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【移動する人々への視点を】新型コロナによる移動制限で移住労働者に失職リスク、難民の再定住の遅れも

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
台北のバス。介護など各部門を移住労働者が支える(筆者撮影、2019年台北)

 新型コロナウイルスの感染が世界的に広がる中、国境を越えて移動する人々への影響が出ている。各国政府が新型コロナウイルスの感染を防止するため、国境管理を厳格化する中、移住労働者の移動が制限されているほか、難民の再定住に向けた移動が影響を受けているのだ。

◇台湾、移住労働者の再入境を一時停止

 3月17日付Focus Taiwanによると、台湾労働部は同日、台湾から出境する移住労働者について、内政部移民署(NIA)による再入境許可の発行を一時停止すると明らかにした。この措置は新型コロナウイルスの流行が終わるまで継続する見通しだ。

 台湾において就労中で現在すでに一時的に台湾の外に出ている移住労働者については、再入境許可を得ていれば、台湾への再入境が認められる。ただし台湾の中央感染症指揮センター(CECC)が感染症渡航情報のレベルが最高レベルの「3」(警告)とする国から再入境する場合、14日間にわたる自主隔離が求められる。CECCは現在までに、99カ国・地域についてレベル「3」とした。この中には、台湾で働く移住労働者の主要出身国であるインドネシア、フィリピン、ベトナム、タイも含まれる。

◇移住労働者の「保護」と「管理」

 一方、台湾就労中の移住労働者がすでに帰国のために航空券などの予約している場合、台湾労働部が予約の変更またはキャンセルにかかる費用を支給する。

 労働部はさらに、雇用者に対し、新たな移住労働者を受け入れるのではなく、すでに台湾にいる移住労働者との契約を更新することで雇用を維持するよう求めている。

 

 台湾労働部はこのように移住労働者の権利保護を進める一方、移住労働者の管理も強化する。

 台湾労働部は、移住労働者がレベル「3」の国から入境する場合、事前に労働部に対して、入境後の14日にわたる自主隔離を行う場所などの詳細を記述した書類を提出するよう求めている。この用紙を労働部に提出しない場合、該当する移住労働者は入境できない。

 また、移住労働者が使用できる空港は桃園国際空港と高雄国際空港に限定される。移住労働者はこの2つの空港に設置されている労働部の「外国人労働者サービスステーション」で入境を報告することが求められるほか、手術用マスク6枚を受け取ることになるという。

 

 他方、労働部は「雇用者は、移住労働者に対し、新型コロナウイルスのパンデミックが終わるまで、台湾を離れないよう命じる権利がある」と説明している。

 労働部によると、雇用契約には、雇用者、被雇用者共に義務が記載されるが、これには一次的義務と二次的義務がある。このうち雇用者の一時的義務は賃金支払い、二次的義務は職場の安全を確保し、事故を防止することだという。これに対し、被雇用者の一次的義務は労働力の提供、二次的義務は雇用者の事業運営を阻害しないことだとされる。労働部は「台湾の外に出ることを禁じる措置は、労働者の二次的義務として認められる」とする(3月17日付Focus Taiwan)。

◇移住労働者に失職のリスク

 一方、移住労働が盛んなフィリピンをめぐっては、労働者が海外で働く際、課題が出ている。

 フィリピンは約1億人の人口を抱え、東南アジア諸国連合(ASEAN)ではインドネシアに次ぐ人口規模を誇る。フィリピンはまた、世界的な移住労働者の送り出し国として知られ、全世界に労働者を送り出している。海外で就労するフィリピン人は「フィリピン人海外出稼ぎ労働者(OFW)」と呼ばれ、OFWからフィリピンへの送金は国内総生産(GDP)の1割ほどにもなり、フィリピン経済を下支えしている。

 一方、フィリピンのメディアINQINQUIRERが3月9日報じたところによると、3月に入り、カタールとクウェートがフィリピンを含む14か国からの入国を禁止する措置を出した。

 これに関し、フィリピン海外雇用庁(POEA)は「クウェートとカタールがフィリピンを含む14か国からの入国を一時禁止する措置を出したことで、2000~3000人のOFWが影響を受けるとみられる」と説明している。

 さらに、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は先に、ルソン島の封鎖に踏み切り、内外からの移動を制限した。3月22日からは外国人のフィリピン入国を禁止する。OFWやフィリピンのパスポート所持者らは対象外となっているが、影響の広がりが懸念されている(3月20日付ABS-CBN)。

◇難民の再定住に向けた移動も一時停止に

 新型コロナウイルスの流行は、難民にも影響を及ぼしている。

 

 国際移住機関(IOM)と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は3月17日付声明で、難民の再定住に向けた移動を一時停止すると発表した。

 IOMとUNHCRは声明で、新型コロナウイルスの流行を受け、世界各国への入国や海外への航空移動が制限される中、難民の再定住に向けた移動の調整が困難になっていると説明する。同時に、一部の国で公衆衛生状況を考慮して再定住目的の難民の受け入れを一時保留する措置をとるところも出ているという。

 こうした中、一部の難民は移動が大幅に遅れているなど、難民の再定住に向けた移動に影響が出ている。他方、IOMとUNHCRは国境を超える移動により難民が新型コロナウイルスに感染するリスクが高まるとも懸念している。

 このような事態を受け、IOMとUNHCRは今回、難民の再定住に向けた移動を一時停止することに踏み切った。ただしIOMとUNHCRは「再定住は多数の難民の命を救うツール」だとしており、移動制限は一時的なものだとしている。

◇移動する人々への視点を

 国境を越える人の移動が拡大する中、世界には<移動しながら生きる人々>が多数存在している。その人たちにとって、一つの国単位で自身の暮らしや人生を語ることはできない。移動の中に人生があり、その人生の軌跡は複数の国にまたがる。移動することで、この世界でかろうじて生き延びることができる人もいる。

 今回の新型コロナウイルスの影響で、各国が国境管理を厳格化させ、移動制限措置を発動させている。けれど、移動しながら生きる人たちの人生は継続している。その中で、前述したように、移住労働者や難民の中には新型コロナウイルスの流行を受けた各国政府による移動制限で打撃を受ける人が出てきている。移動できなくなることは、移住労働者や難民にとって収入を失ったり、命の危険を感じずに生きるチャンスを奪うことにもつながる。

  

 さらに、新型コロナウイルスの流行を受け、すでに排外主義や差別が世界各国で報告されている。国家権力や国際機関による移住労働者や難民の移動の制限は、排外主義や差別との関係でどのように考えればいいのだろうか。公権力による移動制限が行き過ぎれば、移住労働者や難民の利益が損なわれるだけではなく、差別や排外主義を行う人たちに一つの<口実>を与えはしないだろうか。であるならば、国家や国際機関は移動制限措置についてその効果と影響を専門的な知見から議論するとともに、これと並行して、徹底して差別や排外主義とたたかわなければならない。

 この社会には移動をしながら生きる人々が存在する。移動の中で人生をつむぐ人々は私たちの社会の一員だ。感染防止のための移動制限を講じるのであれば、一人ひとりの暮らしや人生を尊重しながら、移住者の権利保護や差別・排外主義への対応を進める必要がある。(了)

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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