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私たち国民・市民ひとり一人が、今こそ立ち上がるとき…米国の市民活動の実践ガイドが、問いかけるもの

鈴木崇弘一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
(写真:ロイター/アフロ)

 日本の私たち市民・国民の多くにとって、政治や政策は何となく、分かりにくい、面倒くさい、あるいは近づきにくい存在。そして、それらに少しは関心があっても、選挙だけが、私たちが政治や政策に関わる機会であると思いがちだ。

 だが、それは本当だろうか?

 日本が「民主主義」という、その社会の人々が主権者で、政治・政策において最終的な決定的な存在たる政治制度においては、実はそうでないのだ(少なくとも、本来はそうでないはずだ)。

 選挙で政治的選択をすること以外にも、市民活動、デモ、ロビー活動、アドボカシー活動、社会的なビジネスの起業、請願・陳情、要望書、パブリックコメントなど、実に様々な方法ややり方がある(注1)。

 だが、「確かにあるけれど、それらでは政治や政策は変えられない」という声が、多くの方々から聞こえてきそうだ。

 他にはないのだろうか?

 米国では、昨年の大統領選の結果を受けて今年はじめにトランプが新大統領に就任した。同大統領は、従来とは異なる政治手法や政策をとっており、「ポスト・トゥルース」(注2)という言葉に象徴されるように、米国社会に様々な混乱や問題・課題を起こしている。

このような場合、日本であれば、「政治が悪い」「トップが悪い」などの批判は生まれるだろう。他方、市民や国民が、そのような政治などに働きかけるような行動や対応をとることは、残念ながらほとんどない。それは、私たち日本人の多くは、次の選挙まで政治に直接影響を与えられないと思っており、何かできないかと考えられないからだ。

 翻って、米国ではどうだろうか?

米国では、同大統領選挙後に、多くの市民が、「これから新たな行動をせねば」と考えたのだ。そして、数々の自分たちの市民グループを立ちあげてきた。その中でも、最も話題になったのが、「インディビジブル」というグループだ。

 米国の政治の専門家である芦澤久仁子さんは、そのグループの活動について、次のように述べている

 「『インディビジブル(英語ではIndivisible)』を始めたのは、30代の“元”連邦議会スタッフ達。トランプ大統領が移民・マイノリティー差別やその他の排外的政策を導入することを心配した彼らは、去年の12月に2週間ほどかけて、トランプ抵抗のための市民行動マニュアル(指南書)を作りました。それを『インディビジブル・ガイド』と名付けてツイッターにあげたところ大反響を呼び、数日間で数十万の人達にシェアされたのです。

 この『インディビジブル・ガイド』のメッセージは、『トランプ政策を阻止するために、連邦議会の議員に圧力をかけよう。それには、抗議デモや署名集めだけじゃダメ。一番効果的なのは、議員の選挙区で市民グループを作って、“地元”で行動しよう!』。そして、その地元で行動するための具体的なノウハウを、マニュアル化して紹介したのです。

これに反応した市民達が、それぞれの地元で『インディビジブル』グループを立ち上げ、その数、既に全国で6000近く。これまで様々なトランプ政策抵抗行動をしているのですが、特にトランプ政権が選挙公約にしていた、『オバマケア(医療保険制度改革法)』廃止を阻止するために大活躍しています(おかげで、この記事を書いている時点で、オバマケアはまだ生き延びています)。

ちなみに、『インディビジブル』の日本語訳は『不可分、分かつことが出来ない』。つまり『トランプ政策によって、アメリカが分断されないように頑張ろう』という意味が込められています。」(注3)

 芦澤さんが指摘しているトランプ抵抗のための市民行動マニュアル(指南書)は、市民が具体的にどのように動けば、政治や議員に直接影響を与えられるか、そして今の政治や政策を変えられるかを示しているもので、目からウロコ的なものだ。

 しかも、今回その日本語訳版が、筆者も関わったのだが、グラスルーツジャパン(GRJ)(注4)から公開されている。

 次に、その一端を知っていただくために、そのマニュアル(「インディビジブル:トランプ政策に抵抗するための実践ガイド」)の要約版を、紹介しておこう。

第1章 オバマ大統領の政策阻止のために草の根活動家がしたことは何か。ティーパーティの成功を分析しました。 そこからの教訓は、次の2つの主要な戦略的方針です:

1. それぞれの国会議員を対象にして、議員の地元で行動すること。

2. 抵抗の対象は、人種差別、独裁主義そして腐敗汚職を増長するような政策を実現しようとするトランプの政策に限定するという、防御的な「守りの姿勢」に徹すること。

第2章 連邦議会議員達は「再選、再選、再選」を常に考えている。それを利用して、民主主義を救う方法。連邦議会議員(日本の国会議員に相当)達は、自分達の選挙区民に良く思われたいのです。そしてそのためには、地元メディアに好意的に取り上げてもらいたいのです。同時に彼らは、想定外の事態に遭遇したり、時間を無駄にしたりすることが大嫌いです。中でも、メディアに登場する自分が「弱々しい人」「嫌な奴」「すきだらけ」に見られることを最も恐れているのです。ですから、議員達のこうした習性を利用して、あなた達の声を彼らに届け、彼らに動いてもらうのです。

第3章 地元グループを探す、あるいは立ち上げること。あなたの地元に、あなたが参加できるような既存のグループかネットワークが、既にありますか?それとも、それがないので、自分自身がそのようなグループを立ち上げなければなりませんか?本ガイドブックは、あなたが地元仲間を結集し、実際の活動をおこすためのやり方を提案しています。

第4章 4つの実効的な地元での活動作戦。あなたの地元には3人の連邦議会議員(上院議員2名、下院議員1名)がいます。あなたが彼らを好きかどうかにかかわらず、彼らこそが首都ワシントンDC(つまり連邦議会、日本では国会に相当します)におけるあなたの声の代弁者であり、あなたの声なのです。あなたのやるべきことは、彼らに、あなたを代表して、あなたの考えを喋ってもらうことです。そこで私達は、たとえ地元選挙区で少数意見の者であっても連邦議会議員に対して、大きな効果がでるためにどう接したらいいかという方法を、次のように4つ考えてみました。質問は事前に良く練り、グループメンバーと協力・調整しておき、接触した際にはその様子を必ずビデオ撮影し、その結果を地元のメディアに伝えることを、忘れないようにしてください。

1. タウンホール・ミーティング(対話集会):連邦議会議員は、選挙区で定期的に公開イベントを開催し、「選挙区民の声を聞いている」ということをアピールします。その機会を活用して、彼らにあなたの声を聞いてもらいましょう。もし拒否されたら、そのことをみんなに知らせましょう。

2. その他の地元公開イベント:連邦議会議員は、地元での竣工式でテープカットしたり、赤ちゃんにキスしたりする場面を、メディアに取り上げられるように作るのが大好きです。そのような写真撮影の機会をしっかり利用して、彼らに、人種差別や独裁主義、腐敗汚職などに関する質問をぶつけてみましょう。

3. 地元事務所訪問:連邦議会議員は、地元に少なくとも一つ、もしくはいくつかの事務所があります。そこを訪問してみましょう。そして連邦議会議員との面会を求めてみましょう。もし断られたら、そのことをみんなに知らせましょう。

4. 計画的で集中的な電話作戦:電話による陳情は、上の3つの活動よりも簡単ですし、十分な効果をあげることもできます。一つの政策問題に絞り、それが注目されるタイミングをうまく狙って、あなたの地元グループメンバーを動員して、連邦議会議員に電話攻勢をしてみればいいのです。

 上記に紹介したのは、ガイドの要約版(注5)であるが、正に市民がどのように対応すれば、政治や議員を動かせるかが実に具体的に書かれていて、正に実践的なもの。

 同ガイドは、米国社会向けに書かれたものである。また日本と米国の政治においては、異なる面も多いのは事実である。だが、同ガイドに書かれていることは、意外と日本の政治の実践においても役立つではないかというのが、実際の政策形成や政治に関わった経験があり翻訳にも関わった筆者の実感である。

 今後、日本でも、憲法改正等、日本社会や国民・市民の生活に大きく影響を与える政治的かつ政策的な動きがより活発に展開していくだろう。その時に、私たち国民・市民は、政治や政策にもし批判や反対があるなら、不満を抱えて鬱々とした日々を送るだけでいいのだろうか。同ガイドは、それではいけないのだということを、私たちひとり一人に問いかけている。

(注1)拙記事「日本にも、市民ロビイストが必要ではないか?」参照のこと。

(注2)ポスト・トゥルースとは、「世論形成において、客観的な事実より、虚偽であっても個人の感情に訴えるものの方が強い影響力を持つ状況。事実を軽視する社会…(中略)…16年は、英国のEU離脱(ブレグジット)や米国大統領選でのトランプ勝利など、事前の予想を大きく覆す出来事が相次いだ。これらの投票において、大手メディアが発信した事実を基にしたニュースよりも、事実誤認や裏付けのない情報を基にしたフェイクニュースの方が多くの人の感情を揺るがし、投票行動を大きく左右したという指摘が出たことなどにより、英国メディアでの「ポスト・トゥルース」の使用頻度は前年の約20倍に増えたという。フェイクニュースが増えた背景には、既存のメディアに対する信頼度が低下していること、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及で簡単かつ急速に情報が拡散しやすい状況になったことなどが挙げられる。」(出典:知恵蔵)

(注3)芦澤氏の次の記事も参照。「米大統領選から1年 市民パワーで民主党が復活? 初のトランスジェンダー議員も誕生した米地方選」

(注4) GRJは、日本版市民ロビイスト育成のためのスクールも始動する予定(注)で、市民の側からの下からの政治や政策の変革の動きを始めようとしている。

(注5) GRJの賛助会員になると、必見の同ガイドの全文をダウンロードできる。

一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。㈱RSテクノロジーズ 顧問、PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

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