『ひよっこ』の魅力は“引きの力”~『小さな巨人』と対照的な有村架純・木村佳乃・菅野美穂らの演技力~

朝ドラ『ひよっこ』がいよいよ本領を発揮し始めた。

初回視聴率は19.5%で、20%割れは『純と愛』以来9作ぶりと騒がれた。しかも当初4週が19%台、5週目は18%台と低迷し、原因は何かといろいろ書きたてられた。

NHKの木田幸紀放送総局長は4月19日の会見で、「マグマがだんだん詰まってきていて、いずれ噴火する機会をうかがっている」と語っていたが、ここまでマグマは何度か飛び跳ねつつ、18週目(7月31日~8月5日)でようやくマグマ大爆発が現実となった。そこで光ったのは、木村佳乃・菅野美穂・宮本信子らの演技力だった。

木村佳乃の静と動

ビデオリサーチ社が関東900世帯で調べる視聴率は、13週目で20%の大台に乗せ、17週目で21%を突破。そして18週目で22%に肉薄あるいは超えた可能性がある(結果は8月7日に判明予定)。

データニュース社「テレビウォッチャー」が調べる満足度では、第1週は3.61で始まり、第4週で3.80に届き、14週目で3.90に達した。そして18週目は、4.00の大台に乗せている可能性がある。

東京オリンピックや集団就職の時代を背景に、谷田部みね子(有村架純)が日本の原風景のような奥茨城から東京に出てきた辺りから、視聴者の評価は高くなった。視聴率は19%台後半をとるようになり、満足度は3.80台をマークした。第6週「響け若人のうた」は視聴率19.6%。第7週「椰子の実たちの夢」は19.8%。満足度は共に3.86だった。

序盤では、ふだん物静かで良妻賢母型の母・美代子(木村佳乃)が、いなくなった父・実(沢村一樹)を探して警察を訪ねた際の演技が圧巻だった。

出稼ぎの失踪者探しに消極的な警察を相手に、涙をポロポロ流しながら「出稼ぎ労働者を一人探してくれと頼んでいるんではありません」「谷田部実という人間を探してくれとお願いしています」「ちゃんと名前があります」と警察に迫った。

その他大勢に埋没させられ勝ちな地方の悲しみに、多くの人が共感したたはずだ。

宮本信子の引く力

すずふり亭の店主・鈴子(宮本信子)の演技も随所で光った。

初対面の実にかけた「東京、きらいにならないで下さいね」という言い方。否定の否定という控えめな言い方だからこそ、鈴子の気遣いがよく伝わる。

父が訪ねたすずふり亭で、みね子が月に一度、安いメニューから順に注文し始めた時、「みね子を相手に商売する気はない」と言葉をかける。庶民の確たる倫理観が、東京の発展を支えていたと理解できる。

第18週でみね子は実と再会を果たしたが、女優の川本世津子(菅野美穂)と暮らしていた。混乱するみね子に鈴子は、「(母に電話ではなく)手紙で知らせなさい」「ちゃんと気持ちを落ち着かせて、手紙を書きなさい」と助言する。

宮本信子が随所で見せる派手ではない静かな配慮が、このドラマの通奏低音になっている。

ビートルズ来日

1966年6月26日。ビートルズが来日した。

そのビートルズが大好きな宗男(峯田和伸)が上京し、みね子のアパートに転がり込む。公演のチケットは手に入らなかったが、ビートルズが滞在する東京に自分もいたいという拘りからだった。

この第13週で、視聴率は初めて20%を突破した。そして第14週「俺は笑って生きてっと!」で、満足度が最高の3.93に達する。

ここで宗男の戦争体験が語られる。

凄惨な戦いとなったインパール作戦。死ぬ覚悟をしていた宗男はある日、敵地の偵察を命ぜられ、一人の若い英国兵と対峙してしまった。ところがその英国兵は宗男に笑顔を見せ、その場から立ち去って行った。

この間ずっと顔をこわ張らせていた宗男は、二重の敗北感を味わう。戦争の敗北に加え、決定的な瞬間に生きる力の差を見せつけられたのだ。

命拾いをした彼は、命を大切にし、笑いながら生きて行こうと決意。それから20年、当時の英国兵のように“未来を信じて生きる力”を鍛え上げた宗男にとって、ビートルズの来日に併せて行動を起こしたのは、「俺の戦争」に句読点を打つ行為だったようだ。

戦争と立ち直りのための20年を、ビートルズを切り口に描く手腕。脚本家・岡田惠和および制作陣の構想力と表現力に脱帽である。

木村佳乃×菅野美穂の静かなバトル

このあと物語は、第15週「恋、しちゃったのよ」・第16週「アイアイ傘とノック」で、みね子と島谷(竹内涼真)の初恋と失恋を経て、いよいよマグマ大爆発へと向かう。

ピンチヒッターでみね子はテレビCMに出演した。それが縁で父の居所が判明する。上京した母・美代子(木村佳乃)は、実と同居していた女優・川本世津子(菅野美穂)と対峙した。

ところが実は記憶を失っていた。言葉を失う美代子だったが、すぐに気を取り直して、まず実を保護してくれた礼を言う。その直後、「もし病院や警察に届け出てくれていれば、夫は家族の下へは戻ってきたのではないでしょうか」「なぜ。この2年半、家族がどんな思いで生きてきたのか、分かりますか」と、世津子をなじった。警察で感情を爆発させて以来、2度目のマグマ爆発である。

見かねた実が「それは私が・・・」と言いかけたが、世津子は「出て行って欲しくなかったんです」と言葉を遮った。「間違っていると思いながら、そのままにしてしまいました」。そして「初めて家に帰りたいと思った・・・」と、2年半の空白の理由を告白した。

「今日まで本当に申し訳ありませんでした」「分かりました。今日まで本当にありがとうございました」・・・・実をめぐる2人の女のバトルは、互いに深々と頭を下げて、静かに幕を閉じた。

“引きの力”と“押しの力”

『ひよっこ』の一連の演技・演出を見ていると、今年春クールに放送されたTBS『小さな巨人』とつい比べてしまう。下の立場の者が組織の権力を握る上位者の不正を暴く警察ドラマだ。堺雅人主演の『半沢直樹』を初め、阿部寛『下町ロケット』・唐沢寿明『ルーズベルトゲーム』と共通点がある。いずれも登場人物達はより強い力で相手を打ち負かそうとする、“押しの力”ドラマである。その象徴として、大きな顔芸があった。

『小さな巨人』では、主人公・香坂(長谷川博己)と捜査一課長(香川照之)が対峙するシーンが幾つもあった。歌舞伎の“大見得”かと見まがうほどの、大写しになった顔芸の圧倒感は、大いに視聴者を魅了した。

一方『ひよっこ』では、画面いっぱいの顔のアップはない。

女優陣の演技は、美代子が2度ほど感情を露わにした以外はいずれも控えめだ。

例えば、実をめぐって美代子と世津子が対峙した最後。実は「ちょっと待って下さい。(世津子と)少し話を・・・」と割って入ったが、「その必要はありません」と世津子はきっぱり遮断する。用意してあった実のバッグを手渡しながら、「さようなら。もう2度とお会いすることはないと思います。谷田部さん」と、静かに語りかける。それまでの(雨の日にであったので)“アメオさん”という呼び名から、最初で最後の“谷田部さん”。これが2人の交わした最後の言葉となった。

この“引きの力”は、強い言葉・大きな声より雄弁だ。“押しの力”にもパワーがあることは、TBSの一連の日曜劇場で分かったが、『ひよっこ』は強くない言葉・小さな声でも、心情を間接的に伝えることで、十分ドラマチックになることを証明した。

この第18週「大丈夫、きっと」。2人の対峙が行われた第106話までの4日間の視聴率は22.4%。満足度のデータはまだ出てないものの、間違いなく今までで最高となるだろう。

今後の展開

脚本家・岡田惠和はこれまで、朝ドラを2回担当していた。『ちゅらさん』(2001年度上半期)と『おひさま』(2011年上半期)を経て、今回が3本目だ。

『ちゅうらさん』は沖縄と東京を舞台にした、主人公・古波蔵恵里(国仲涼子)の成長物語を柱とした群像劇。『おひさま』は信州を舞台に、激動の昭和時代を生きた架空の須藤陽子(井上真央)の半生を描いた物語だった。

『ちゅうらさん』は沖縄でありながら社会問題を扱わず、明るく笑って生きる姿勢を重視した物語で、視聴率も高く、評判も上々だった。全話を収録した完全版VHS・DVDが発売され、続編も『ちゅらさん4』まで放送された。朝ドラの歴史では、『おしん』に次ぐ話題作といえよう。

ところが2作目『おひさま』の評価は、それほどでもない。ネット上には、「善人ばかりがダラダラ出てくる」「何も起こらない」など酷評コメントが並んだが、視聴率はさほど悪くはなかった。東日本大震災直後で、“家族の絆”が重視されたタイミングだったからかも知れない。

いずれにしても岡田惠和は、「悪い人が出てこない」「ファンタジー」等と言われる作家だけあって、彼の朝ドラ3部作には悪人も大問題もあまり出てこない。

今回の実をめぐる美代子と世津子の確執も、誰か悪人のなせる業ではない。記憶喪失という不可抗力が、二人を対峙させてしまった。女優・世津子には、華やかな世界と裏腹な孤独という現実があり、弱さがあった。そこから来る2年半の実との生活だったが、その弱さは徹底的に糾弾すべきではないので、美代子もすぐに攻めの姿勢を解除している。

前述の通り、“引きの力”が最も感動を呼ぶ山場だった。

ところが便利だった記憶喪失に、今後は決着をつけなければならない。奥茨城で始まり、向島の工場、赤坂の洋食屋と場を変えた物語は、再び奥茨城と向かう。

最初は東京への出発点だった奥茨城。東京を経て今後はどんな意味合いを持たせるのか。

出稼ぎと失踪をきっかけに、一度はバラバラとなった谷田部家は、どう再構成されていくのか。

自己実現の方向性が明確でなかった主人公・みね子も、成長物語として何かの着地が求められる。

視聴者の感動と満足のピークを受けて、これらは何処かに収れんして行かなければならない。簡単ではないと思うが、作家と制作陣のアイデアと展開力に期待したい。