名門シャトーのクリスマス フランス・ヴォルヴィコント城

城の各室に華やかなデコレーションがきらめく(写真はすべて筆者撮影)

今回はフランスのクリスマスの模様をお届けする。

舞台はパリの東南、車でおよそ50分のところにあるヴォルヴィコント城。この時期、お城はクリスマス一色に染まる。今年のツリーは全部で170、オーナメントは1万個。お城専属の美術監督の指揮のもと5ヶ月がかりで準備が進められる恒例のイベントで、毎年パリからもたくさんの人が訪れる。

王の首席建築家、ルイ・ル・ヴォーによって設計されたヴォルヴィコント城
王の首席建築家、ルイ・ル・ヴォーによって設計されたヴォルヴィコント城
サロンを大きなツリーとたくさんのイルミネーションが彩っている
サロンを大きなツリーとたくさんのイルミネーションが彩っている
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クリスマスディナーのテーブルセッティング。中央では赤いクマが踊っている
クリスマスディナーのテーブルセッティング。中央では赤いクマが踊っている
今年の見もののひとつ、高さ8メートルの黄金のクレッシュ(キリスト生誕群像)。それぞれのプレートがゆっくりと回転する仕掛け
今年の見もののひとつ、高さ8メートルの黄金のクレッシュ(キリスト生誕群像)。それぞれのプレートがゆっくりと回転する仕掛け

ヴォルヴィコント城が完成したのは1661年。時の大蔵卿ニコラ・フーケによって建てられたもので、前代未聞の豪華さを誇る城だった。贅沢を極めたお披露目の会には王になったばかりの若きルイ14世も出席したが、彼を大いに嫉妬させ、権力と栄華の絶頂にあった大蔵卿フーケはこのあと間もなく失脚に追い込まれ、不遇の生涯を送ったという逸話がある。だが、というか、だからこそと言おうか、このヴォルヴィコント城がのちのヴェルサイユ城の規範にもなっている。

サロンに掲げられたニコラ・フーケの肖像画
サロンに掲げられたニコラ・フーケの肖像画
王のための寝室。創建時には、場内を飾るたくさんのタピスリーを織るための工房も近くに設けられたというほど、城館だけでなく調度品も贅を尽くしたものだった
王のための寝室。創建時には、場内を飾るたくさんのタピスリーを織るための工房も近くに設けられたというほど、城館だけでなく調度品も贅を尽くしたものだった

現在の持ち主はドゥ・ヴォギュエ家。先祖のアルフレッド・ソミエが1875年に荒れ果てた状態で競売にかけられていた城を買いとり、創建時の壮麗さに甦らせ、代々受け継いできている。フランスでは主要な歴史的建造物のほとんどが公共のものになっているが、ヴォルヴィコント城ほどの重要な城で現在でも個人所有というのは珍しい。広大な庭園と城の修復管理には年間平均して130万ユーロ(およそ1億6000万円)ほどかかるという規模だが、ドゥ・ヴォギュエ家は支出の9割を入場料金やレストランとブティックの売り上げ、イベントの開催で得た収入で賄っている。つまり城がファミリーのビジネスになっているのだ。

「これは一つの会社です」と語るのはアスカニオ・ドゥ・ヴォギュエさん。現当主の3人の息子の一人で、16ヶ月違いの双子の兄達と共にこのファミリービジネスにあたっている。

城を所有するドゥ・ヴォギュエ家のアスカニオさん。数々の馬車がある厩舎の一角で
城を所有するドゥ・ヴォギュエ家のアスカニオさん。数々の馬車がある厩舎の一角で

「人々の興味をどれだけ惹きつけられるか。それが経済の基盤になっています。城の所有者としては、もちろん高級なホテルにするなどの選択肢もあります。けれども、この城にはフランスの歴史上重要な意味があります。だからできるだけ多くの人にここを訪れていただきたい。例えば一人当たり何万、何十万ユーロ払う100人にだけ城を開放するという考えは拒否します。もちろん経済的には有効ですが、モラル的には私たち家族の考え方と合致しません。城をあまねく人に開かれた場としてフランスの歴史を受け継いでゆくこと。それが私たち家族の選択なのです」

アスカニオさんの父、パトリスさんは、このような考えから1968年に城を一般に公開することにした。

「その頃、私たち家族は城の上階に住んでいて、一般の人たちは地上階部分を訪ねることができました。そのあと家族の居住階も公開することになったので、私たちは城の敷地内の別の建物に引っ越しました。それが良かったのは、ヒューマンなサイズの快適さがわかったこと。そしてお城が見えること。城の中に住んでいると、城全体は見えませんからね」

と、アスカニオさん。

パリで生まれて城で育ったが、子供の頃はそれを特別なことと思わなかったという。

「近くの街の友達の家に遊びに行ったり、友達が城に遊びに来ておやつを一緒に食べたり、時には泊まったり。小さい頃は境遇の違いがあまりわからない。けれども大人になるにつれて、自分の環境がどれほど幸運で恵まれたものだったかがわかるものです」

兄弟3人は、それぞれ学業を終えてから外の世界で職業経験を積み、準備が整ったタイミングで家に戻って来て、家業に参画している。

「三銃士ですよ」と、アスカニオさん。

ヴォルヴィコント城を語る時、たくさんの歴史上の人物の名前が登場するが、『三銃士』の物語もまたこの城との接点がある。

城館からは広大なフランス式庭園の眺望が開ける
城館からは広大なフランス式庭園の眺望が開ける
園内をクラシックな馬車に乗ってひと巡り
園内をクラシックな馬車に乗ってひと巡り
城のてっぺんも見学可能。屋根の内側は木組みになっていて、ここから展望台へアクセス
城のてっぺんも見学可能。屋根の内側は木組みになっていて、ここから展望台へアクセス

絵に描いたような、というはまさにこのことだろう。果てしなく続いてゆくフランス式庭園を従えたヴォルヴィコント城を前にした時、そして数々のサロンを巡る時、多くの人たちがきっと幼い時の物語が現実の形をとったと感じるに違いない。私たち大人でもそうなのだから、サンタクロースの存在をまだ信じられる子供達の気持ちはいかに。

作り物ではない正真正銘の生きた城をもしも子供の時に体験できていたら…と、すこし想像してみたくなる。

騎士やプリンセスの衣装の用意があり、子供達は物語の登場人物になった気分で城を訪ねることができる
騎士やプリンセスの衣装の用意があり、子供達は物語の登場人物になった気分で城を訪ねることができる
こちらはくまのぬいぐるみたちのアフタヌーンティー
こちらはくまのぬいぐるみたちのアフタヌーンティー

クリスマスのこの時期はやはり子供達にとって特別な季節だ。

ドゥ・ヴォギュエ家の先祖にはフランス赤十字の創始者の一人で、初代プレジデントとしてなくなるまで職務にあたった人もいて、慈善の精神は今もファミリーに受け継がれている。

このクリスマスイベントは1月5日まで開催されているが、1月4日には地元セーヌ・エ・マルヌ県の恵まれない家庭の子供達を城に招待し、県の赤十字が集めたプレゼントが彼らに贈られることになっている。

なお、パリからのアクセスとしては、パリ東駅から国鉄を利用し、最寄り駅から城までのシャトルバスがあるのだが、ストライキの影響でいずれも利用できないおそれがある。

詳しい情報は直近のサイトを参照されたい。

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