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立法府から見た日本の民主主義

鈴木崇弘一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
国会は民主主義の府になっているのか?(写真:つのだよしお/アフロ)

 民主主義は、合法化され、基本的に流血を伴わない、政治や政策における「戦争」であり、無血の革命あるいはクーデター(注1)である。その意味では、そこにおけるあらゆる関係者は、ありとあらゆる手段を賭して、何としても勝利を得ていくことが必要だし、それが要求され、その戦いは熾烈を極めることは当然である。

 だが、その戦争は、合法化されている以上は、そこには何らかのルールが存在し、何らかの形での「公平さ」「正当性」というようなものが必要であると考えられる。

 日本は、民主主義の政治制度に基づく国家であるといわれる。だが本当にそうなのだろうか。確かに主権者による選挙への参加等は権利として与えられているが(注2)、民主主義が機能していく上での多くの点で不備があるのではないだろうか。

 そこで本記事では、その点に関して、日本の「民主主義」の根幹である立法府について論じていきたい。

 日本では、1980年代から特に1990年代にかけて、それ以前の官僚中心の政策形成の仕組みでは、社会の変化に対応できないということで、社会の変化に応じて政治が変化し、その政治がより中心的役割を果たせるようにするために、「小選挙区制」や官邸主導などの「政治主導」の政策形成の仕組みが導入された。その結果として、2009年には本格的な政権交代が行われた。その試みや仕組みの変化は時代状況的にも理に適っていたということができよう。

 ところが、政権を得た民主党は未熟で政権を適切に運営できなかったことから、2012年には政権の再交代が行われ、政権はそれ以前において長らく政権を担っていた自民党らに戻った。それ以降、政権党(与党)の問題や課題も生じているが、野党の側の離合集散もあり、政権交代が再度起きそうな気配すらないのが、現在の政治・政策状況である。

国会論戦は民主主義的に行われているのか?
国会論戦は民主主義的に行われているのか?写真:つのだよしお/アフロ

 このように日本でも、以前に比べれば、民意を反映して政権党(与党)が変更することができるような仕組みになってきてはいる。だが、よく考えてみると、その政権交代はそんなに容易なことではないことがわかる。

 それにはいくつかの理由がある。

 まず日本は、議員内閣制(注3)および与党の事前審査(注4)をとっているが、この場合、政策案や法案づくりそしてその調整・対応の多くは行政の官僚に依存している。そのこと自体も様々な問題・課題があるのだが、ここではそれらについては論じないが、そのことは、要するに政権党(与党)は政策や法律づくりにおいて、官僚機構の有する情報、ネットワークそして人材を活用できるということである。それは、政策論争や政策・法律づくりにおいて、与党が圧倒的に有利な立場にあることを意味する。

 また政党交付金(政党助成金)と呼ばれるものがある。これは、一定の要件を満たした政党の活動を助成する目的で国庫から交付される資金のことである。これは、企業・労働組合・団体等から政党・政治団体への政治献金を制限する代償としてつくられた制度で、その助成金の総額は国民1人あたり年間250円で決められる総額(注5)である。そして、この配分方法は、議員数割と得票数割として、交付金の総額を2分の1ずつに分けて算定される。

 この場合、より多くの議席を有する政党、つまり基本的に政権党(与党)がより多くの金額の拠出を受けることになるので、当然に政権党(与党)に有利な仕組みなのである。

 その他にも、これは日本だけではないが、資金や情報等ではどうしても与党が当然有利な条件のもとにあるといえる。

 このように圧倒的に優位な立場にある政権党(与党)に対して、野党はどのように対抗して、政権党をチェックし、できれば政権交代に結びつけることができるのだろうか。

 そのような対抗あるいはそのための武器として考えられるのが、「国会質問」、「議員立法」、「質問主意書」や国会の「国政調査権」「予備的調査」などであろう。その前二者は、与野党で大きな違いがあるとはいえないので、ここでは論じない。

 「質問主意書」は、「国会議員が国政に関して内閣に対する質問の趣旨を記して議長に提出する文書。議長からの送付を受けた内閣は原則として7日以内に答弁書を作り、閣議決定して回答する」(注6)ものである。これは、与党が構成する内閣に対してのものなので、主に野党から多発され、官僚からすると業務が増えるということで評判が悪いし、またその質にもばらつきがあったり、また一部を除くと本質的な回答がなされることは少ないが、回答が義務付けられているので、政権のチェック機能として一定の意味はあるといえよう。

 また国政調査権は、憲法62条「両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。」の規定に基づいた、国会の権利である。同様の権利は、少数派の権限として、ドイツやフランスでも認められている(注7)。

 だが、日本の場合、国政調査権は、強制力が伴うこともあり、その発動には多数決の議決が必要なので、容易には発動できず、現実には少数野党の権限にはなりにくい仕組みなのだ。

 そのようなこともあり、「予備的調査」という仕組みも設けられている。これは、「国会の国政調査権を補完し、行政監視機能を高めるための衆院独自の制度。衆院規則を改正し、1998年に導入された。衆院で40人以上の議員の要請か委員会の議決があれば、衆院調査局長ら国会職員に調査を命じ、官公庁に文書や資料の提出などを求めることができる。少数派でも要求できるため証人喚問などの国政調査権に比べて実施のハードルが低いものの、官公庁に対する調査の協力の求めには強制力を伴わない」(注8)制度である。

 しかしながら、この予備的調査に関しては、昨年11月に森友学園の国有地売却に絡む財務省の公文書改ざんに関して、財務省は民事訴訟を理由に資料提出を拒否する初の事例が起き、その限界も指摘されている。

国会論戦がより民主主義的におこなえる方策は?
国会論戦がより民主主義的におこなえる方策は?写真:つのだよしお/アフロ

 このように、国政調査権や予備的調査も、少数野党にとっては、政権党と渡り合っていく上では、それほど有力な武器にはなりにくいというのが現実といえるだろう。

 しかも、これらの仕組みを活用して、少数野党が、与党や内閣の活動や姿勢をチェックしたり、ある時には攻めていけるためには、その前提として、さまざまな調査をしたり、情報を収集するなどの準備やその対応が必要であり、与党・内閣から対応があった場合には、その情報や事実の確認やフォローなどが必要である。しかしながら、現在の日本の国会や国会議員では、政権党(与党)の側には官僚・行政の強力なサポートがあるが、野党のそのような活動を支える財政的あるいは人的な仕組みはないのだ(注9)。要は、少数派・野党の権限は、ある意味で形だけで、実質的な裏付けのない権限であるということもできるのである。

 ここで今一度思い起こしていただきたいのだが、選挙による政権交代は、あるルールに従った合法的な革命・クーデターであり、その場合、政権にある側がある程度有利な状況にあるのはいたし方なしであるが、そこにおける与野党のプレーヤはある程度、相互に戦い、相手を打ち負かせるような可能性があることが重要であると共に、そのような環境があることが必要だといえる。もちろん、むやみに政権が交代する不安定な政治状況がいいとは思わないが、政権の側にない、劣位のプレーヤも、ある程度仕掛け、戦える環境があることが必要だろう。その環境は、政権党(与党)が絶えず緊張感をもって政権運営に関わるようにさせることができる。

 だが、日本の政治制度には、そのような配慮はない。基本的に強者のみが強くなる仕組みなのだ。本当にそれで、社会の多様な異なる意見・考えや立場をできるだけ政策形成過程に包摂していくという民主主義の本義に適っているといえるのだろうか。

 ここで、海外の事例を少し考えてみよう。

 例えば、米国は、多様な資金源が社会にあり、多様な意見や立場のシンクタンクや組織が存在し活動し、多様な考えやアイデア等が創出され、それらが与野党の活動等を支えている。つまり、現政権(与党)と異なる立場のプレーヤが存在でき、異なる多様な考えや政策代替案をつくったり、政府のやり方をチェックしたり、批判し続けられる仕組みが存在しているのだ。

 英国は、日本と同様の議員内閣制ではあるが、野党が国会で議会活動を行うための特別の資金(注10)があり、ある意味で、野党による政権党(与党)の牽制やチェック、あるいは政権交代が起きやすいようになっていて、正に民主主義が機能できうるようになっているのだ(注11)。 

英議会では野党にハンデが与えられている
英議会では野党にハンデが与えられている提供:Parliament TV/ロイターTV/アフロ

 日本でも、社会における多元的な政策形成を可能にするために政府以外の情報源構築のために独立系のシンクタンクの必要性が叫ばれ、筆者もその設立に何度かトライしてきたが(注12)、その活動の資金源が限定されているために、いまだその状況を大きく変えることはできていない。

 その意味では、英国のように、日本でも野党の国会活動をよりサポートできるように、例えば現在の政党助成金の一部(例えば、その内の2、3割は)は野党のために重点配分できるようにすべきだろう。

 このように考えていくと、日本の場合、立法府だけをみても、表面的には民主主義的な仕組みになっていても、それを支える政治的インフラが整備されているとはいい難く、本当に民主主義の国家なのだろうかと考えざるをえないのである。日本を、民主主義的国家に成長させていくためにも、その政治制度を今一度バージョンアップしていく必要があるのではないだろうか。

(注1)この点に関しては、別記事「トランプ大統領の昨今の言動から考える民主制と人間の問題…その再考と再構築の必要性」でも論じている。また、同記事にも書いたように、米国の過日の大統領選の結果に纏わる出来事では流血や人命の損失も起きた。

(注2)この参加には、投票権としての選挙権および選挙に出馬できる被選挙権の両方が含まれる。

(注3)「内閣が議会に対して責任を負い,その存立が議会の信任に依存する制度」(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)。

(注4)「日本の立法過程において,国会への議案提出にあたり,政府が与党の支持獲得のために行う事前調整。立法過程のなかで与党が果す役割がきわめて大きい日本の議院内閣制における独特の制度」(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)。

(注5)その対象となる人口は、直近の国勢調査で判明した人口である。

(注6)出典 小学館デジタル大辞泉より。

(注7)記事「国会の国政調査権 機能せず」(朝日新聞 2021年1月26日号)参照のこと。

(注8)朝日新聞 2020年11月19日朝刊「キーワード」より。

(注9)国会議員には、立法に関する調査研究活動を行うため必要経費である立法事務費というものがあるが、これは与野党の議員に関わらず提供されるものであって、野党にハンデを与えるものになってはいない。

(注10)下院には「ショート・マネー(Short Money)」、上院には「クランボーン・マネー(Cranborne Money)」が存在している。詳しくは、英国議会のHPの“Short Money[英国下院図書館、2020年11月16日]“を参照のこと。

(注11)筆者が、この仕組みを初めて知った時に、「英国は、さすが民主主義の国。それを実現するための様々な政治インフラが存在している」と思ったものである。

(注12)「自民党シンクタンク史(1)~(11)」(αシノドス、2018年11月~2019年9月)や「政策シンクタンク論(第1回)~(第6回)」(The Urban Forks、2018年1月~2月)、「万感の思いで迎える自民党シンクタンク解散」(Webronza、2011年2月28日)など参照のこと。

一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。㈱RSテクノロジーズ 顧問、PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

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