元彼の名前のついたぬいぐるみを無意識に部屋に……。 ~『意識する』これが断捨離のスタートです~

先日、やましたひでこさんの断捨離塾のWebセミナーにゲスト出演させていただきました。

Ustreamで生配信。軽妙なトークで断捨離を語る一時間。

あれやこれやの断捨離トークで私の印象に一番残ったのは「意識する」ことの大切さ。

大切というよりこれがすべての始まりなのだということでした。

◆ピンクのくまがそこにいた

Webセミナーでお話しし、以前の漫画にも描いたエピソードですが、私は断捨離を始めてからもしばらくの間、『元彼の名前の付いたクマのぬいぐるみ』をずっと部屋に置き続けていました。

この事柄を知った人は、「まだその彼に未練があったのね」と思う人も少なくないよう。

でも実際はそうではなくて、「未練があるわけでもないのに、よりによって元彼の名前のついた、ぬいぐるみを何の意識もせず部屋に置き続けていた」のです。

しかも、それは何度か断捨離の取捨選択で生き残ったモノ。

自分で断捨離に真摯に取り組んでいるつもりでも、そのクマを手にした時に『これは捨てない』と反射的に判断していたのです。だって、どこかに穴があいたわけでもないし、そのクマ自体は可愛いし……。

実はこれ、仕事部屋に初めて遊びに来たのんちゃんこと川畑のぶこ氏の「とても違和感があった」という指摘で初めて意識に上がったのです。

モノにはそれなりのエネルギーがあります。「出会いが欲しい、彼が欲しい」と訴えていた私の部屋に元彼の名前の付いたぬいぐるみ……。のんちゃんはその矛盾した私の状態をこのクマのぬいぐるみから察知したわけです。ど派手なピンクという、部屋に不釣り合いな色合いだけでなく、きっと妙なオーラが出ていたのでしょう。

この不自然さを指摘されて、私自身はじめて「そうだよね、これは今の私の部屋に馴染まないよね……むしろ馴染んじゃいけないよね!? だって元彼の名前が……。あわわわ 」と気づいたというわけです。

もちろんこの事実に気づいた時に「実は彼を忘れられずにいるのか?」と、自問自答しました。「だから無意識に持ち続けていたんじゃないのか?」と。むしろそうであるほうが自分でも納得いくというもの。

でも……やっぱりそういうわけでもない。いや、もしかしたら無意識レベルで執着があるのかもしれない。けれどすでに問題はそこではなく、『新しい出会いが欲しいとさんざん周囲に言いながら元彼の名前の付いたクマを持ち続けるという自己矛盾に気がつかずにいた』という事実が大問題。

◆「意識」して初めて断捨離の取捨選択ステージにあげられる

断捨離に取り組んでいる対象のモノたちは、たとえ『捨てられない』という状態であっても、「離」の状態に近づけているのです。そこから「なぜ捨てられない?」を自分に問いかけることができるし、そこから「じゃあ捨てよう」「とっておこう」あるいは「もう少し悩んでみよう」と、次の段階に移ることができます。『捨てられずに悩む』というのも実はご機嫌状態の「離」に近づいていく過程なのですね。

けれど、私のこのピンクのクマのように、いつまでも意識できずに背景に馴染んでしまい、ずっとそこに漫然とあり続けてしまう……。これは断捨離の取捨選択ステージにエントリーできずにいる状態なのですね。

まだ断捨離が始まってもいないのです。

「意識してなかったんだ」と『意識』して、初めてこれをステージに上げることができて、断捨離が始まるのです。

案外、部屋にはこんなふうに「意識されず断捨離が始まっていないモノ」がたくさんあるのかもしれません。

◆「意識のアンテナ」は日々の積み重ねで延びていく

他人が見たら気づく違和感も、その部屋で日々日常を暮らす本人の目には、馴染んだ背景と化してしまって、気づくのはなかなか高度なことなのかもしれません。だって、「意識しない」というオブラートにくるんで自己矛盾に気づかぬように自己正当化している状態ですものね。

……でも、自分の事、自分の部屋、自分のモノですから、本当は自分でわかるはず。

部屋を見渡して「違和感」はないか?

背景として溶け込んでしまっている奇妙なモノはないか?

そこで見つけるのはたいていちょっと情けなく自己矛盾を抱えた残念な自分。

でもその情けない自分のおかげで断捨離ステージに上がれるわけで、「離」に近づけるのですから、それはまた嬉しいことでもあるわけです。

この「意識する力」は少しずつ養われていくものだなあと感じています。

断捨離を続けていれば、物理的に余計なモノが減って行き、それだけ違和感の元も際立ってくるわけですし、自分が求める「ご機嫌」に貪欲になっていきますから、おのずと「違和感」に気づける力もついてきます。

そうなれば、過去、まだ見ることができなかったモノがここぞというタイミングで意識に上がってくる。

そこで初めてそのモノの断捨離に取り組む。

きっと、万全のタイミングで「意識する」ことになるのだと、私は感じています。

やはり「地道に日々断捨離」。

何事も、継続は力なり。

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