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日本にとっての軍事力の強化とは?

鈴木崇弘一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
最近の情勢を受け、日本でも防衛政策や防衛費の増大の議論が高まってきている。(写真:イメージマート)

 筆者は、2015年8月に「日本で今後、徴兵制はあるのか?」という記事を書いた。書いた当時のアクセス数は、たかが知れていた。ところが、今年に入ってから急にアクセス数が増えた。よく調べてみると、ロシアがウクライナに侵攻した今年2月24日以降に急にアクセスが増えたようだ。

 そのウクライナ侵攻は現在も継続しており、国際的な緊張が高まっている。当初は、ロシアも短期決戦を目指していた。だがその目論見は、国際的な支援の広がりもあり、ウクライナが善戦し、一進一退の攻防が続いており、中長期化する可能性も生まれてきている。

 また同侵攻は、ロシアとヨーロッパにおける紛争であり、短期決着の感もあり、アジア等の国・地域からは無関係という感じであったが、長期化するなか、北朝鮮の安全保障上の脅威、米中の経済・貿易・技術上のフリクション、さらに東アジアにおける中国的な軍事的力の強化および中台関係の緊張感の高まり(特に中台関係は、ロシア・ウクライナ関係と同様な側面がある)などとも絡んで、日本国内でも、安全保障への関心や戦争勃発の危機感の高まりが生まれてきていた。

 それらの結果、日本国内でも軍事的な強化が叫ばれてきているがために、拙記事にも今になってアクセスが急に増えてきたのであろう。

 日本は、巨額の財政赤字を抱え、経済の長引く停滞などで税収も必ずしも増えてきておらず、現在も国債等による多くの借金に基づく予算編成をおこなっており、政策的対応の余地が限定されてきている。

 他方軍事費は、その予算において、この9年間で5157億円も増え、22年度には5兆4005億円(財務省財政制度等審議会の2022年4月20日の自民党部会に提出資料による)となってきている。自民党は、これを今後5年以内に、GDP(国内総生産)比2%以上(11・2兆円程度)を念頭に増やすとしているようだ。

 この数字を、ストックホルム国際平和研究所の2020年度のデータでみると、日本は、軍事費規模で、現在の世界9位から、米中に次ぐ第3位に浮上する。他方、それでも、2位の中国の4割弱程度、米国の1割強程度の規模にすぎないのである。

北朝鮮からのミサイルの脅威は高まりつつある。
北朝鮮からのミサイルの脅威は高まりつつある。提供:イメージマート

 北朝鮮のミサイルや核により攻撃などの脅威は高まっているが、そのような規模感を考慮すると、日本も軍事力の強化もある程度考慮すべきではあるが、特に中国(アジアにおける安全保障上の最大の脅威といえる)との関係性のコンテクストにおいては、同国の経済や人口などの規模を考慮すれば、日本の軍事力の拡大には限界があるといえるだろう。

 また拙記事でも若干触れているが、今般のウクライナ侵攻などにおける「ドローン」などの利活用の現状をみてもわかるように、従来の武器や技術等の利活用とは大きく異なる戦争・紛争の仕方になってきているのである。

 最近は、「戦場のシンギュラリティ」ということもいわれるようになってきており、実際にそれに近い状況も生まれてきている。それは、人工知能(AI)で自動化された武器が戦闘で広範囲に使われるようになり、その進化が加速していったときに、人(主に軍人・兵士、官僚・外交官、議員など)の認識力が戦闘のペースについていけなくなる状況を指している。 

 また、近年では、リアルの戦闘よりも、バーチャル上での攻防が他の国や社会に容易かつ確実に混乱や打撃をもたらすような状況も生まれてきているのである。

 このように考えていくと、従来のように、単なる兵士数の増員や軍事費の増加だけで、国や社会を守れなくなってきているのである。

人間がAIを有効に使えない状況が生まれつつある。
人間がAIを有効に使えない状況が生まれつつある。提供:イメージマート

 そして、上記のことからもわかるように、日本は、軍事費の規模からも、国際的にはすでにある程度の大国であるということができる。しかしながら、よく考えていただきたいのであるが、日本が、第二次世界大戦後に国際的に脅威と羨望をもって敬意を得られたのは、敗戦の廃墟のなか立ち上がり、経済を復興、成長させたからである。当時、軍事力は一時期ほぼ皆無であり、決して軍事力からではなかったのである。

 また90年代前半の東西冷戦構造の終焉により、新たなるグローバル経済、グローバル世界は生まれた。今回のコロナ禍やウクライナ侵攻・紛争は、その経済や世界においても、それ以前からのさまざまな残滓や国の国境や役割などの意味や問題・課題を再認識させた。しかしながら、それらのことに関する国際社会の対応などを冷静にみてみると、短期的には単純な直線ではなく、今後も紆余曲折しながらも、全体としては、やはり経済や世界のグローバル化の方向性に進んでいくのだろうということを、あらためて確認させてくれるのである。

 このように考えていくと、日本は、その経済を、この30年ほとんど成長したり、大きく変化させてきているとはいえず、活力やダイナミズムが極端に失われ、日本人も日本社会も自信を失ってきており、威勢がよく目に見えやすい軍事的な面に安易に意識が向かいがちになるという気持ちがわからないではない。しかし日本は、現在でも未だ世界第3位の経済大国であり、第二次世界大戦後の日本経済の成功から多くの国々が学び、現在の発展の成果を達成してきている現実と事実を今一度思い起こし、そのことを冷静に認識すべきだろう。そして、日本は、今こそ諸外国の成功および失敗を含めた経験(注2)から謙虚に学び、その成果が出るには時間がかかり、社会における大きな負担も生まれようが、その経済を再度進化・深化そして発展させていくべきだろう。

 それができた時こそ、日本は、国際社会からもまた評価され、敬意を持たれる国や社会になるだろう。

 日本は、今こそ、その「経済」の発展に注力すべきだ。

(注1)戦場のシンギュラリティについては、次の記事などを参照こと。

「『戦場のシンギュラリティ』は訪れるのか? AIによる戦闘に、人間が追いつけなくなる日がやってくる:『考える機械』の未来図(4)」WIRED、2020年8月6日

「AI兵器開発、米中が火花 静まりかえった北米攻撃CG」朝日デジタル、2018年12月28日 

(注2)日本は、歴史的にも、厳しい状況においては何度も、海外から学び、国や社会をつくり変え、発展してきたという事実を再認識すべきだろう。

一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。㈱RSテクノロジーズ 顧問、PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

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