序盤が違えば名作ドラマ~ディーン・フジオカ『モンテ・クリスト伯』は入り方ミスが痛恨!?~

次回の2時間SPで最終回を迎える『モンテ・クリスト伯~華麗なる復讐~』。

初回から第8話までの平均視聴率6.1%は、春クールGP帯(夜7~11時)放送の民放ドラマの中でワースト2位と、かなり低調な数字に留まっている。

初回の5.1%が響いたのか、2話以降で数字を上げたものの、十分に平均を押し上げられなかった。

ところがデータニュース社「テレビウォッチャー」が調べる満足度では、現時点で3位とかなりの好成績。しかも初回3.44は悪いスタートだったが、4話以降は平均3.94と目覚ましい上昇ぶりを見せた。指数としてもトップを快走する二宮和也『ブラックペアン』を凌駕するほどの快進撃だ。

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もう一つ、次回見たい指数でも同様の現象が起きている。

初回は103と平均以下だったが、4話以降で156と、やはり全体のトップに躍り出た。

要するに同ドラマは、序盤への低評価は致命的だったが、中盤以降はトップクラスの支持を得ていた。つまり今回のストーリー展開は、果たして視聴者にとって受け入れやすいものだったのか疑問が残る。序盤が違っていれば、視聴率も高い名作になっていたかも知れない。

問題の初回

では初回の視聴率5.1%・満足度3.44・次回見たい指数103という低評価は、果たして何が問題だったのか。

主人公・柴門暖(ディーン・フジオカ)に降りかかる災難の数々。

復讐劇の発端を中心に初回は描かれた。漁船の遭難、奇跡的に帰還し恋人・すみれ(山本美月)との結婚に漕ぎ付けたものの、テロ集団への資金提供者として逮捕されてしまう。そしてラデル共和国に送還され、凄惨な拷問が続く。

「テレビウォッチャー」で低い点数を入れた視聴者の声は以下の通り。

ちなみに満足度は、5段階評価で5が最高で1が最低。次回見たい指数は、「絶対見る」「なるべく見る」「見るかも知れない」「たぶん見ない」「絶対見ない」を点数化したもの。

「途中で見るのが辛くなった」女41歳(満足度3・次回なるべく見る)

「かなり微妙な内容。とても面白いとは言えない」男42歳(満足度1・たぶん見ない)

「退屈過ぎて途中でパス。残念だけどディーンさんがカッコよくなければ観たくない」女55歳(満足度2・たぶん見ない)

「ちょっと暗くてあまり見る気がしない」男56歳(満足度2・たぶん見ない)

「ディーンが拷問されている姿がつらくて、途中で見るのをやめた」女42歳(満足度3・たぶん見ない)

低い評価を下した視聴者の声は、大別すると3つ。

※ディーン・フジオカが格好良くない

※拷問シーンなど見るに堪えない

※内容が暗い

実際にこう述べた視聴者の多くは、初回の途中で見るのを止めているか、2話以降を見ていない。

「次回たぶん見ない」と答えた人の3人に2人は、脱落組だった。また「見るかも知れない」と答えた人も、3分の1ほどが視聴を辞めている。

第2話にも課題

同ドラマの初回接触者数は、「テレビウォッチャー」の2400人のモニターの内の157人。

決して多くはないが、杉咲花『花のち晴れ』・菜々緒『Missデビル』・岩田剛典『崖っぷちホテル!』などと大差ない。それでも視聴率で大きく引き離されたのは、番組途中で脱落した人が多かったのが響いていた。

実は第2話でも、視聴者の声に耳を傾けると課題が見える。

物語は孤島の刑務所での元大統領・ファリア真海(田中泯)との出会いと脱獄までのプロセスが丹念に描かれた。そして久しぶりに戻った故郷で、友人の神楽清(新井浩文)と南条幸男(大倉忠義)の裏切りを知る。

ラストで友人二人に、「怖くないですか?今日の海。怖いくらいに透き通っている」と話しかけた暖。

華麗なる復讐の開始が、静かに暗示された。

この第2話は満足度3.78・次回見たい指数145と、初回と比べ質的評価は大きく改善した。

ところが視聴率は、5.7%とあまり回復しなかった。初回で脱落した人の多さと第2話の構成が、やはり量的評価をもたつかせてしまっていた。

「恐い。恐ろしい。目を、背けたくなる。悲惨。辛い」女55歳(満足度4・次回見るかも知れない)

「なんか嫌」女38歳(満足度2・見るかも知れない)

「唐突過ぎて無理がありそう」女33歳(満足度3・なるべく見る)

相変わらず生理的に受け付けない視聴者が少なくない。その一部は2話以降で実際に脱落している。

「これから面白くなりそうなので、もう1話見てみようと思う」女53歳(満足度3・なるべく見る)

「色々言われているが、もう少し見てみよう」男71歳(満足度3・なるべく見る)

「やっと綺麗なディーンになった」女43歳(満足度3・なるべく見る)

それでも復讐劇がようやく始まることが第2話のラストで分かり、質的評価は微妙ながら、期待に胸を膨らませた視聴者も少なくなかった。逆に言えば、華麗な復讐劇の始まりが遅すぎたのだ。

なぜ序盤はこうなったのか?

序盤の構成は、西谷弘監督による“初回冒頭シーンへのこだわり”で決められた。

昨秋の『刑事ゆがみ』でのインタビューで、冒頭について聞かれこう答えている。

「自分は映画でもドラマでも、やっぱりファーストカットで面白いかどうかを決めつけてしまいますし、ファーストカットがしっかりしているものは、大抵面白いという感覚があります」

『モンテ・クリスト伯』の冒頭も、暖(ディーン・フジオカ)とすみれ(山本美月)が登場する結婚式用DVDの映像から入るという一風変わったオープニングだった。画面サイズはハイビジョンの16:9でなく、アナログ時代の4:3。しかも役者が初めからカメラ目線という、ドラマではありえない奇抜なものだった。

このアイデアを聞かれたインタビューでは、西谷監督はこう答えている。

「復讐劇という触れ込みはドラマが始まる前にされるだろうから、その復讐っぽさから一番遠いところから入りたいなというのがあって・・・」

「普通だったら復讐を開始させる第3話の部分から物語が始まって、そこから回想するという作りをすると思うんですけど、あえて復讐とかそういう雰囲気が全くない田舎町の片隅で仲の良い青春群像劇みたいな感じで始まる、意外なところからスタートさせたかった」

つまり初回冒頭シーンへのこだわりが、セオリー通りのドラマ作りを躊躇させた。結果として「田舎町の片隅で仲の良い青春群像劇」・凄惨な拷問・壮絶な脱獄の物語が序盤の中心を占めた。結果としてドラマは、時間軸通りに展開したのである。

NHKで番組制作をした経験を持つ筆者には、西谷監督のこだわりは良く理解できる。作品性を重視したが故の判断だからだ。

しかし民放で活躍していたプロダクションの方と一緒に番組を制作した際、筆者は全く別のセオリーを教わったことがある。

「テレビ番組は面白い順につながなければダメだ」

「意味合いが重要だろうと、途中で視聴者に逃げられたのでは、結局あなたが伝えたい番組のメッセージは伝わらない」

「自己満足のためにテレビ番組を作るのではなく、より多くの人に見てもらうことに徹するべきだ」

西谷監督は「映画でもドラマでも」ファーストカットが大切と述べた。

確かにお金を払って映画館に閉じ込められた観客は、ファーストカットがどうなっていようが、そこで席を立つことは少ないので、作品性や芸術性に思いっ切り走ることが許される。ところが家で見るテレビ番組では、気に入らなければ視聴者は容赦なくザッピングしたり、テレビ視聴を辞めたりする。ここが明暗の分かれ目だったと考える。

質的評価は右肩上がり

“華麗なる復讐劇”は、結局第3話からスタートした。

すると視聴者の満足度は3.8を超え、第6話では3.9、さらに第8話で4.0を突破した。うなぎ登りだ。

次回見たい指数も4話連続で150台となり、第8話では滅多に出ない160台に載せた。やはり視聴者が面白いと感ずるのは、“華麗なる復讐劇”だった。

3~4話では、証拠をでっち上げた警視庁刑事部長の入間公平(高橋克典)の元愛人で、暖を裏切った神楽(新井浩文)の妻・留美(稲森いずみ)がターゲットになった。入間との間に生まれ、遺棄したと思っていた子供・安堂(葉山 奨之)と留美は、暖により近親相姦の関係に誘導されてしまう。

5話では、入間の妻・瑛理奈(山口紗弥加)に、暖は毒殺を犯させる。

瑛理奈は入間の元妻に手を掛け、後妻におさまった女だ。「清濁併せ呑んで生きてきた人間は、必ず自分の中に悪魔を抱え込むことになる。私は、あの呪われた家(入間家)に住む悪魔を、目覚めさせただけだ」と暖は言ってのける。

この冷徹なやり方に、視聴者の満足度は3.87に達し、次回見たい指数は150を突破した。

6話で暖は、安堂が我が子であることを留美に教える。

肉体関係を持ってしまったことで悲嘆に暮れると思いきや、留美は逆に嬉しそうな反応を見せる。そして安堂を守ると決意した留美は、安堂と一緒に寺角(渋川清彦)を殺し遺棄する。暖の母を孤独死に追い込んだ男だ。この回で満足度は3.96に跳ね上がり、見たい指数も158となった。想定外の展開に、打ちのめされた視聴者は少なくなかったようだ。

復讐は7話で遂に、暖を警察に通報した南条(大倉忠義)に向かった。

香港時代に可愛がってもらった大スターのショーン・リー殺害の手助けをした過去を利用して、暖は南条を追い込んだ。さらに暖のフィアンセだったすみれ(山本美月)に、南条が自分たちを裏切った事実を教え、南条とすみれ夫妻は破綻した。

しかも最後に遺書を南条に書かせたのは、目の前で父ショーン・リーと母を殺された娘・エデルヴァ(桜井ユキ)。南条のマネージャーだったが、全ては暖のシナリオ通りだった。

そして満足度が4.0を突破し、見たい指数も160を超えた第8話。

首つり自殺をしたはずの南条は、一命を取り留めていた。八つ裂きにしたいほど憎んでいたエデルヴァが、最後の最後で助けたからである。

入院した南条を、すみれも薬殺しようとする。しかし彼女も、最後の一線を越えられずにいた。

ところで暖が大切にしていた守尾信一郎(高杉真宙)は、入間の娘・未蘭(岸井ゆきの)と付き合っていた。そのことに気づいた暖は、未蘭が“呪われた家に住む悪魔”瑛理奈に狙われていることを知り、信一郎に危急のための小瓶を持たせる。

瑛理奈の思惑通り、未蘭は毒を口にして倒れてしまった。小瓶を思い出した信一郎がそれを飲ませると、一瞬回復したが、次の瞬間に意識を失う。暖が持たせた薬とは、いったい何だったのか。

何がどうなったのか良くわからないまま、視聴者は最終回へと投げ出された。良く仕組まれた復讐劇に、満足度も見たい指数も急伸した。しかも視聴率も、前回比125%と急上昇した。

復讐劇の救いは何処?

暖の復讐劇は文字通り華麗だが、ドラマでは暖の想定を超える部分も多々でてくる。

例えば6話で、安堂が我が子と知った留美の反応。「あんなうれしそうな顔をするとはな。母親というのは偉大だな」と暖はつぶやく。

7話では、エデルヴァは憎いはずの南条の命を助けている。これに暖は激怒した。

そして8話では、暖との仲を引き裂いた南条の薬殺を、すみれは踏みとどまってしまった。

いずれも母子の情愛が介在している。憎悪を愛情が上回っているように見える。

もう1点、未蘭と真一郎の関係は、『ロミオとジュリエット』と似た展開を見せている。毒殺を巡る物語だが、単純な毒殺にはなっていない。

ドラマ内での復讐は、“天網恢恢疎にして漏らさず”的に冷徹かつ着実に進んでいく。

ところが近松門左衛門の作品『心中天網島』のように、天網恢恢は悪いものを見逃さずに罰するだけでなく、仏の心は一見粗い網のようだが、漏れなく救ってくれるという意味もある。

原作は19世紀フランスで書かれた復讐劇の古典だ。ところが日本の現代劇にリメイクされた同ドラマは、一見粗い網による救済が裏テーマにある気がする。

この日本化が最終回でどう着地しているかによっては、満足度も見たい指数も一段と飛躍し、人々の記憶に残る名作になるのではないだろうか。

序盤の作りにより、視聴率ではもはや奇跡は起こらないだろう。

それでも感動という奇蹟は十分ありうる。序盤の成否や、復讐劇スタート後の布石の意味合いと効果を堪能したい方は、『モンテ・クリスト伯』大特集などでもう一度確認して頂きたいが、最終回の出来は大いに期待できると信じている。