政治この約30年を考える(メモ書き)…政治改革・細川政権・小沢一郎・小泉政権・政権交代

 昨日は実に面白い意見交換会をもちました。元々は、政権交代を含めて民主党そしてこの30年ぐらいの政治に関して、意見交換をしようということで集まったものです。

参加者は、政権交代を陰で実際上演出した方、民主党にさまざまな形で関わりその生い立ちと歴史についての本もまとめている方、そして東京財団や自民党の政党シンクタンクの設立と運営に関わった筆者の3名でした。いまだホットな出来事なので、実名は控えたいと思いますが、お二人とも、狭い意味での民主党という観点からその30年の政治を歴史と経験をとらえているわけではないし、政権交代も民主党の問題というよりも、日本の政治構造や政治史、そして今後の可能性の観点から考察している方々です。その意味では、国会議員以上に広くかつ長期的視野から、日本の政治を考えている方々だといえます。

細かい議論は省きたいと思いますが、3人の議論全体におけるポイントは、非常に価値ある指摘だと思いますので、メモ代わりに、ここに記しておきたいと思います。それらのポイントは、次の通りでした。

(1)1980年代の終わり、特に1989年が、民主党や政治改革の原点である。

(2)1993年に成立した非自民政権であった細川政権は、いわば「宮廷革命」(注1)であった。その後の2001年に成立し、2005年郵政民営化選挙を断行した自民党の小泉政権は政治を変えた面もあるが、自民党の延命(ある意味で「延命革命」)に過ぎなかった。

(3)1990年代からの政治改革や変動の観点からは、小沢一郎氏を評価できる。

(4)2009年の民主党の政権交代は上述のような「革命」の流れて大きく変えようとしたし、またそのためのいくつかの試みもなされた。だが、民主党や所属議員の稚拙さ、未熟さでうまくいかなかった。

(5)上述のようなプロセスは、ある意味で、上からの政治変革であったといえる。

(6)そのような経緯を踏まえて、政治は実は今新しい、次のステージに入ってきているのではないか(注2)。

(7)脱原発問題などは、日本や世界の社会のあり方や産業構造を変える問題であり、文明史な問題。東電問題も日本社会の根本の問題である。

(8)上記のような政治や社会への認識を踏まえて、プロデュースしていける人材が政治に必要だ。細川・小泉元総理の都知事選の対応・戦略作成でもそのような人材必要だが、果たしているのか。

(9)自分ですべてできると考えており、組織対応のできない議員が増えているのではないか。自民党の議員は幾分ベターかもしれないが、特に民主党等の議員にはその傾向が強いのではないか。それとは異なった、新しい議員が果たして育っているのだろうか。

(10)近年の政治で、多くの政治人材が浪費されたし、55年体制の人材が完全に使い果たされた。

(11)「政党」の定義や組織を今一構築、確立していかないといけない。議員だけでなく、政治の足腰としての「政党」を確立する必要がある。

(12)その政党では、議員が変わっても、変わることのない「事務局」の役割が実は大切である。その意味で、政治を演出し、生み出し、運営していく「政治事務局論」を確立することが非常に重要である。

  その他にも、多くの問題やポイントの指摘がありました。

 筆者も、上記のポイントにほぼ同感です。特定の政党の問題とか、政権交代は無意味とかいうような狭量な視野から、政治のこの30年あるいは、戦後の政治を見ても意味がない。より広い視野から、政治の過去と現在を見つめ、政治の将来の可能性を見出していくことが、今こそ必要なのであるまいか。ぜひ読者の方々のご意見を賜りたいと思います。

(注1)宮廷革命とは、社会的・政治的矛盾が宮廷内のおける対立に転化して、権力

交代が行われることです。この場合、その権力交代は、権力の被治者は、それから疎外された状態にあるので、宮廷内部の権力闘争あるいは権力の醜聞としてみることができるのです。

(注2)筆者は、これは「下からの政治変革」が必要になったことを意味しているのではないかと考えています。拙記事「民から日本社会をつくり直す」参照。