『オーシャンズ』シリーズを手掛けたスティーブン・ソダーバーグ監督の新作映画『Unsane(アンセイン)』の予告編が公開された。巨匠の新作という意味だけでなく、全編をiPhoneで撮影した映画として話題になっている。

日本でもケータイで製作した映画が話題になり始めている。去年12月には小林勇貴監督が『ヘドローバ』を公開し、今年2月には酒井麻衣監督が『ウィッチ・フウィッチ』を発表した。

映画と言えば大画面で、豪華なセットや衣装・大掛かりなトリック・大勢のエキストラなどの大スペクタクルを思い浮かべるが、なぜ手のひらに乗るケータイで撮影するのか。作品性やビジネスの観点から、その可能性を考えてみた。

巨匠もケータイ

ソダーバーグと言えば26歳の時、初めての長編映画『セックスと嘘とビデオテープ』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを史上最年少で受賞した監督である。

2000年には『エリン・ブロコビッチ』と『トラフィック』の2作でアカデミー監督賞にダブルノミネートされ、『トラフィック』で受賞した。さらに、01年『オーシャンズ11』で、全世界で4億ドル以上の興行収入を記録して、一躍巨匠となった。

そんなソダーバーグ監督が全編をiPhoneで撮影したホラー映画『Unsane』の予告編が公開された。

自分の意志に反して若い女が精神科病院に収容されてしまう。そこで彼女は自分が最も恐れていたものに直面。狂っているのは周りか、それとも自分なのか。ちょっと『カッコーの巣の上で』(1975年)を彷彿とさせるサイコスリラーのようだ。

ソダーバーグ監督は「知らない人は、きっとこれが携帯電話で撮影されたなんて気づかないだろう」と語っているが、もともと監督は『トラフィック』や『オーシャンズ11』などで監督と撮影を兼任していた。“脳ミソとカメラが直結する”ケータイを使えることは、ソダーバーグ監督にとって願ってもない状況だったのだろう。「私の考えを大きく変えさせる出来事だった」と語っている。

iPhone×FiLMiC Pro.アプリ

ケータイによる映画撮影は、2つの進化により可能となった。

画像

一つはiPhoneの動画撮影が高機能化したこと。もう一つは、FiLMiC Pro.というモバイルのビデオ撮影アプリが登場したことだ。

画像

iPhoneは6sから、「4K」動画撮影に対応するようになっている。しかも8やXでは、「4K/60fps(高画質でスムーズ)」や「4K/24fps(映画スタイル)」も撮れるようになっている。もはや高機能かつ高級な撮影カメラと呼ぶことができる。

FiLMiC Pro.アプリは、iTunesのApp Storeから$9.99でダウンロードできる。

画像

撮影中の画面の中で、ズーム・シャッタースピード・フォーカル・色温度などを、自動に設定して簡単に撮影できるほか、マニュアルでこだわりの映像を収録することもできる。他にもスローモーションやコマ落としの設定、画面縦横のアスペクト比など、映画撮影に必要なさまざまな機能をカバーしている。

先日FiLMiC社の担当者に、Skypeでインタービューする機会に恵まれた。

画像

その時の話によれば、既に200か国で150万人ほどがダウンロードして活用しているという。ソダーバーグ監督のように本格的な映画監督から、CNNやBBCなどTVニュースのジャーナリストも使い始めている。Netflixでは、オリジナル作品を従来より簡単に作れるようになると見ているそうだ。

画像

さらに面白い見方を示してくれた。

「米国の映画は、ヒットを狙った結果、同じような展開で同じようなセリフが出て来るスーパーヒーローものが多い。いわば作品の領域が狭く、国際的な市場に出て行く面白い映画が少なくなった。

画像

それでも新しい技術を取り入れ、多くの人が安価に映画を撮れるようになれば、斬新な作品がまた生まれるようになるのではないか」

同アプリはそんな期待のもと、世に出て来たそうだ。

VICE+の挑戦

実はFiLMiC社担当者の展望は、日本でいち早く実現し始めている。

世界の若者を中心に単体で月間5000万ユニークユーザーを超えたVICE。その日本法人のVICE JAPANでは、去年12月から“ケータイで撮る映画”を予算500万円という考えられないコストで製作し始めている。

その第1弾は小林勇貴監督の『ヘドローバ』

常識・分別・道徳・ルールをすべてブッ飛ばし、善悪で判定すれば悪とされるシーンが、これでもか、これでもかと出てくる作品だった(詳細は拙稿「暴力・エロ・グロなんでもアリ!?~ケータイで撮る『ヘドローバ』は映倫を超える“絶倫映画”~」を参照されたい)。

ゲロ・レイプ・殺人・詐欺・児童虐待・差別・堕胎・・・酷いシーンの連続なのに、劇場に足を運んだ観客からは爆笑の渦がなんども出る不思議な映画だった。

画像

実はこの映画、VICE+という世界のVICEグループに先駆けて昨春日本で始まったSVODサービスで配信されているが、この1作をアップして一か月で、加入者数が5倍に膨れ上がったほどの優れものだった。

“映画界に横たわる暗黙のルールをことごとく無視”“作家本能200%むき出し”をトレードマークにする小林勇貴監督。“脳ミソとカメラが直結する”ケータイを使いこなしたことで、目指していた「常軌・常識を逸脱したところにあるエンターテインメント」に一歩近づいた作品となった。そしてビジネスの可能性も、少し開いたと言えよう。

第2弾は酒井麻衣監督監督の『ウィッチ・フウィッチ』

去年、商業映画デビュー1作目『はらはらなのか。』で、ほぼ1年間にわたる異例のロングランヒットを記録した新進気鋭の監督だ。

画像

今回は予算500万円・全編ケータイ撮影という条件で、“一途な魔女”と“浮気性な狼男”のラブ・ファンタジーを撮っている。こちらは2月下旬に公開したばかりだが、連日好評となっている。筆者も劇場に足を運んでみた、初日はオタクっぽい男たちで大賑わい。客席は少しラブ・ファンタジーの雰囲気ではなかったが、監督の人気のほどを垣間見ることが出来た。

ケータイ×予算500万円とは思えないほど、VFXがふんだんに出て来るファンタジーで、なるほど若い新たな才能に門戸が開かれ始めていると実感できる映画である。

如何だろうか。

もともとメディアの歴史は、活版印刷の登場で一部の上流階級だけに独占されていた知識を大衆に開放した。映像メディアの登場で、字の読めない層にも様々な情報提供を可能にした。ラジオやテレビの登場で、劇場に足を運べない庶民に、様々な娯楽を茶の間に提供した。そしてインターネットの登場で、誰でもどこでもいつでも知識や情報を瞬時に手に入れられるようにした。

こうしたテクノロジーの進化は、明らかに多様な人々に新たな可能性を提示してきた。さて今度は表現の可能性の解放である。

iPhone×FiLMiC Pro.アプリの登場で、映画など映像作品の製作はより多くの人に門戸開放された。そしてVICE+のようなプラットフォームの奮闘で、若い新たな才能がビジネスとして飛躍する可能性が出て来た。

ネット時代に相応しい新たな名作を堪能できる日々を夢見たい。