「日本国」の経営診断…「経営」こそが、今の日本のキーワード

(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

日本が高度経済成長の時期にあった時、一体誰が、東芝や東京電力が迷走し混迷する現在のような状況が起きると予想しただろうか。現在それらの企業に象徴される日本を代表する大企業は、グローバル経済をはじめとする世界の大きな変貌の荒波の中、正にそのかじ取り、「経営」が問われているのである。

高度経済成長の時期には、「経済一流、政治は三流」とよくいわれたものだ。日本の政治はダメでも、日本企業は健全で意気軒高、前途洋々だった。「日本型経営」がもてはやされ、世界を席巻していた。日本の企業や経済は、バブル経済崩壊以降停滞期に入り、残念ながら、現在当時の面影はない。

それに対して、政治は、東西冷戦構造やバブル経済が崩壊するなど国内外の状況が大きく変容する中、従来の行政中心の政策形成やリーダーシップ不在などが批判され、この2、30年間、政治の運営、別言すると政治の「経営」の改革が多方面においてなされてきた。

その結果、2009年には政権交代も起きた。他方そこまでの過程では、ほぼ毎年政権が変わる状況が生まれ、政治に対する不信感も大いに高まった。その結果として、2012年に政権再交代が起き、その後は安倍政権が続いてきており、政治の「運営(経営)」は安定してきたかに見える(注1)。

だが、それは、本当だろうか。政治の「経営」は果たして改善され、うまくいっているのだろうか。

このようなコンテクストの中、政策シンクタンクPHP総研が『「日本国」の経営診断―バブル崩壊以降の政治・行政改革の成果を解剖する―』という、報告書を公表した。

同報告書は、1990年代のバブル経済の崩壊以降における政治や行財政における改革の成果と問題点等を、国家運営を「『日本国』の経営」に見立てて、次の5つの観点から、検証したものである(注2)。

(1)財政の現況と将来予想:

経営基盤である財政の現況と将来予想の提示

(2)国民(株主)と政権与党(経営陣)の意識:

株主に相当する国民と、経営陣に相当する政権与党の意識の提示

(3)政治過程(意思決定プロセス)における改革の影響分析:

経営の意思決定プロセスである政治過程に関する改革として選挙制度・行政制度改革の影響の分析

(4)歳出の効率化の試みの評価分析:

歳出の効率化の政策として、地方分権改革、公務員制度改革、道路公団民営化、行政事業評価の効果の分析

(5)歳入の取り組みとその効果分析:

歳入に関する取り組みとして、消費税増税、公債発行の効果の分析

それらの分析およびその結果の詳細に関しては、同総研のHPからダウンロードできるので、読者の方々には全文あるいはその概要だけでもぜひ直に読んでいただきたいと思う。そのため、本記事ではそれについて説明するつもりはない。だが、同報告書の結論ともいうべき箇所だけを、次に引用しておきたい。

「日本国」の経営を診断するというテーマを掲げ、バブルで疲弊したわが国の経営を立て直すために行われてきた政治・行財政改革の成果を検証してきた。ここで得た結論を端的に述べると、それぞれの改革には一定の効果は認められるが、全体としての経営状況は予断を許さないということである。

国民の財政に対する意識は高く、また政党は財政健全化の必要性とそのための具体策を示してきた。選挙制度改革ならびに行政制度改革が首相の指導力を強化させ、財政のかじ取りにも強い権力をもたせた。しかしながら、わが国の財政は、肥大化する支出を公債発行で賄うという方法から抜け切れず、国民が将来を安堵できるほど良好な状況にあるとは言えない。問題は先送りされているのである。

ここで心しておきたいのは、戦時にあるような突出した財政赤字の累積という問題を処理するのは他国の政府や国際機関、あるいは海外の専門家ではないということである。それを行うのはほかでもない、日本国の「経営者」である首相や閣僚であり、「社員」である官僚であり、「株主」である国民なのである。すなわち、責任を負うべきは、私たち当事者なのである。

現在の私たちに求められているのは、今日まで築き上げてきたこの社会をさらに持続・発展させ未来を切り拓いていくために、「日本国」の経営の現状に真正面から対峙し、冷静かつ真剣に議論を行い、新たな国の経営ビジョンとそれに基づいた具体策をつくりあげていくことではないだろうか。

筆者自身も、同報告書の作成過程には若干なりとも関わらせていただき、同報告書を改めて読んでみて、上記の結論に同意するものである。それを踏まえた上で、筆者なりにいくつかのポイントを指摘しておきたい。

それはまず、国における政治や行財政のシステムというものが非常にわかりにくく、不透明であるかといことである。別の言い方をすれば、日本の現在のシステムは、これまでの政治・行政や一部の政策形成プロセスに関わるインナーサークルのものだけにしかわかりにくくなっているのである。さらに言えば、それらのアクターなりプレーヤーにしても、部分最適的にはわかっても、全体最適的にはそのシステムは実はわかりにくい仕組みなのかもしれない。

その意味では、日本が、少なくとも制度上民主主義をとる以上は、その「株主」である国民・有権者にもよりわかりやすい、見えやすいシステムを構築していく必要があるといえる。その意味で、日本の政治や行政のシステムを大きく変えていく必要がある。

また、この2、30年間本当に様々な政治や行財政の改革が成されてきた。それらの改革は本来成果を生み出すために行われるものであったはずだ。だが、本報告書からもわかるが、それらの改革を本格的に検証・分析し、それらの改革の成果があったのかなかったのか、またなぜそのような結果になり、その結果を踏まえて今後どうすべきかを考えられるべきなのに、これまで日本ではそのような作業がほとんどなされてきていないのである。だから、一過性の期待やある意味のそれなりの成果はあるかもしれないが、本当のところそれらの改革に成果は必ずしもよくわからないのだ。

日本の政治や行政に関係したことのある者であるならわかることであるが、この国・日本は、新しい政策や新しい制度をつくることには熱心だが、検証・分析し、育てたり、改善したり、場合により廃止することなどにはほとんど関心がないのだ。そのため、やりっ放し、成果なし、検証なしで、放置されてきている改革、政策さらに制度も多い。そして、もしそれらの政策や制度の結果が改革の目的とされた成果が本当に得られていないなら、そのことは膨大な時間・エネルギーおよび人材が無駄に使われたということもできる。

それらのことに対して、「経営者」である政治、「社員」である官僚・行政、さらには彼らの無作為を見逃してきた「株主」である国民は、その責任と自覚そしてその矜持が問われてしかるべきだろう。それが民主主義というものだ。

さらに言えば、上述の新たなるシステムの構築に関して、「株主」である国民は、そのようなシステムが「経営者」である政治や「社員」である官僚・行政によって改革がなされるのを待っているだけではダメだ。自分が出資(税金や保険等などがそれにあたる)している国(地方政府も含む)のことを、自ら知ろうとする努力やその変化を促す働きかけもしていく必要がある。自分の株が棄損するのは見過ごすような株主は当然いないはずだ。国民は正に「株主」なのだ。その観点からも、報告書で描かれている今の日本の現状は、我々国民一人一人にもその自覚と責任を問いかけているのだということができる。

現在国会で様々な事柄が議論されている。それらの事柄に意味がないとは言わない。重要であろう。だが、国の立法を司る(それは国の「経営」の方向や手法を決めることだ)国会がそれらのことだけに終始していて果たして良いのだろうか。それらのことも考えながら、本記事で取り上げた本報告書のような視点から、首相・閣僚さらには議員らの「経営者」は、国の「経営」の視点から、国会での議論をしていただきたいものだ。

このように、日本は、正にその「経営」が、現在そしてこれからにわたって問われているといえるのである。

(注1) 日本国内では、このように、政治が安定期に入っているように見えるが、海外では政治が大きく動いてきている。トランプ政権の生まれた米国、EU離脱を宣言し真近に総選挙を控える英国、大統領選で従来の既成勢力とは異なる独立派が勝利したフランス、大統領弾劾訴追・罷免を経て長らく続いた保守政権から確信進歩政権に代わった韓国、まもなく総選挙があり政治変化がありそうなドイツ、ミサイルや核実験などで国際的緊張感を高める北朝鮮等々。これらのさまざまな変化や脅威は、世界の政治などに大きな変化と混乱を生み出してきており、日本の政治における「経営」にも当然に変化を起こさないわけにはいかないのである。

(注2) このような内容の報告書は、正に政治や行政からは出てこない。PHP総研のような民間の独立系のシンクタンクの本来のあるべき役割だともいえる。