日本中が驚いた異例の大抜擢、プレミア王者マンCに移籍した22歳DF板倉滉にインタビュー

(筆者撮影)

 今年1月、あまりに突然で、途方もないニュースが、日本中を驚かせた。発表当時21歳だった板倉滉の、イングランド・プレミアリーグの昨季王者、マンチェスター・シティへの移籍である。

 マンチェスター・シティは現在世界最高峰と言われるプレミアリーグを昨季、リーグ史上初の勝ち点100到達にて制した。世界最高級の指揮官ペップ・グアルディオラが、ワールドクラスの選手たちを率いる、まさに世界のトップクラブ。そのクラブに、まだJリーグ1部(J1)で計31試合に出場したばかりの日本人選手が獲得されたというのだから、階段を何段も、もしかしたら何階分もすっ飛ばしたジャンプアップだった。

 ただし、イングランドでの労働許可証取得は簡単ではなく、板倉はまず、ヨーロッパの他国リーグのクラブへと期限付き移籍することになった。現在は、オランダのフローニンゲンでプレーしている。

 前日に隣国ドイツにて大木を線路の上になぎ倒した強風は、この日のオランダでも“健在”だった。ロナルド・クーマンやアリエン・ロッベンを輩出し、オランダの1部リーグで戦い続けるクラブとしては控えめにも映る練習場では、ピッチに置かれたボールが風に流され続けていた。

 そんな大荒れの天候の中でも板倉滉は「どこ吹く風」とでもいうように自然体で、練習場に入る前にこちらを見かけると、「こんにちは」と声をかけてくれた。

「こっちに来てすぐ、チームメイトの家にも泊まりに行ったりしました。一緒に食事にも行ったし、映画も見にいったりしました。でも、英語の映画で、字幕はオランダ語。もう、何も分かりませんでした。でも、行くことに意味があるというか。行こうと言われたら、断りません。『よし、行こうよ』って」

 初めての国外での生活を、そう話す。誘われたら、断らない。そんな思いで、あくまで自然に受け入れ、決めたのだという。

 世界最高峰のサッカークラブからの招待を。

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昨年夏に移籍の「胎動」

 この移籍話は、実は昨年の夏前には胎動があったのだという。

「トゥーロン(国際大会)の頃くらいに、(代理人から)ちょっと話を聞いて。マンチェスター・シティが興味を持ってくれているよ、と。でも、自分の中では『そんなわけない』と。実際に行けるなんて思っていなかったし、話としては聞いておいて、じゃあもっと頑張らないとな、という気持ちに変えるくらいの、本当にその程度だったんですけど。それが現実となり、最後にポンポンポンと話が進みましたね」

 川崎フロンターレが2006年に立ち上げたU-12チームの1期生としてクラブに入り、2015年にトップチームへと昇格。しかし、昨年にJ1連覇を成し遂げた強豪チームでは3シーズンでリーグ戦7試合の出場にとどまり、昨季はベガルタ仙台に期限付き移籍していた。その仙台でリーグ戦24試合に出場と、ようやく日本のトップリーグで定位置を確保したばかりだった。

 その一方で、2017年にはU-20ワールドカップ(W杯)に出場するなど、年代別日本代表には選ばれ続けていた。昨年5月末から6月上旬にフランスで行なわれたトゥーロン国際大会でもグループステージの全3試合に出場しており、そうした国際大会で各国スカウトの目を引いたのだろう。

 高いレベルでの成長を求める選手としては当然ながら、「海外でやりたいという思いは、もちろんありました」と語る。だが、その思いは渇望といったレベルではなかったという。

「自分の中で、絶対に海外に行きたいという気持ちは、それほどまでにはなかったんです。もちろん海外でプレーしたいという気持ちはありました。でも『今すぐ行きたい』という気持ちは、正直なくて。でも、もしも海外からオファーが来た時に、絶対に断らないだろうなという思いは、自分の中にありました。サッカーをする上で、どんどん上を目指していかないといけないという気持ちはあるし、絶対に現状に満足はしたくないので。オファーが来た時に、『いや、日本に残ります』という選択肢はないだろうということは、自分で分かっていました。だから、(海外移籍は)『来ちゃったな』という感じですね」

 届いた誘いを、ありのままに受け入れた。

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反響で移籍の重みを実感

 かつてグアルディオラも監督として指揮を執ったバルセロナ(スペイン)は、お気に入りのチームだったというが、「日本にいた時は、(UEFA)チャンピオンズリーグの日程も気にしないし、(同大会の)ベスト8にどのクラブが残っているかも知らなかった」と、海外サッカーを細かくチェックするタイプではなかった。それでも、マンチェスター・シティのすごさと、そのクラブからのオファーの意味は理解していた。だが、その重みは、周囲から伝わってきた。

「自分が思っている以上にすごい契約をしたんだなということは、ニュースとして出た後の周りの反応を見て知りました。もちろん僕としては、マンチェスター・シティと契約できるというのは、めちゃくちゃうれしいことです。でも、(すぐに)マンチェスター・シティでプレーできるわけではないし、まだまだそこまでの力はないということも理解していました。また他のところで頑張るしかないな、くらいの気持ちだったので、反響を見て、頑張らないといけないなと改めて思いました」

 そして、契約締結のために訪れたイングランドの風景に、覚悟が固まった。

「実際にマンチェスター・シティに行った時に、ここでやりたいなとすごく強く思いました。練習も見たし、施設もびっくりするくらい大きくて。これが世界のトップクラスのクラブかと、すごく感じましたね。それからは、ここでやるためにまずはレンタル先でしっかり頑張らないといけないなという気持ちに変わっていました」

 イングランドでプレーするには、労働許可証を取得する必要がある。そのためには、原則として日本代表での試合出場で、自身の価値を英国に認めさせなければならない。ロシアW杯のアジア地区予選で活躍した井手口陽介もイングランドで2部に相当するチャンピオンシップを戦うリーズ・ユナイテッドへと移籍したが、労働許可証の取得には至っておらず、現在は期限付き移籍にてドイツのクラブでプレーしている。イングランドでプレーすること自体、ハードルが高い。

「周りが一番心配していますね。こちらに来る前には『本当に大丈夫なのか?』って言われました。でも、『大丈夫だよ、何とかなるでしょ』って答えてここに来ました。実際には、『ヤバイ、海外はきついな』と思いつつ、今のところは何とかなっています」

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オランダで感じる「違い」

 近年の日本代表を支えてきた本田圭佑や吉田麻也も、オランダからステップアップしていった。先人たちに続きたいところだが、オランダが簡単なリーグではないことは体感している。

 シーズン途中の加入というハンディはあるが、ベンチ入りにまではこぎ着けた。だが、まだ出場には至っていない。

「シーズン途中に来たということもありますが、全然監督に見られていないように感じるほどです。でも、今ここにいる以上は、どうにか必要だと思ってもらえるようにアピールしないといけないし、やるしかないので。いずれこの先で見返してやるぞ、という気持ちでトレーニングを今はしています。そうしないと気持ちがもたないというか、『なにくそ』という気持ちでやっています」

「実際にこちらに来てから、海外に来ている人に対しての見方はすごく変わりましたね。『こういう環境でやっているんだな』と感じて。移籍前にいろいろ考えて、こういう状況があるということを知っていたら、海外に行きたくないと考えたかもしれません(笑)。でも、絶対に海外でやり抜くという気持ちを、今は持っています。嫌だから日本に帰るということは、絶対にしないと決めています」

 成功の好例であり、刺激になる存在が、チームメイトにいる。日本代表でも一気に頭角を現している堂安律だ。2017年の夏にフローニンゲンに加わり、すぐさま中心選手となった。ともにU-20W杯も戦った堂安と、板倉はオランダで再会することとなった。

「実際にこっちに来て、ああやって日本代表で活躍している姿を見ても、『違うな』というのは感じます。しかも、律は僕より年下ですからね。今、律が試合に出ていて僕が出ていないということには、焦りも感じるし、絶対に負けたくないとも思います。良い刺激をもらっていますね」

「日本代表には、今すぐにでも入りたいという気持ちも強くありますが、活躍しないと見てももらえないし、絶対に呼ばれることはありません。早く代表に入らないとダメだという焦りもありますが、それにはまず、アピールして試合に出ないと話は始まりません。今はとことん、時間を無駄にせずにやっていかなといけないなと思っています。仙台で試合に出始めて力がついたと思うし、Jリーグから日本代表に選ばれている選手がいるということは、僕にも無理じゃないということです」

アジア大会に出場するなど、年代別代表には名を連ね続けている。写真:森田直樹/アフロスポーツ
アジア大会に出場するなど、年代別代表には名を連ね続けている。写真:森田直樹/アフロスポーツ

 現在、堂安は20歳。だが、平均年齢が23歳ほどのフローニンゲンでは特別若い部類に入るわけではない。1月に22歳になった板倉には、新たに感じる焦りもあるという。

「言い方は悪いかもしれませんが、『歳だな』と思いますよね。もう22歳か、という感じがしますから。日本では若手とみられますが、こっちに来てみると僕より若い世代がバンバンこういうリーグで試合に出ている。だから結構、焦りますよね。フローニンゲンは、特に若いチームなんじゃないですか。だから、試合に出たいという気持ちがより高まるので、良い意味で練習からバチバチやっています」

 他にも、日本とアベレージの違いはある。板倉の身長186センチ体重75キロの体は、日本国内では十分に高さも強さも武器になる。だが、オランダではそうはならない。川崎フロンターレU-18時代に経験はあるものの、日本で起用されてきたセンターバックではなく、フローニンゲンでは中盤の選手として登録されている。

「皆、体は強いですね。一度、僕より小さい選手に吹っ飛ばされました。結構強めにぶつかったんですけどね。これは日本ではなかったことだな、と思って。でも、プレミアリーグなんてさらに強くてうまい選手ばかりでしょうからね。全体のテクニックのレベルを見ると日本の方がうまいと思うけど、実際にこっちに来て感じるのは、グラウンドが悪くてボールも重くてやりにくいのに、その中でもみんながやれているということです。だから、ここでしっかりプレーして活躍したら成長できる、と信じてやっています」

「このチームは結構、縦に忙しいサッカーをしますが、それにも慣れないといけない。とにかく、戦うことと走ること、さらに自分の良さである、相手の攻撃をつぶして攻撃につなげることを続けていれば、チャンスは来るはずだと思ってやっています。足元の技術でもデュエルでも負けたくないし、その上で周りとの違いも見せていきたいですね」

フローニンゲンへの期限付き移籍期間は、東京五輪が開かれる来年夏までとなっている。写真:森田直樹/アフロスポーツ
フローニンゲンへの期限付き移籍期間は、東京五輪が開かれる来年夏までとなっている。写真:森田直樹/アフロスポーツ

現状の先に見据える未来

 ヨーロッパに暮らし、本場のサッカーを体感する。そうすることで、世界最高峰との距離感もつかめてきたはずだ。

「チャンピオンズリーグの試合も見るようになりました。この間も、アヤックスとレアル(・マドリー)の試合を見ました。マンチェスター・シティの試合は、見ているだけでもスピード感が違うと感じるし、実際にその中でプレーしたらさらに全然違うはず。このチームの中でもずば抜けた存在になっていないと、あの中でプレーするなんて絶対に無理だと思います。だから、やはり頑張らないと」

 フローニンゲンへのレンタル期間は2020年の夏までと、まさに迫りくる“期限”も見えている。「時間はありません」と、板倉は口元を引き締める。もちろん、ここが勝負どころだということも分かっている。だが、力み過ぎてもうまくいかないとも思っている。

「試合前も、『よっしゃ、やってやるぞ!』と変に高ぶったりはしないんです。以前に『ここでうまくやれたらスタメンを取れる!』と特別に気合いを入れた試合で、全然ダメだったことがあるんです。割と自然体というか、普段のままの感じで。たぶんその方が、僕に合っているのかもしれませんね」

 肩肘張らず、でも全力で、絶対に、いつの日か。サッカーの母国へ向かう道を、板倉はしっかりと踏みしめている。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

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