オランダの建築【Boekhandel Dominicanenドミニカネン書店】世界で最も美しい本屋

マーストリヒトにある教会をリノベーションした本屋さん(写真はすべて筆者撮影)

マーストリヒト。

どこにあるのかもわからないけれど、聞き覚えのある響き。そう思う方は多いに違いない。何を隠そう筆者もそうで、マーストリヒト条約という単語としてうっすらと頭の片隅にあったくらいのものだ。

さて、マーストリヒトは地図でみるとオランダの中でも南の端のベルギー国境にあり、国土から雫が垂れたような形をした州そのものが、ベルギーかドイツ領になっていてもおかしくないような感じ。そのビジュアルから想像される通り、歴史を紐解けばフランスやスペインの支配下にあった時代が交錯していて、ヨーロッパの勢力地図で何度も色が塗り替えられてきている。欧州連合の設立を定めた条約(マーストリヒト条約)がここで調印されたのも、そんな歴史と無縁ではないだろう。

マーストリヒト駅
マーストリヒト駅
マース川を渡った先が旧市街。オランダでももっとも古い街の一つと言われる
マース川を渡った先が旧市街。オランダでももっとも古い街の一つと言われる
かつての教会がドミニカネン書店
かつての教会がドミニカネン書店

さて、煉瓦造りの駅を出て川を渡り、旧市街の石畳の道をのんびり歩きながら進んで行くと今回紹介する本屋さんに到着する。

建物は、13世紀に建てられた教会で、もともとはドミニコ会修道院の一部だった。どころが、フランスの勢力下にあった18世紀終わりに、フランス革命の影響を受けて修道士たちはこの場所を追われ、教会も本来の機能を果たすことができなくなる。その後は倉庫として使われたり、ギロチンが据えられたことがあったり(実際には使われなかったようだが)、市の交響楽団の本部になったり、展覧会場になったり…。ボクシングのリングが置かれたこともあれば、車のショールーム、自転車置場になったりもしたという。

「ここがファーストキスの場所という市民が多いんです」

とは、経営者の一人、トム・ハームスさん。

地図を示しながら歴史を語ってくれたトム・ハームスさん。地図で赤く塗られている部分が教会
地図を示しながら歴史を語ってくれたトム・ハームスさん。地図で赤く塗られている部分が教会

戦後に始まった子供達の3日間にわたるカーニバルの会場がここで、輪になってダンスをしながら男の子が女の子を選んでキスをして、女の子は男の子を選んでキスをするという「キッシングダンス」というのが恒例。10代の子たちならそのお決まりの遊戯だけで終わるわけもなく、夜がふけてくると柱の陰や建物の隅の薄暗がりでその続きが繰り広げられたのだとか…。マーストリヒトの人々にとって、思い入れの多い場所であることは想像に難くない。

本屋にするという話が持ち上がったのは今世紀に入ってから。それ以前から続いていた建物の修復作業と並行して、スチール製の書架、階段、エレベーターも、本来の建物の壁には触らない形で組み上げられた。

入り口の鉄の扉には、25カ国語で「本」という言葉が記されている
入り口の鉄の扉には、25カ国語で「本」という言葉が記されている
2層構造の上階では、天井画が間近に見える
2層構造の上階では、天井画が間近に見える
天井画は17世紀に描かれたもの
天井画は17世紀に描かれたもの
歴史ある教会だけに、足元には墓石も…
歴史ある教会だけに、足元には墓石も…

2006年にオープンした翌々年の1月、イギリスの『The Guardian』(ガーディアン紙)が「世界で最も美しい本屋」10件のうち、リストの第一番目に取り上げたことで、知名度は一気に地球規模になった。

「当時、うちでは『The Guardian』を置いていなかったので、すぐにその新聞を買いに走りました。以来ずっと『The Guardian』を置くようになりましたよ」と笑うハームスさん。

今でも世界中から年間70万人が訪れるそうで、新刊、中古も含めて母国語だけでなく英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語の本を始め、CD、DVDやレコードもとり揃えているほか、大小様々なイベントも頻繁に行なっている。

かつて祭壇のあった場所には、地元で130年間愛されてきたコーヒーショップも入っていて、本にはそれほど興味がないという人にも広く門戸が開かれている。

13世紀の胎内に抱かれつつ、現在進行中の文化の香りに浸る。そのうえインスタ映えすること請け合いの名所である。

奥にはコーヒーショップも
奥にはコーヒーショップも
コーヒーショップを上階から見たところ
コーヒーショップを上階から見たところ