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広がる実習生支援と終わらない権利侵害(3)「給料未払い」「帰国強制」中国人女性が直面した”絶望職場”

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
技能実習生の支援を続ける岐阜一般労働組合の甄凱さん、筆者撮影

 給料が支払われない。もらえるのは生活費だけ――。

 7月14日に都内で開催された「外国人技能実習生問題弁護士連絡会」(実習生弁連)のシンポジウムで、日本で働く外国人技能実習生が自身の苦境をこう訴えた。

 以前から様々な課題が指摘されてきた外国人技能実習制度。2017年11月には「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(技能実習法)」が施行され、技能実習生の保護体制が強化された。

 しかし、今もなお、最低賃金割れの時給や未払い賃金、ハラスメント、労災隠し、暴力・暴言、技能実習生本人の意に反する「帰国強制」など、様々な困難に直面する技能実習生が後を絶たない。

◆給与未払いと「帰国強制」

 実習生弁連のシンポジウムでは、岐阜県で技能実習生の支援を継続して行っている岐阜一般労働組合の甄凱(けん かい)さんが、中国人技能実習生と共に参加し、技能実習生支援の現場の声として、それぞれが直面している課題を説明した。 

岐阜一般労働組合の甄凱さんと中国人技能実習生(後列)、筆者撮影
岐阜一般労働組合の甄凱さんと中国人技能実習生(後列)、筆者撮影

 シンポジウムに駆け付けた中国人技能実習生 のうちの1人が、王画麗(おう かくれい)さんだ。シンポジウムが始まる前、会場の片隅で出会った王さんは日焼けした顔をほころばせ、こちらに笑いかけてくれた。白い花の模様があしらわれた黒いTシャツに、同系色のスカート。髪の毛をうしろにすっきりとまとめている。猛暑に襲われたその日、王さんは「暑いね」と身振りで示し、にっこりと頬を緩ませた。

権利侵害を訴える中国人技能実習生の王さん、筆者撮影
権利侵害を訴える中国人技能実習生の王さん、筆者撮影

 

 そんな王さんが甄凱さんや他の中国人技能実習生と共にステージに上がると、その表情は緊張し強張ったものに変わった。それもそのはず、彼女が日本で経験したことは、来日前に彼女自身も想像しなかった苦しい出来事の連続だったからだ。

 王さんは中国・陝西省出身の45歳。来日前は、夫、子どもと暮らしていた。

 ある時、王さんは家族の暮らしを支えるためにお金を稼ぎたいと、日本に技能実習生として渡ることを決めた。そして、中国の送り出し機関に、渡航に向けた“手数料“として4万5000元(約74万円)を支払い、来日することとなった。中国人技能実習生が多額の渡航手数料を送り出し機関に支払うことは、2007年に発表されたジャーナリストの安田浩一さんによる『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館、2007年)に記されるなど、かねてより行われてきた。

 他方、中国がいくら急速な経済成長を続けてきたとはいえ、4万5000元は明らかに高額だ。王さんはこの資金を手元には持っておらず、親戚から借金をして工面したという。

 その後、2016年に来日した王さんは岐阜県内の縫製会社の工場で就労を開始した。しかし、せっかくやってきた日本で、王さんはすぐに失望させられた。その縫製会社では、「給与が支払われず、生活費しかもらえなかった」(甄凱さん)という。さらに、この会社は、最終的に破産手続きをとった。

 このため、王さんは実習先を移動することになり、2017年後半から別の会社で就労を始めた。借金をしてまでやってきた日本で、賃金の未払いという厳しい現実にさらされた王さんだったが、やっと別の会社で働くことができたのだ。

 だが、王さんを困難がさらに襲う。「新たな就労先企業は、王さんを彼女の意思に反して帰国させようとした」(同)という。技能実習生を本人の意思に反して帰国させる「帰国強制」はこれまでに繰り返されてきた。王さんもまた、帰国を強いられそうになった。

 こうした経験を経て、王さんは甄凱さんのシェルターに駆け込んだ。現在はシェルターで生活しながら、自身の権利の回復に向け、取り組んでいる。家族の生活のためにと、夫と子どもを故郷に残して来日した王さん。日本は彼女と家族にとって、人生を変えるための希望に満ちた場所だったはずだ。けれど、それは裏切られ、行きついたところは、シェルターだった。

◆時給400円、給料払われず生活費だけ支給

 王さんと共に、他の中国人の技能実習生もシンポジウムに駆け付けた。中でも、甄凱さんによると、女性の技能実習生はそれぞれ、王さんと同じように、技能実習生として来日して、縫製工場で勤務してきた。甄凱さんは、このうち1人の女性は「岐阜県の縫製会社で、基本給は7万円、残業の時給は400円という状況で就労を強いられた」と説明する。

 

シンポジウムに駆け付けた中国人技能実習生、筆者撮影
シンポジウムに駆け付けた中国人技能実習生、筆者撮影

 

シンポジウムに駆け付けた中国人技能実習生、筆者撮影
シンポジウムに駆け付けた中国人技能実習生、筆者撮影

 もう1人の女性技能実習生は岐阜県内の別の縫製会社の工場で働いていた。しかし、この女性も「1年目は給与をもらえず、月に1万5000円の生活費だけしか支給されなかった。給料が支払われたのは2年目からだった」(甄凱さん)。

 別の女性技能実習生も岐阜県で働いていたが、「賃金は残業代なども合わせると、平均で1時間700円ほど」(同)。これは、同県の最低賃金800円を割っている。

◆制度改正も「問題は変わらない」

技能実習生の支援を続ける岐阜一般労働組合の甄凱さん、筆者撮影
技能実習生の支援を続ける岐阜一般労働組合の甄凱さん、筆者撮影

 岐阜一般労働組合は以前から外国人技能実習生の支援を継続して行っており、中でも中国語と日本語に堪能で、中国の事情を熟知している甄凱さんが技能実習生支援を主導する。技能実習生を保護することのできるシェルターも備えており、7月14日現在、シェルターには12人の技能実習生が保護されている。

 技能実習生制度は当初、外国人研修生制度としてスタートしたが、最低賃金割れの賃金や未払い賃金、長時間労働、暴力、セクハラ、パワハラなどの問題が後を絶たず、国内外から批判がなされてきた。そして2010年の制度改正を経て、さらに2017年11月に新たな制度が始まった。

 一方、現場で技能実習生の支援を行ってきた甄凱さんは現在までの活動を振り返りながら、「技能実習生の問題はなにも変わっていない」と、怒りをにじませる。

◆「縫製には技能実習生を送りたくない」

 外国人技能実習制度において、縫製業は以前から問題視されてきた産業部門の一つだ。最低賃金割れの時給や賃金の未払い、長時間労働といった課題はこれまで幾度となく指摘されてきた。問題が多いことから、送り出し国の送り出し機関の中には「縫製業には技能実習生を送らない」という声があると聞く。日本側のある監理団体の職員も筆者に「技能実習生にはちゃんとした会社で働いてほしいから、問題の多い縫製部門にはうちの技能実習生を入れたくない」と漏らしていた。

 他方、東北の縫製工場で働いたことのある元技能実習生のベトナム人女性は筆者とハノイ市で会った際、「私が働いた会社はいい会社で、社長は優しかった。他の社員も親切でした。また日本に行って会社の人に会いたいです」と話した。

 縫製部門のすべての会社で違反行為が行われているわけではないし、技能実習生を大切に扱う経営者もいる。だが、前述のように縫製業での問題は後を絶たず、王さんのような厳しい状況にさらされる技能実習生が存在し続けているのが現状だ。そして、こうした状況は、法律を守り技能実習生を大切に扱う一定の企業の努力があるにもかかわらず、縫製業全体、ひいては技能実習生の受け入れ企業全体の評判を下げてしまう懸念さえある。

◆縫製業の問題は「女性労働者の問題」

 見方を変えれば、縫製部門の技能実習生の問題は、女性労働者の問題でもある。というのも、縫製部門の技能実習生の大半が女性だと言われるからだ。そして、縫製部門の女性技能実習生の中には、王さんのように、子どもや夫を故郷に残して来日した既婚女性もいる。

 

 前述の監理団体の職員は「縫製は人気がない。だから、年齢が高いとか、学歴があまりないといった(実習先企業との)面接が決まりにくい女性が、結果的に縫製に行くことになるのではないか」と話す。つまり、年齢や学歴を理由に面接が決まりにくい女性たちが、技能実習生には実習先企業として不人気のために採用される可能性の高い縫製業に振り向けられるということが想像できる。

 前述のように縫製部門で働く女性たちの中には子どものいる母親がいるが、中には夫と離別や死別をし、母子家庭の母親として子どもを1人で育てていくために来日した女性が、縫製部門で技能実習生として働いているケースもある。

 年齢や学歴の問題で仕事の選択肢が狭められている半面、「家族への責任」から収入を得ることを迫られた「母」や「妻」たちが、縫製部門に入っていくということだろう。

 母や妻として家族に責任を持つ女性。あるいは、シングルマザーであり、1人で子どもを育てていかなければならない女性。こうした女性たちが家族の暮らしを支えるため、借金をして送り出し機関に多額の「手数料」を支払い、来日する。そして日本で就労しながら、生活費を切り詰め、家族に送金し、渡航前費用の借金を返していく。貯金ができるのは、借金をすべて返し終えてからとなる。借金漬けの女性労働者が、“メイド・イン・ジャパン”の製品を支えていると言えるだろう。

 彼女たちは、私たちと変わらない、それぞれの人生を生きてきた存在だ。しかし、中には、自身の人生と人権を顧みられることなく、搾取と権利侵害にさらされてしまった、王さんのような女性技能実習生が存在する。

(「広がる実習生支援と終わらない権利侵害(4)」に続く。)

 

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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