知っていますか?国際家事労働者デー:使う側の視点から脱却し共に生きる1人の人間として家事労働者をみる
いま日本で国家戦略特区での「外国人家事支援人材」の受け入れが注目を集める中、去る6月16日が「国際家事労働者デー」だったことを読者はご存知だろうか。「家事支援人材」とは聞きなれない言葉だが、料理や洗濯、掃除、子どもの世話などの家事労働を行う「家事労働者」のこと。「国際家事労働者デー」はこうした家事労働者の権利保護と地位の引き上げに向けた国際的な取り組みの一つだ。今回は、「国際家事労働者デー」と家事労働者についてみていきたい。
◆ILO 189号条約と6月16日の「国際家事労働者デー」
「国際家事労働デー」は、2011年6月16日の第100回国際労働機関(ILO)総会で、家事労働者に対してほかの労働者と同じ基本的な権利を保障する初めての国際労働基準である「家事労働者の適切な仕事に関する条約(第189号)」と付随する「家事労働者の適切な仕事に関する勧告(第201号)」が採択されたことを受けたものだ。
ILOはこの条約に関して、「その特殊性により労働・社会保障法の適用対象外になることが多い家事労働者を労働者と認定し、その労働条件改善を目指して初めて採択された歴史的な国際基準」と説明している。
家事労働者は、なぜ特殊なのか。
それは、家事労働というものが、これまできちんとした「労働」として認められてこなかったといった歴史的な経緯があり、国・地域によっては、家事労働に従事する家事労働者が法律上で「労働者」として扱われず、その国・地域の最低賃金規定や就労時間の取り決めなどの労働法規の適用を受けていない状況にあるからだ。さらに、実際の就労現場で、家事労働者が低賃金や長時間労働などにさらされたりしてきたケースが少なくない。
料理や洗濯、炊事、育児などの経験がある方は家事労働というものが生きていくのに欠かせない上、適格に行うにはスキルや経験が必要だということをご存じだろう。また実際に有償の家事サービスを利用したことがある人の中には、プロの家事労働者のスキルや専門性の高さにうなずかされた人もいるだろう。けれど、それでもなお、まだまだ社会的にきちんと家事労働の重要性が認められているとは言いがたい。
同時に、家事労働者の多くを女性が占めるとともに、国・地域によっては移民が家事労働者の仕事に就くケースが多いなど、家事労働者となる人たちがリスクにさらされやすい労働者である傾向が高いことも、特徴だ。女性や移民労働者は、社会の中で、低い地位に置かれ、ぜい弱性の高い労働者であるケースが少なくない。そうした女性や移民が、賃金などの労働条件に恵まれない事例も多い。
◆家事労働者への虐待や搾取
実際に、先行して家事労働者を受け入れている国・地域において、家事労働者への虐待やハラスメントが起きているのに加え、家事労働者が低賃金や長時間労働にさらされていることが、国際的な問題となっている。
私はベトナムで、海外において出稼ぎで家事労働者として働く「移住家事労働」を経験したベトナム人女性の聞き取り調査を行った経験がある。この調査からは、海外での移住家事労働というものが、経済的に課題を抱えたベトナム人女性たちにとって世帯経済を改善させる貴重なチャンスになっている半面、女性たちが長時間労働や低賃金などの搾取に直面するなど、複雑かつ困難な経験をしていることが伺えた。
また家事労働者をめぐる事件には深刻なものも存在する。家事労働者や雇用主から暴力を振るわれたり、強姦されたりする事件が起きている。
最近では、家事労働者を多数受け入れているシンガポールで家事労働者として就労していたミャンマー出身の女性が自殺した事件が注目を集めている。2017年6月14日付ザ・ミャンマー・タイムズによると、家事労働者として労働許可を取得し働いていたミャンマー出身女性が、就労していた世帯が入居するコンドミニアムの18階から飛び降り自殺した。
2017年6月19日付ザ・イラワディの報道では、女性の自殺の背景には、雇用主による適切ではない処遇があったとみられているという。
家事労働者の虐待や搾取の問題は、海外へ移住労働者として働きに行く人の多いフィリピンなどで報じられる機会も少なくない。こうした中で、ILO189号条約により、家事労働者の権利保護が国際社会の中ではかられようとしているのだ。
◆外国人家事労働者受け入れも日本はILO189号条約を未批准
ILO189号条約はこれまでに、アルゼンチン、ベルギー、ボリビア、チリ、コロンビア、コスタリカ、ドミニカ共和国、エクアドル、フィンランド、ドイツ、ギニア、ガイアナ、アイルランド、イタリア、ジャマイカ、モーリシャス、ニカラグア、パナマ、パラグアイ、フィリピン、ポルトガル、南アフリカ共和国、スイス、ウルグアイにより批准されている。
一方、日本は「外国人家事支援人材」の受け入れが進む半面、この条約を批准していない。だが、海外からの家事労働者の受け入れに当たり、日本もILO 189号条約を批准することが求められている。
◆”外国人”労働者のぜい弱性を把握する必要性
前述したように、ILO 189号条約の採択に当たり、「家事労働者の適切な仕事に関する勧告(第201号)」も採択された。
この勧告は、ILO 189号条約を補足し、その実施のための手引きを示すもので、「結社の自由や団体交渉権、雇用・職業上の差別撤廃、健康診断、雇用条件、労働時間、休憩時間・週休・年休、報酬、住まいや食事の提供、虐待や嫌がらせ、暴力から保護する仕組み、児童家事労働者、移民家事労働者などに関する具体的な配慮事項や指針が示されている」。
勧告では、海外で働く家事労働者の保護にあたり必要な措置を以下のように挙げている。これは、日本で働く外国出身の家事労働者の保護策を講じる際の手引きになるとともに、家事労働者がどのような課題を抱える傾向があるのかも示唆する。
上記は、「家事労働者の適切な仕事に関する勧告(第201号)」の一部だが、こうした手引きの背景には、外国人労働者が何か困ったことがあり、援助を求めたかったとしても、言葉の問題からすぐに外部に相談できないケースも少なくないことがある。さらにどこに相談すればいいのか分からないことも多く、母語により相談できる直通電話サービスは外国労働者の受け入れに当たり必要になるのだ。
さらに外国人労働者という異なる社会からやってきた人が、なにか困難に直面してもそこから避難することが難しいという背景があることが伺える。外国人労働者が就労先で課題を抱え、避難する必要に迫られたとしても、その土地にネットワークを持たないために避難は容易ではない。だからこそ、直通電話サービスや避難ネットワークを提供することが必須となるし、(家事労働者の)母語により権利や関係する法令、利用できる苦情に関する制度や法的救済について家事労働者に知らせ、さらに家事労働者が必要とするそのほかの関連情報提供するための公的な広報サービスが必要になるのだ。
◆期待される労働運動との連帯
また日本人の家事労働者と同様に、外国出身の家事労働についても結社の自由や団体交渉権を保障することを「家事労働者の適切な仕事に関する勧告(第201号)」では促している。家事労働者というぜい弱性の高い労働者が問題に直面した際に、1人で対応するのは難しい。労働組合をはじめとする日本の労働運動が、外国出身の家事労働者と連帯していくことも期待されている。
家事労働者を海外から受け入れることは、外国人労働者に新たな就労の機会を提供するとともに、日本の家事サービスの需要にこたえるものになるだろう。しかし、ぜい弱性の高い外国人労働者を受け入れるに当たっては、労働者の権利保護の枠組みを整備していくとともに、日本の労働運動につなげていくなど、外国人家事労働者が日本社会で権利を保障されつつ就労できる状況を制度的にも、市民社会の面からも促すことが必要になるだろう。
◆「家事支援人材」の受け入れは本当に「女性の活躍」につながるのか
もう一つ、論点を変えて、考えたい。
「家事支援人材」の受け入れに関して、内閣府地方創生推進事務局のホームページには、「家事支援外国人受入事業は、女性の活躍促進や家事支援ニーズへの対応、中長期的な経済成長の観点から、国家戦略特別区域内において、第三者管理協議会による管理体制の下、家事支援活動を行う外国人を特定機関が雇用契約に基づいて受け入れる事業」との説明が記述されている。
ここで注目されるのが、「家事支援人材」の受け入れ事業において、「女性の活躍促進」を目指すという意図があることだ。
たしかに、有償家事サービスを利用することは、家庭において家事労働の負担を多くになっている女性を家事労働から一部解放すると、みることもできなくはない。
しかし、「家事支援人材」による有償家事サービスをどの程度の世帯が利用できるのだろうか。有償家事サービスを利用するには当然ながらお金が必要だ。それを負担してまで、有償家事サービスを利用できるのは、一部の高所得層や中間層に限られないだろうか。そうなれば、世帯間の有償家事サービス利用状況に差異が生じる。高所得層の世帯では有償家事サービスを利用できることで、家庭内で家事労働をになっていた人が外に出て「活躍」の機会を得られるかもしれない。その一方で、所得が低く、有償家事サービスを利用できない世帯では、炊事、洗濯、掃除、育児などの家事労働と稼ぎを得るための労働とを両方負担していかなくてはならない。
育児や介護などの対人ケアを含む家庭内での様々な家事労働を自らが主体となってやってきた人は想像しやすいかもしれないが、家事労働の負担と、家庭の外に出て仕事をしたり、社会的に認められたりすることとを両立するのは簡単ではない。
有償家事サービスを利用できるか、できないか。つまりお金があるか、ないかで、「活躍」できるか、できないかが変わってくる可能性があるかもしれない。
そのため、「外国人家事支援人材」の受け入れと「外国人家事支援人材」による有償家事サービス市場の拡大を、短絡的に「女性の活躍推進」にはつなげられない。場合によっては、有償家事サービス市場の広がりから、お金の有無によって、社会で「活躍」できる人とできない人との「有償家事サービス利用格差」が生じることさえある、と考えるのは考えすぎだろうか。
◆「活躍」とは何か、介護・育児・家事の負担から家庭の外に出られない人も
もう一つ、気になるのが「活躍」という言葉だ。有償家事サービスを利用することによる女性の「活躍」には、「家庭の外」に出るということや現金収入を得るための就労に携わることを「活躍」としてとらえる向きがないだろうか。しかし、人間は、時に疲れたり、病気になったりもする存在であるほか、家族の育児や介護などを理由として外に簡単に出ることができないケースもある。同時に、非正規雇用やワーキングプアの問題があるように、働いていたとしても思ったような現金収入を得られている人ばかりではない。
このような社会における切実な現実がある中で、「家事支援人材」の利用の広がり、すなわち有償家事サービス市場の拡大が、「女性の活躍推進」になぜ、簡単に結び付けられるのだろうか。そして、海外からの「家事支援人材」の受け入れとは、本当に「女性の活躍推進」のためのものなのだろうか。
「家事支援人材」の受け入れというと、有償家事サービスの利用により「女性の活躍推進」が広がるとのイメージを持つ人もいるかもしれないが、ことはそう単純ではない。海外からの「家事支援人材」の受け入れとそれに伴う有償家事サービス市場の拡大とが、なぜ「女性の活躍推進」に結び付けられるのか、その理由を考える必要がある。
そして、ILO 189号条約の批准をはじめ家事労働者の権利保護の枠組みを拡充することに加え、「家事支援人材」と呼ばれる外国出身の家事労働者を私たちと変わらない、家族や友人を持つ労働者であり、1人の人間としてとらえることが、求められている。(了)