広瀬すず『anone』に坂元裕二は突拍子もない補線を幾つも隠している!

日本テレビ番組ホームページから引用

昨今の坂元裕二のドラマには、まるで難解な図形の問題のように、突拍子もない補線が幾つも隠れている。

だから序盤では、面白さが理解できない視聴者が少なくない。実際『anone』は、初回視聴率が9.2%・第2話7.2%と、日本テレビ水曜10時枠としては、過去5年で最低となった。

ただし今後、名作に進化する要素が幾つもある気がする。ちょっと見わかりにくい坂元ドラマの、補線について考えてみた。

図形問題での補線

中学の頃に多くの生徒が苦しむのが、合同や相似などの図形の証明問題。

正解に辿り着くには、補線をどこにどう引くかが鍵だった。ところが統計的には、直観的に正解を認識できる生徒は7割ほどいるが、証明を論理的にやり切るのは3割ほどに限られるそうだ。

多くの母親は、「あなたは本当はやれば出来るのよ」というが、こと図形の証明問題は統計的に7割ほどが“勉強しても簡単に出来るようにならない”。

補線をどこにどう引けば良いか、解答の突破口を見つけるインスピレーションが必要なこと。さらに三段論法を駆使して説明しきる論理性は、簡単には習得できないからだ。

 

坂元裕二が書いた今回の『anone』は、そんな図形問題に似ている。

幾つもの補線というべき“明示されていない要素”を、視聴者の側が位置づけなければならない。しかも週一回一時間の放送に対して、見つけ出した要素を記憶にとどめ、翌週の放送で新たに暗示される要素を見つけ出し、それぞれを関連付けて行くという作業を経て、ようやく面白みがわかってくる。

SNS上に投稿された「さすが坂元さんドラマ。簡単じゃね~(笑)。伏線もちりばめられてて、ながら視聴が大半の私も、しっかり見ないと本当の面白さは感じられない」という一文が象徴的だ。

セリフの妙? セリフが妙!

『anone』では初回冒頭でいきなり、患者に病状を説明する際に名言を交える医師が登場する。

「止まない雨はありませんよ。夜明け前が一番暗いんです・・・・ま、余命的にはあと半年ほどになりますかね」

言葉に論理的整合性があるか否かはさて置き、何となく名言っぽく聞こえさせるセリフ。これを「凄い!」と感嘆する視聴者もいるが、ポカンとやり過ごす人も少なくないだろう。

他にもこうしたセリフのオンパレードだ。

「努力は裏切りますけど、諦めは裏切りませんから」

「大丈夫は2回言ったら大丈夫じゃない」

思い起こせば、17年1月クールの『カルテット』にも、それっぽいセリフがたくさんあった。

「レモンするってことは不可逆」

「音楽っていうのはドーナツの穴のようなもんだ」

「夫婦って、別れられる家族なんだと思います」

「人生には三つの坂があるんですって。上り坂・下り坂・まさか」

以上も初回に出て来たセリフだ。SNS上では“深い”“重い”など賞賛の声がたくさんあったが、視聴率は二桁に届かなかった。この種の“坂元論理”に反応できる人は、あまり多くないとみて良かろう。

極端な設定

違和感があるのは、セリフだけではない。状況設定も極端だ。

例えば広瀬すず演ずる辻沢ハリカは、「ハズレ」と自他ともに呼ぶ。実は両親に捨てられ、全寮制の学校で「収容」まがいの扱いを受けていた。そこで「ハズレ」という屈辱的な名前を刷り込まれていたのである。

ところが当時の辛すぎる状況から、ハリカは記憶を塗り替えていた。祖母とツリーハウスでおとぎ話のような暮らしをしていたことになっていたのである。

これだけでも、二重三重にあり得ないような状況が重なっている。その上、両親に捨てられた原因が、人と違う行動ばかり取っていたこと。ハリカの弟に病気がうつることを懸念して、両親は更生施設送りを選択したとのことだった。しかも弟は事故で死亡し、両親も後追い自殺をしてしまった。

もう四重にも五重にもあり得ない状況が重なっている。

その上で、「あのね」と呼びかけても自分の話を聞いてくれる両親がいなくなったハリカは、田中裕子演じる亜乃音(あのね)に出会う。ドラマのタイトル『anone』は、こうした状況を内包している。

これを巧みな設定というのか、都合が良過ぎると感ずるのか。

その亜乃音の設定も極端だ。

江口のりこ演ずる娘・玲は夫と他の女の間に生まれた子。19歳で失踪し、自分の知らないところで夫は会っていた。さらにその夫は、紙幣を偽造するという犯罪にも手を染めていた。

ここまで来ると、設定の異常さは宝くじに当たるより確率が低い。このために見始めたが共感できず、途中で脱落した人が続出したのであろう。第2話までで視聴率が7.2%に落ちてしまった所以である。

温かい想いに向け始動

ここまでドラマの負の側面を書き連ねて来た。

ただし筆者は全否定するつもりはない。逆に評価に値する部分も十分あると感じている。見続ける人が温かい想いや感動に浸れる物語になりそうだからだ。

例えばハリカの心の拠り所になっていたネット上のチャット相手“カノン”(清水尋也)。闘病のため入院していて会うことはないが、ハリカが“あのね”と話しかけ、本音を打ち明けられる関係だ。初回のラスト近くで、カノンが同じ更生施設にいた紙野彦星であることが判明する。園長にハズレと名乗ることを強要されたハリカに、「君の名前はハズレじゃない」と伝えたかったという。一緒に逃亡を企てたエピソードといい、親に向かう代わりにハリカが“あのね”と話しかける関係といい、二人の絆が物語の一つの鍵を握ることがわかる。

そして第2話では、ハリカと亜乃音との心の距離が、不器用で躊躇いがちだが縮まり始める。

例えば「愛されたからこそ愛せる」というセリフ。ハリカは両親の愛情を受けずに育っている。そのハリカが、“亜乃音の娘・玲は自分の娘に愛情を注いでいる。これは亜乃音がちゃんと愛情を注いで育てたから”という旨を伝える。かつて玲が行ったことのあるラーメン屋にも「行ってみよう」と勧める。ここからストーリーは大きく動き出す。

そのハリカは、亜乃音に一晩泊めてもらい、パジャマと布団を提供され大喜び。そして翌朝、「布団」から出られなくなる。亜乃音に叱られながらも、「布団が私を離さない」と必死で抵抗する。

今後二人が「親子の愛」を感じ合う関係になることを暗示させるような、心温まるシーンである。

散りばめられた補線

以上の他に、同ドラマには伏線がたくさん出てくる。もしかしたらこれらの幾つかが、図形問題を解く鍵となる補線の役割を果たすかも知れない。

まず初回冒頭に出てくるフリスク。阿部サダヲ演じる持本が何度も口にするところを見ると、彼は口の「臭い」を気にしているのだろう。そういえば、ハリカは死体のあった現場を清掃する仕事に従事していた。強烈な「臭い」についてのやりとりが出てくる。カノンとのチャットでは、ハリカのバーチャルキャラクターは、職場で使うものと同様のガスマスクを装着している。

次に動物。

ハリカのネットカフェの看板には、クマ・ウサギ・ニワトリ・ヒヨコが描かれている。その屋上で、ハリカは猫を抱いていた。お金を巡る騒動では、二人組が海岸に犬を探しに来た。カノンは病院の外にいるハシビロコウの写真をハリカに送り、「自分はシロガオサキ、看護師さんは北極ウサギ」と言って来た。またハリカの思い出の中では、陸ガメが何度も登場した。そして亜乃音の家にも猫がいる。

お金と食べ物もメタファ―のようだ。

初回冒頭、持本のカレー屋を訪ねた青羽るい子(小林聡美)は、お金を払わずに焼うどんを食べ、二人の関係が始まった。

ネットカフェ仲間だったハリカ・美空(北村優衣)・有紗(碓井玲菜)の関係は、亜乃音の家から出て来た大金を巡り崩壊してしまった。そんなお金を、亜乃音は必死に焼却しようとしている。

その亜乃音は、失踪した娘がかつて夫と入ったラーメン屋で、娘と同じ“もやしたっぷりラーメン”を食べたことで、失われていた娘との関係が再スタートしようとしている。

人間関係の崩壊と繋がりがキーワードになっているようだ。

他にも、ハリカは何度もスケボーを置き忘れる。思い出と忘却も鍵を握る可能性がある。

カノンとのチャットの中で、「今でもあのツリーハウスでの幸せな日々のことは思い返します。大切な思い出って、支えになるし、お守りになるし、居場所になるんだなあって思います」とハリカは言っている。ところがその思い出は、辛すぎる現実が作り上げた偽物だった。

2話まででは、筆者が気づいた布石だけでもこんなにある。風力発電が何度も出てくるように、恐らく他にも、まだまだ散りばめられていたのだろう。

この中のどれが有機的に連動し始め、どんな感動につながって行くのかは、今のところわからない。

大きなベクトルとしては、主要な登場人物たちが失われたものを取り戻し、あるいは代わりとなる関係を獲得し、人間的な営みに戻る物語なのだろう。見続けた人はそのプロセスで、『Mother』や『Woman』の時のような感動を得るという仕掛けと予想する。

しかも補線が突拍子もなく、複雑だった分だけ、感動は大きくなる可能性がある。

いやはや大変な難問を出題されている気分である。どう着地するのか、今後の展開を楽しみにしたい。