要一(大内田悠平)の戦死。不発弾の爆発による、径子(尾野真千子)の娘・晴美(稲垣来泉)の死と自らの右手喪失。空襲による白木リン(二階堂ふみ)の死。原爆投下による家族の安否不明。

そして昭和20年8月15日。

日本の敗戦を受け入れられないすずは、「うちは、こんなの絶対に納得できん」と叫び、表に飛び出した。

亡くした人々を思い出し、畑で泣き崩れるすず。すると、なくした自分の右手が頭を撫でてくれた感触に、泣き止む。

そこへ周作が現れ、「すずさん・・・腹減ったわ」と涙ながらに言う。すずも泣き笑いで答える。

これも戦争という非日常から、日々の暮らしという日常への境となる言葉と受け取った。

三者の違い

以上が同じセリフによる3ドラマの3シーン。

やはり意味合いや、見る側の感じ取り方には差が生じていたようだ。

まず『絶対零度』でのシーン。

SNSでは、セリフに触れるツイートは少なく、もっぱら沢村一樹の演技を絶賛するものだった。

「感情の葛藤で目が血走ってた沢村一樹、ほんとにやばかった、ありがとう」

「演技メチャクチャ良かった! 凄いわ!上手いわ!迫力あるわ!てか格好いいね!」

「鬼気迫る演技が凄かった!なんかドンドンいい役者になってくねこの人」

『絶対零度』は刑事ドラマだが、最終回では幾つか疑問が浮かぶ。

冤罪を隠蔽するために、警察が何人も人を殺すという不自然。ミハンの企画・管理者たる東堂が、黒幕の犯罪を黙認してしまった論理矛盾。伊沢の発砲や桜木の密入国などの犯罪についての決着。

ただし、これらを帳消しにするほど、沢村一樹の演技には迫力があった。しかし“ドラマあるある”のご都合主義が散見されるためか、狂気と冷静の境を象徴するはずだった「はぁ~、お腹すいたね」のセリフが、視聴者の心にはあまり残らなかったようだ。

次に『チアダン』

青春の一ページが終わり、次の人生のスタートを象徴した「お腹すいた」。実は第3話で、同じセリフが出てくる。

8人で部活動を始めたばかりのロケッツメンバーは、練習のやり方を巡って喧嘩となってしまった。

それを仲裁しようとして突き飛ばされたわかば。突然「ああ~!」と大声で叫んだ。

「わかば、どうした?」の声に対し、起き上がり発したのが「お腹すいた」だった。

その後、メンバーの父が経営するエノキ食堂でチャーハンなどを食べ、8人は結束して行った。この時も、ターニングポイントとなる言葉だった。

青春・学園モノの当ドラマにも、“ドラマあるある”の如何にもというシーンが幾つも出てくる。それでも誰にでもある青春時代を、ある者は反省の気持ちも含め、ある者は輝いていた自らの季節と重ねながら、心ときめかせて見た人は少なくない。

だから「お腹すいた」というセリフは、青春の句読点として、一定の説得力を持ったようだ。

最後は『この世界の片隅に』

ここで出てくる「すずさん・・・腹減ったわ」に対しては、多くの人がSNS上で反応している。

「周作さんの何気ない“腹減ったわ”→どんな言動・行動より、すずさんの心を軽くする」

「周作さんの“腹減ったわ”が温かすぎた。どんな時でも腹が減る。生きてる証拠だよ。周作さんの優しさが溢れてた」

「腹減ったわ=俺たちは生きているんだってことかな?」

同ドラマは、激しい戦闘シーン・凄惨な血しぶきや無惨な遺体、戦争の残酷さなどをほとんど描いていない。それでも巧みな設定・物語と俳優陣の名演技・名セリフで、戦争の悲惨さと体験者の想いを伝えることに成功している。

「腹減ったわ」というセリフは、同ドラマの存在意義を象徴するような言葉なのである。

3ドラマに登場した、制作陣が申し合わせたわけではないのに偶然一致した同じセリフ。

ここから各ドラマを考え直すのも、面白い見方だと思うが如何だろうか。興味を持たれた方は、ぜひご自身なりの視点で、考えてみて頂きたい。