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「草の根で実習生を支える」(5)技能実習制度が構造的に構築する”歪み”、制度の不足補う人とのつながり

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ボランティア日本語教室で学ぶ技能実習生。筆者撮影。

技能実習生については従来、賃金や就労時間など処遇に関する課題が注目されてきたが、「日本語学習機会の不足」や「人間関係の乏しさ」といった問題もある。

そんな中、地域のボランティア日本語教室が技能実習生を日本語教育の面から支援している。

私は「『草の根で実習生を支える』(1)ボランティア日本語教室が学びの場に、就業後や休日に日本語学ぶ実習生」「『草の根で実習生を支える』(2)無償で授業する日本語教師が”かろうじて”補う実習生の日本語学習」で、名古屋市のボランティア日本語教室で技能実習生が学んでいる様子を伝えた。

さらに、「『草の根で実習生を支える』(3)裏切られた”憧れのニッポン”行き、『それでも私は日本語を学ぶ』」では、ベトナム出身の技能実習生、ヒエンさん(仮名)の来日までの背景と来日後の暮らしや仕事について、「『草の根で実習生を支える」(4)『私たちは差別されている』、“希望の日本”に不信感募らせる実習生」では、様々な課題を抱えながらも日本語を学ぶヒエンさんの「日本に対する思い」の変化について説明した。

この連載の最後となる今回は、移民研究の知見を導入してベトナム―日本間の「移住制度」について検討した上で、このベトナム―日本間の「移住制度」が技能実習生をめぐる課題を構造的に生み出していることを説明したい。その上で、構造的につくりだされた課題に直面することのある技能実習生にとって職場や地域の人との交流がよりどころとなり、公的支援の不足を地域や職場の人間関係が補っている状況を指摘したい。

◆各種要素から“総合的”に技能実習制度を見る必要性

ベトナムの農村地域。技能実習生の中には農村出身者が少なくない。筆者撮影。
ベトナムの農村地域。技能実習生の中には農村出身者が少なくない。筆者撮影。

私が「『草の根で実習生を支える』(3)裏切られた”憧れのニッポン”行き、『それでも私は日本語を学ぶ』」では、ベトナム出身の技能実習生、ヒエンさん(仮名)の来日までの背景と来日後の暮らしや仕事について、「『草の根で実習生を支える」(4)『私たちは差別されている』、“希望の日本”に不信感募らせる実習生」で書いたように、ベトナム北部出身のヒエンさんの日本での就労は当初の期待通りにはいっていない。

ヒエンさんが日本で思い知ったのは、技能実習生が職場における賃金や賞与などの面で、差別的な待遇を受けていること、そして、そこから逃れることが難しいということだった。

こうした差別的待遇と期待を裏切る低い賃金の一方、ヒエンさんはその状況が嫌だからといってベトナムに帰国したり、会社を変えたりすることは難しい。ヒエンさんは高額の借金を背負い来日し、これまで借金返済にを追われており、十分な貯金ができておらず、残りの滞日期間で貯金をして家族に仕送りしなければ当初の来日目的は果たせない。さらに、技能実習制度では、基本的には就労期間の途中で就労先の企業を変えることは難しく、転職が制限されている。

そもそも、なぜベトナム人は技能実習生として日本にわたるのだろうか。そして、技能実習生の中になぜ不利な状況に立たされる人が出てくるのだろうか。

これらのことを考えるためには、さまざまな要素が複雑に絡み合う「外国人技能実習制度」を丁寧に分析することが求められる。

「外国人技能実習制度」と一口にいっても、送り出し国は中国、ベトナム、フィリピン、インドネシア、カンボジアなど複数にわたる上、それぞれの国の中の送り出し地域も多様だ。さらに、学歴やジェンダー、年齢、家族・婚姻状況、就労経験・職業スキルといった技能実習生それぞれの属性も一定ではない。

送り出し地の各国政府の移住労働政策にも違いがあるほか、送り出し機関の事業状況もさまざまだろう。

受け入れ国である日本においても、就労先企業の立地や業種は多様だ。同じ業種の企業であっても、地域差や、受け入れ企業ごとの違いもある。

たとえば、中国出身で技術系の短期大学の学歴を持つ独身の男性が日本の東海地方の製造業で技能実習生として働くケースもあれば、ベトナム出身の高卒で子どものいる既婚女性が日本の東北地方で水産加工の仕事に従事するケースもあり、技能実習制度の下での就労について、一概に語ることは難しい。

また送り出し/受け入れの時期や、送り出し地/受け入れ地の社会・政治・経済状況についても、考えていく必要がある。

技能実習生の送り出し地の多くを占めてきた中国に関して言えば、同国では経済成長の中で賃金水準が上昇しており、同じ中国出身者といっても一様に扱わずに、かつての中国人技能実習生と現在の中国人技能実習生とで、どのような違いと共通点があるのかを検討することが求められるだろう。

こうした各種要素が複雑に関係し合う「外国人技能実習制度」をみていくために、移民研究の知見を導入したい。

移民研究では従来、移住現象について、人間が低所得の地域から高所得の地域へと移動する傾向を強調したり、移民を景気循環に伴う景気変動に関連づけたりし議論するといった「プッシュ―プル理論(push- pull theories)」などにより、説明してきた。(カースルズ S. and ミラー、 1996) (1)

だが、現実的には移住現象はこれらの理論だけでは十分に説明できない。

小井土(2005)(2) は、これまでの議論では送り出し/受け入れる国民国家とが、それぞれ独立した経済単位であるとみなしているが、実際には国境を超える移民が発生するのは相互に深い関係にある複数の国の間である上、こうした説明は事態を予測するような説明力を持たず、経済学的な説明は限界を持つと指摘している。

経済的な理由などにより移住主体の「移住動機」が形成されたとしても、移住を可能にする制度が存在したり、移住主体が移住するのに必要な「移住能力」を持ったりしなければ、移動はできないからだ。

説明の不備を解消するため、移民研究ではこれまでに、人の移動にかかわるメゾレベルの要因に注目し、移住システム論や移住ネットワーク論を発達させてきた。マクロレベルの要素を国家や市場、ミクロレベルの要素を移住主体の移住動機や移住能力とした場合、マクロレベルの要素とミクロレベルの要素をつなぎ、移住主体に移住に必要な資源を提供するあっせん組織(技能実習制度では「送り出し機関」など)や人的ネットワークなどがメゾレベルの要素となる。

このように「国境を超える人の移動」には、さまざまな要素が複雑に絡み合うのだ。

「外国人技能実習制度」においては、送り出し地の政府の政策、政府の認可を受けた送り出し機関の事業展開、送り出し地の社会・経済状況と移住主体の社会・経済状況、受け入れ先の日本政府の政策、日本企業の状況などが複雑に連関しあっている。

そのため「外国人技能実習制度」のもとでの移住労働の分析においては、国家、市場、あっせん組織、移住主体、受け入れ先企業、監理団体などの多様な要素を包括的に組み入れて議論することが求められる。そして、各要素を組み入れつつ、それらを送り出し地と受け入れ地の歴史・社会・経済・政治的な文脈に位置付けるために、「移住制度」論を用いて分析することが必要になるだろう。

Goss&Lindquist(1995)(3) は「移住制度は、個人、アソシエーション、組織の入り組んだアーティキュレーション(articulation、接合)であり、これらのエージェント(行為主体)とエージェンシー(行為主体性)との間の社会的行為と相互行為を拡張するものである」と説明している。また移住制度は「knowledgeableな個人、組織のエージェント(移民アソシエーションから多国籍企業まで)、その他の制度(親族から国家まで)から成る複合的な制度である」とする。

「移住制度」は、移住主体や受け入れ企業の個別の水準にとどまらずに、移住労働という現象をより包括的にみるための分析視角となりうるだろう。

「外国人技能実習制度」をめぐってはこれまでに受け入れ先企業による違反行為や技能実習生への人権侵害やハラスメントなどが伝えられてきた。技能実習生の職場からの「失踪」も報じられてきた。

こうした技能実習制度にかかわる問題を論じるとき、個別の企業や技能実習生個人のみを議論の遡上にあげるのではなく、より総合的に技能実習制度を取り巻く要素を組み入れて議論することが求められる。

◆日本―ベトナム間の移住制度で構築された「借金」して来日するあり方

ベトナムの農村地域。技能実習生の中には農村出身者が少なくない。筆者撮影。
ベトナムの農村地域。技能実習生の中には農村出身者が少なくない。筆者撮影。

では、ベトナムと日本の間の技能実習生の移動について、ベトナム―日本間の移住制度をみながら検討していきたい。

ベトナムから技能実習生として来日する場合、移住主体はベトナム側の送り出し機関に、各種の手数料などで構成される高額の渡航前費用を支払うことが求められる。このあり方からは、ベトナム―日本間の移住制度では送り出し機関の利用とそれに付随する「金銭」の支払いが移動に欠かせないものとなっていると言える。

技能実習生は送り出し機関を通じて来日することが求められ、送り出し機関に高い渡航前費用を支払うことが一般化している。渡航前費用はときに100万円を超えるケースもあり、技能実習生とその家族はこの費用を支払うために多くが借金をすることが多い。そして、技能実習生は来日後、就労しながらこの渡航前費用の借金を返済することになる。

ベトナム―日本間の移住制度では高額の渡航前費用の支払いのために借金をし、来日後に借金を返済しつつ就労するというあり方が存在するのだ。技能実習生にとって送り出し機関の利用は避けられないため、来日後に「借金漬け」で就労するという在り方は、ベトナム―日本間の移住制度の中で構造的に作られたものだと言えるだろう。

そして、ベトナム人技能実習生は借金に縛られるがために、なにか問題があっても途中で帰国することができない。また中途で帰国させられることを恐れて就労先企業との間での交渉力がそがれることにもなる。技能実習生の中には過重な残業を希望する人もいるが、長時間の残業をしてでも、なんとかして稼ぎたいと思わせるのも、借金の存在が大きい。

◆「国策」と送り出し機関の”ビジネス”展開が促す技能実習生としての渡航

次に、移住主体の移住を促すベトナムの社会・政治・経済状況と、それに影響された移住主体の「移住動機」をみたい。

技能実習生がこれほどの借金を背負ってでも来日するのは、そもそもベトナム政府が海外への移住労働者の送り出しを「国策」として積極的に推進しているというベトナム側の事情ある。ベトナム政府は「労働力輸出」政策を「国策」としてかかげ、他国に自国労働者を送り出す政策を展開しているのだ。

そして、ベトナム政府の政策を受け、ベトナム人に移住の手段を提供する送り出し機関が事業を活発化させている。

ベトナム側の送り出し機関は技能実習生から各種の手数料や航空運賃などからなる渡航前費用を徴収する代わりに、日本の監理団体、受け入れ先企業とのマッチングや、各種手続きの代行、渡航前の日本語研修の提供などを行う。こうした送り出し機関は、営利目的で活動しており、積極的にビジネスの拡大を図っており、その一環で、「日本に行けば稼げる」と盛んに喧伝している。

送り出し機関は多くが都市部に立地するが、自社の職員に加え、フリーの「ブローカー」を農村に派遣するなどし、農村地域でリクルーティング活動を行い、技能実習生として日本にわたる若者を積極的に集めている。フリーのブローカーは技能実習生の候補者になる若者を送り出し機関に紹介することにより、送り出し機関から「謝礼」を受け取る仕組みがある。

このようなベトナム政府の「国策」と、それを受けた送り出し機関のビジネス展開の広がりが、ベトナムから日本への技能実習生としての渡航を拡大させる要因になっている。

◆社会・経済状況を受けた「移住動機」の形成

ベトナムの農村地域。技能実習生には農村出身者が少なくない。筆者撮影。
ベトナムの農村地域。技能実習生には農村出身者が少なくない。筆者撮影。

さらに、ベトナムの社会・経済状況を受けた移住主体の「移住動機」の形成もベトナム―日本間の移住労働を促進させる一因になっている。

ベトナムでは社会保障制度や教育・医療など社会インフラの整備が道半ばの一方で、市場経済の浸透によって、これまでよりも現金を必要とする社会になっている。

ベトナムは長きにわたる戦争を経験してきた国だ。1975年にサンゴンが陥落し、1976年に現在のベトナム社会主義共和国が成立した後も、カンボジア侵攻や中越戦争といった国際的な紛争を受け、ベトナムは国際社会で孤立し、対外関係は社会主義諸国に限られ、経済的に困窮した。その後、1992年に日本が世界に先駆けて対越援助を再開し、1995年にベトナムと米国の国交が正常化されるなどし、ベトナムへの海外からの援助や投資が本格化するのは90年代に入ってからとなる。

その後、外資系企業の対越投資の拡大を受け、ベトナムは経済成長時代を迎えたが、それでも、今も社会保障制度や社会インフラの整備が不十分な状況があり、たとえば技能実習生を多く出している農村地域には高度な医療を提供する医療機関がない場合も多い。そうした場合、都市部の医療機関にかかることになるが、都市にいくためのバスや鉄道などの公共交通機関を使えずに、タクシーや親族・友人の自家用車や二輪車を使ったりするなどして余計にお金や時間がかかることもある。

また、都市の医療機関は混雑が問題となっている上、入院中の患者の世話は家族が付き添って行ったり、家族が付き添えない場合は付き添いの人を雇ったりすることが少なくない。そのため、患者の入院期間中に、家族は仕事ができなくなったり、付き添いの人を雇う場合はそのための費用を捻出したりする必要がある。ときには医師や看護師に「付け届け」をすることもあるとの話もあり、家族の誰かが病気になると、さまざまなコストがかかるのだ。

教育についても、経済成長時代を迎えたベトナムでは、教育熱が高まり、多くの人が子どもに高い教育を受けさせようとしている。高学歴化が進む中で、よい仕事に就くために学歴がより重要になっているのだ。

こうした中、ベトナムでは都市を中心に、子どもたちが学校での勉強とは別に補習塾に通うケースが増えており、受験戦争が激しくなっている。親たちはわが子の勉強が遅れないようにと、子どもたちを補習塾に入れているが、この費用はばかにならない。私が訪れたベトナムの農村部にある技能実習生の出身世帯でも、子どもたちを補習塾に通わせており、教育熱の高まりはなにも都市部に限らないようだった。

せっかく短期大学や大学に合格しても、短期大学や大学は都市周辺部に立地しているため、農村出身の学生は短期大学や大学の近くに下宿することが必要になる。短期大学や大学の学費に合わせ、学生寮の寮費や食費などもろもろの下宿費用は家族にとって負担となる。このように暮らしの中で欠かせない医療や教育などで、お金がかかってくるのだ。

さらに公共交通機関が整備されていないがゆえに、二輪車が生活に欠かせない。また、各企業がさまざまな消費財を売り出すなど、消費者に向けた企業の展開も進み、これまでよりも多くの商品が出回っている。

この半面、技能実習生には農村出身の人が少なくないが、農村は高等教育機関が都市よりも少なく、給与水準も都市に比べて低い。農業収入だけではとても食べて行けず、農村の若者の多くは都市や近隣の工場で働くなどして、現金収入を得ようとする。しかし、それでも賃金水準がさほど高くないため、生活は苦しい。

現在、日本に来ているベトナム人技能実習生は、このようなベトナムの歴史的背景と社会・経済的状況を受けて、現金収入を得る必要性に迫られ、日本行きを選択していることを、理解する必要があるだろう。

実際に私がベトナムの農村で元技能実習生の家を訪ね、聞き取り調査をした際、元技能実習生の多くは「経済状況を改善したくて日本に行きたいと思った」「家族の経済状況が悪く、家族を助けたかった」と語っていた。そして、日本は現在もベトナムの人にとって「技術力のある経済大国」としてとらえられている。「憧れの技術・経済大国」としての日本に行くことが、なんらかのチャンスをもたらすものだとみられている。

ベトナムの人々にとって、技能実習生として日本で働くことは、ベトナムよりも高い賃金を得ることで、なんとかして現金収入を得て、家族や自身の生活を改善させ、自らの「人生を変える」ための取り組みだと思えるだろう。ベトナム政府が「国策」として移住労働者送り出しを積極化するとともに、送り出し機関が「日本の賃金は高い」と盛んに喧伝している中で、社会・経済的背景を受け現金収入を得る必要性を迫れた技能実習生は、たとえ高額の渡航前費用を借金により賄うという大きなリスクを取ってでも、日本に技能実習生としてわたろうとするのだ。

◆構造的課題をとらえて問題解決につなげる必要性

一方の日本側では、政府が外国人技能実習制度を運用し、アジア諸国から技能実習生を受け入れる枠組みを構築してきた。

また製造業、農業、水産業、建設業などでは、人出不足が深刻化し、労働者の確保が求められている。企業によっては、国際競争の激化の中で事業コストの引き下げ圧力にさらされているところもある。このような日本政府の政策と企業の労働力需要、市場競争の激化などを受け、技能実習生を受け入れるという日本側の状況が構築されている。

このようなベトナムと日本を取り巻く各要素が複雑に絡み合いながらベトナム―日本間の移住制度が形成されてきたと言えるだろう。

その中で、ベトナム人技能実習生は、高額の借金をして渡航前費用をねん出し、「借金漬け」になりながらも日本に来るという在り方が構築されている。だが、ベトナム出身の技能実習生であるヒエンさんは100万円を超える借金をして日本にやってきて、技能実習生として就労したものの、月収は手取り9万円しかなく、借金の返済に来日から2年もかかった。私が彼女に出会ったとき、彼女はやっと借金を返し終えた段階で、まだ貯金はできていなかった。

日本での待遇について技能実習生が「期待はずれ」だと不満を持つことに関して、ときに「見通しが甘い」という声もあるかもしれない。しかし、ベトナム―日本間の移住制度をつぶさにみていくと、「見通しが甘い」とは単純に切り捨てることはできない。技能実習生個人や各企業の在り方を個別に評価するのにとどまらず、ベトナム―日本間の移住制度が構造的に作り出す課題をより詳細に分析し、それを問題解決につなげることが求められる。

◆よりどころとなるボランティア日本語教室

ボランティア日本語教室で学ぶ技能実習生。筆者撮影。
ボランティア日本語教室で学ぶ技能実習生。筆者撮影。

そんなヒエンさんの日本での仕事の中で、彼女のよりどころとなっているのはボランティア日本語教室での学習だ。

ヒエンさんは日々の仕事をこなし借金を返済することに終われ、生活費を切り詰めており、行動範囲も限られている。そのような暮らしの中で、彼女は土曜日の夜に日本語を学びに日本語教室に通っている。彼女の家とボランティア日本語教室は決して近くはなく、通常であれば鉄道で移動する距離だが、交通費を節約するために彼女はいつでも自転車でボランティア日本語教室に向かう。

ボランティア日本語教室に行けば、日本語教師との交流がある上、ほかのベトナム人技能実習生ともやりとりできる。

私がボランティア日本語教室を訪れた日、彼女はほかの技能実習生と机を囲んで、互いに教え合いながら勉強していた。授業の合間や帰り道にはほかの技能実習生とおしゃべりもでき、息抜きにもなるようだ。

ボランティア日本語教室では通常の日本語の授業だけではなく、お花見や花火見物などのイベントもある。日本に来ても、季節のイベントを楽しむ機会のない技能実習生もいる中で、技能実習生にとっては日本の文化に触れる貴重な機会となる。

ヒエンさんも平日は仕事に追われている上、渡航前費用の借金返済と貯金のために生活費をぎりぎりまで切り詰めており、外食したり、繁華街に行ったりすることがほとんどない。こうした暮らしの中で、ボランティア日本語教室のメンバーでお花見や花火見物に行くことは楽しみとなる。

ボランティア日本語教室という、地域の人が無償のボランティアで支えている草の根の活動が、技能実習生の日本語支援だけではなく、人とのつながりの形成を支えているのだ。

◆「会社の人が親切にしてくれます」、職場の人との交流が支えに

さらにヒエンさんにとって、職場の日本人社員との交流も大きなよりどころとなっている。

同じ職場に面倒見のよい男性がおり、ヒエンさんをはじめ技能実習生になにかと気をかけて親切にしてくれるのだという。

この男性を交えて、技能実習生みなで一緒に食事をすることもある。

男性はベトナム語が少しできるなどベトナムに関心を持ち、ベトナムやベトナム人を知ろうとする好奇心にあふれた人のようだ。さらに、ユーモアがあり、冗談を言い合ったりしながら、ベトナム人との交流を楽しみにしてくれているらしかった。

この男性は職場では、ほかの日本人とのコミュニケーションをサポートしてくれているという。

日本人の職員も技能実習生も、コミュニケーションに課題がある場合は、この男性を間に挟んで会話をするなど、技能実習生にとって頼れる存在となっている。

◆チン・コン・ソンの歌を知る女性との交流

ヒエンさんにとって、日本で暮らす中で、よりどころとなっている人はほかにもいる。

近所に住む日本人の女性が声をかけてくれるなどして、交流しているのだという。

この日本人女性はベトナムの“国民的作曲家”と評されるチン・コン・ソンの歌を歌える人のようで、ベトナムの文化や音楽に関心を持っているらしかった。

そうした女性の背景からか、ベトナム出身のヒエンさんたち技能実習生に親切にしてくれているようだ。ベトナムの音楽を知る人がいることは、ヒエンさんにとって嬉しいことだろう。

◆職場や地域での人間関係が技能実習生を支える

技能実習生の中にはヒエンさんのように、職場や地域の人が技能実習生たちを気にかけ、親切にしてくれたという経験を話してくれる人もいる。

「会社の社長が親切で、日本語で交換日記をして、日本語だけではなく、社長の考えも教えてくれた」

「会社の人たちと社員旅行に行ったのがよい思い出です」

「近くに住む人が親切にしてくれた」

「また日本に帰り、あの人と会いたい」

私がベトナムの農村で話を聞いた元技能実習生からは、こうした言葉が出てくることもあった。

企業の中には、会社組織として技能実習生に対して社員旅行や忘年会などのイベントに参加する機会を提供し、交流の場を設けるところもある。

また職場で働く中で、日本人の職員が個人的に技能実習生と交流し、人間関係をつくっていくこともある。

地域社会の中でもボランティア日本語教室が技能実習生を日本語教育などの面から支援しているとともに、近隣の人たちと技能実習生が交流して関係を構築しているケースも存在する。

こうした職場や地域での人とのつながりが技能実習生の日本での暮らしを支え、孤立しやすい技能実習生が日本社会とつながっていくのを後押ししている。

◆会社や人との出会いは「運」しだい

ボランティア日本語教室で学ぶ技能実習生。筆者撮影。
ボランティア日本語教室で学ぶ技能実習生。筆者撮影。

だが、技能実習生や元技能実習生に話を聞く中では、「会社の人とは、上司と部下の関係だけ」「日本にいたけれど日本人の友達はいない」「日本人と食事にいったこともない。一緒にお茶を飲んだこともない」という言葉も聞かれた。

そして、受け入れ企業によっては、労働法規違反や技能実習生への差別やハラスメント、人権侵害をしているところもある。

「社長に毎日のように怒られ、『ベトナムへ帰れ』と怒鳴られた」

「仕事が遅いと言われ、『早くしろ』と毎日のように怒鳴られた」

「職場で差別されてつらかった」

「技能実習生はトイレが日本人とは別だった」

「会社の上司に殴られたほか、毎日怒鳴られていた」

こうしたことを語る技能実習生や元技能実習生もいる。

技能実習生がどのような職場で働き、どの地域に住み、職場や地域でどのような人間関係を構築するのかは、基本的にはほぼ「運」に任せられている。

実習生を大事にする会社もあれば、労働法規の違反行為や技能実習生に対するハラスメントや人権侵害を行う会社もある。ボランティア日本語教室が近くにある地域に住むことができる技能実習生もいれば、遠隔地に暮らす技能実習生もいる。

ブラック企業問題をはじめ、日本人の労働者にとっても、就労先の状況はさまざまだろう。

しかし、技能実習生という「制限された期限において特定の業種においてしか就労できない外国人労働者」はもともと諸権利が制限されている上、基本的に会社での就労に問題があっても転職できないという点が、日本人とは異なる。

さらに、前述したように、ベトナムから日本にわたる技能実習生の多くは、高額の渡航前費用を借金により工面して送り出し機関に支払った上で、「借金漬け」の状態で来日し、借金を返済しながら就労する状況も、日本人とは異なる点だろう。

技能実習生について調査・取材をしていると、「ちゃんとしている会社もある」「技能実習生のことを思って、きちんと仕事を教えている」という企業関係者の声も聞かれる。

実際に、技能実習生を大事にしている企業もあるほか、前述のヒエンさんのように職場の人に助けられているケースもある。企業関係者から「技能実習生を大事にしたい」「技能実習生は仲間」「技能実習生を守りたい」との声も聞かれる。

しかし、問題は個別企業の在り方にとどまるのではないことを踏まえた上で、ベトナム―日本間の移住労働制度が構造的に持つ”歪み”に対して目を向ける必要があるのではないだろうか。そして、この技能実習制度の下で、企業の違反行為や技能実習生への人権侵害やハラスメントが継続して発生していることの構造的な理由を探ることが重要なのではないか。

なぜベトナム人の技能実習生は就労のために高額の渡航前費用を借金してまで支払うのか。

なぜベトナム人の技能実習生は「借金漬け」で来日し、借金を返済しながら、就労することが求められるのか。

なぜ技能実習生は、製造業、農業、水産業、建設業など人手が不足する産業部門で働き、各種産業を支えながらも、いつまでも「低い賃金」から解放されないのだろうか。

なぜ受け入れ企業の中に、違反行為や技能実習生への人権侵害やハラスメントを行うところが出てくるのか。

さらに私は問いたい。

技能実習生が日本人と同じように就労し、日本の各種産業を支えながらも、期限付きの就労である上、諸権利が制限されているという状況、つまり外国人労働者に対する差別的な事態が公式な制度として運用されている状況を、なぜ日本社会は許容するのだろうか。

◆「人間関築」や「社会とのつながり形成」からの排除、行政の取り組みは?

ボランティア日本語教室で学ぶ技能実習生。筆者撮影。
ボランティア日本語教室で学ぶ技能実習生。筆者撮影。

さて、前述したように、ヒエンさんのような技能実習生の中には毎日の仕事に追われているほか、経済的な理由から行動範囲がそう広くはない人が少なくない。日本のこともよく知らず、日本語も十分にはできない。これまで低賃金や長時間労働、労働法規の違反など、技能実習生に対する経済的な搾取について注目されてきたが、技能実習生は“人間関係の構築”や“社会とのつながり形成”の面でも排除されていると言えるだろう。

日本語力の問題に加え、経済的な余裕のなさゆえに「人間関係の形成」から技能実習生は排除されている。そのことは技能実習生が日本に暮らし、日本の産業部門を支えながらも、社会的な関係構築からはじかれ、社会的に孤立させられていることを意味する。

しかし、それでも地域のボランティア日本語教室の草の根の活動に加え、職場や地域社会での人と人との交流が、技能実習生の日本での暮らしに光を与えている。地域のボランティア日本語教室や、ヒエンさんの職場や地域社会での交流は、技能実習生への支援において、日本社会の側が何ができるのか、そのヒントを与えてくれる。

ただし、それでも私が取材したNPO法人によるボランティア日本語教室は予算不足に直面しているほか、こうした活動は日本語教師が無償で働くという「善意」に支えられていた。また技能実習生の中には遠隔地など、地域のボランティア日本語教室が近隣になり地域に暮らしている人もおり、誰もが地域のボランティア日本語教室にアクセスできるわけではない。

さらに、ヒエンさんは職場や地域社会でよりどころとなる日本人と出会えたが、それは偶然だと言える。場合によっては、職場や地域社会で頼ることのできる人に巡り合えないケースもある。 “草の根”の支援や交流は、日本の社会において外国人とともに生きていくために重要だが、それだけでは十分ではないだろう。より多くの技能実習生が日本社会の中で居場所を確保し、地域の人々と共に暮らしていくためには、公的部門によるもっと広範な取り組みが必要になる。

日本語学習や日本人との交流は、なにも技能実習生本人だけに利益をもたらすものではない。技能実習生を雇用している受け入れ企業に加え、日本社会全体にとっても、技能実習生が日本語学習により日本語を覚えたり、日本人との交流により日本の文化や情報を理解したりしていくことの意味は大きい。

公的部門が、日本語教室や出身・文化・言語の異なる人同士の交流の場などを設けるとともに、ボランティア日本語教室のような市民による取り組みに連帯していくことが待たれている。そして、なによりも技能実習制度が構造的に作り出している“歪み”とそれにより生じる課題について対応するため、この制度の在り方を見直し、制度そのものを抜本的に改革することが求められる。(了)

参考文献

(1)カースルズ S. and ミラー M.J.,1996,「第1章 現代の国際移民」,『国際移民の時代』,名古屋大学出版会

(2)小井土彰宏,2005,「第1章 国際移民の社会学」,『新・国際社会学』梶田孝道編,名古屋大学出版会

(3)Goss, J. and Lindquist, B.'Conceptualizing International Labour Migration: a Structuration Perspective', International Migration Review 29,

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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