改めて思う。日本における独立系シンクタンクと政策起業家の存在の必要性

船橋洋一さん(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 元朝日新聞の主筆で独立系シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」(API)の船橋洋一さんには、かねてから畏敬の念を持ちながら知己をもたせていただいている。

 船橋さんは、自身の著書で吉野作造賞、石橋湛山賞、日本記者クラブ賞、大宅壮一ノンフィクション賞など数多くの賞を受賞し、記者・ジャーナリストとしての著述力が際立って秀逸である。また、国際経済研究所、ブルッキングス研究所など、海外の著名な政策シンクタンクなどでも活躍されている。

 著者も、船橋さんと何度か一緒に仕事させていただいているが、その発想力や、口頭・著述におけるコミュニケーション能力、そして行動力から常に学ばせていただいている。

 船橋さんは2011年9月、東日本大震災で発生した東京電力福島第一原子力発電所事故の調査委員会(民間事故調)を立ち上げた。政府による内閣事故調/政府事故調や立法府が設けた国会事故調、東京電力の東電事故調などとは独立した組織で、市民社会の立場から原発事故の調査に取り組んだ。調査委員会の運営母体として立ち上げた民間独立系のシンクタンク「日本再建イニシアティブ(RJIF)が、現在のAPIにつながっている。

 その船橋さんが『シンクタンクとは何か 政策起業力の時代』(中公新書)という本を上梓された。さまざまなシンクタンクや政策研究機関での経験に基づいて、主に米国の事例を基に、シンクタンクのあり方や政策立案を担う人材について論じている。

 シンクタンクを論じた古典的名著として、1991年に発売されたジャーナリスト?のジェームス・A・スミス著『アメリカのシンクタンク:

大統領と政策エリートの世界(原題:Idea Brokers: Think Tanks And The Rise Of The New Policy Elite)』が良く知られている。船橋さんの著書は、シンクタンクのその変わらない部分を指摘すると共に、近年の国際情勢の趨勢にあわせてシンクタンクが発展、深化してきた過程を描いている。まさに、『アメリカのシンクタンク』の現在版ともいうべき存在であると思う。

 著者も、これまでに、世界中のシンクタンクを100機関以上訪問し、『世界のシンク・タンク…「知」と「治」を結ぶ装置』『日本に「民主主義」を起業する…自伝的シンクタンク論』などのシンクタンク関係の著者や論文があり、また日本国内で、いくつかのシンクタンクの設立と運営に関わり、その分野でのそれなりの経験と知見があるつもりであるが、船橋さんのその最新書を読ませていただくと、一部の書評にはそれほど学ぶべきものはないと指摘する意見もあるが、そんなことはない。シンクタンクにおいてそれなりに知見や経験のある著者であっても、多くの新しい知見や情報も得ることができた。

 

 それにもまして重要であったのは、シンクタンクは、政策や非営利の分野における、正にベンチャー的精神、起業家精神が重要であることを再認識したことである。現存の社会や政治・政策に満足できるならば、シンクタンクは存在する意義がない。現在の問題点や課題を正し、より良い社会や世界を構築していくために、シンクタンクは存在し、その社会的役割を演じる必要性があるということだ。

そして、各シンクタンクは、その存在意義と役割を演じ、それらを果たすために、限られた資金や人材などのリソースをできる限り有効に活用し、個々の独自の対象分野に焦点を絞り、活動手法を構築して、個々の存在を社会的に発信し、相互に競争し合いながら、輝かせる努力をし続けているべき存在だ。

 それは正に、政策分野におけるベンチャー、起業的存在であり、それが立法、行政、市民そして社会に影響し、現在の政治や政策、社会の仕組みの向上・改善を生み出しているのである。

 そして、そのシンクタンクの起業力、船橋さんのいうところの「政策起業力」の中心は、政策起業家の存在である。本書では、その事例として、次のような何人かの政策起業家を紹介している。ここでは、そのうちでも特に日本国内でも著名な方々だけ、事例として挙げておきたい。

 ジョセフ・ナイ:ソフト・パワーの概念を生み出し、ハーバード大学のケネディ・スクール公共政策大学院院長を務め、クリントン政権で国防次官補などの要職に経験し、CSIS(戦略・国際研究センター)から日米同盟の課題設定プログラムである「ナイ・アーミテージ報告書」を発表してきた。

 フレッド・バーグステン:その才は、「常に人より一歩先をいく課題先取り精神」にあり、国際経済研究所(IIE、後のPIIE)の創設者にして初代の所長。ニクソン政権でヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官のスタッフ(国際経済担当)、カーター政権では財務次官補・財務次官(国際関係担当)、APEC賢人会議議長などの要職も歴任。

 マイケル・グリーン:ジョージタウン大学外交代諾院近現代日本政治・外交政策チェアであり、米国における日本政策研究の第一人者であると共に、CSIS上席副理事長兼日本チェアであり、ワシントンの有力シンクタンクの中でも最も影響強力のある政策起業家の一人。ブッシュ政権では米国国家安全保障会議(NSC)で国家安全保障担当大統領補佐官(東アジア・南アジア担当)でもあった。

 本書を読めば、シンクタンク、立法・行政、学界などの間を自在に行き来し、自己の信じる政策を実現していく、このような政策起業家が存在することで、シンクタンクが政策起業力を発揮できていることがわかる。

 筆者は、自身のこれまでの経験から、シンクタンクはある意味で組織であることが重要であると考えている。だが、組織ではあるが、このような政策起業家の存在無くしては、シンクタンクの存在意義がないことはもちろんわかっていたが、本書を読んで、そのことを再認識した。

 また、別言すれば、シンクタンクという組織があるからこそ、政策起業家も、その才能力や知見および社会への思いを活かし、社会の変革に挑戦できるし、そのことが可能なのであるということができるのだということも、再確認できた。

 筆者は、この約30年、日本に独立系のシンクタンク等を構築することで、日本の政策形成過程を、よりオープンで、より民主主義的でかつよりイノベーティブな政策を生み出す仕組みに変えられないかと、何度かの試みをしてきた。その試みの過程で、ある時期、日本の政策形成過程や政策を確実に変えられるのではないかという思いも経験したが、現在の日本の政治・政策状況を見るにつけ、そのような状況を日本に根付かせることにいまだに成功したとはいえない、否現時点ではむしろ以前よりも悪い状況になってしまっていると考えている。

 そしてそのように考えると、この約30年の自分の試みと時間は著者自身にとり一体何だったのだろうかという虚脱感というか悔悟の念に、ここ数年よくとらわれることがある。

 だが、本書を読み、世界の政策起業家たちの絶えざる試みと挑戦を再認識することができた。筆者自身、自分も広い意味での「政策起業家」だと自認しているが、「政策起業家」の端くれとして、ここで諦め逡巡していてはいけないのだと自戒した。

 その意味で、著者である船橋洋一さんに、本書を通じて、今一度背中を押されたように強く感じる。自身の初心に戻り、今一度、独立系シンクタンクに設立にチャレンジしてみようと、心新たにしている。

 その意味において、船橋さん、ありがとうございますと申し上げたいと思う。

 また、日本におけるシンクタンクの必要性と可能性を考えたい方々にも、本書はお薦めであることも、付け加えておきたい。