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ザックジャパン、今こそ変化の時

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

デジャヴュのようだった。ベロオリゾンチでのメキシコ戦、スタジアム中の声援が残り10分の日本代表の背中を押した。

試合前からブルーのユニフォームや日の丸を身につけた姿が多かったことからうかがえたように、すっかりブラジル人は日本代表がお気に入りになったようだ。3日前のレシフェの夜を再現するように「ジャパン、ジャパン!!」の大声援が空気を振るわせていた。

残り10分、スタンドからのボリュームは一気にアップした。負けているチームなら当然ながら、ゴールへ向けて勢いが強まる背中を、さらに大声援が押した。きっかけは中村憲剛の投入だった。

ブラジル・コンフェデレーションズカップ特有の条件もあっただろう。中2日での連戦は、ワールドカップならありえないはず。空気の乾いた高度1000メートルのブラジリアから、常夏のレシフェ、さらに再び秋の入り口のような気候のベロオリゾンテへ。広大な国土を縦横に動いた選手たちの動きに、躍動感はなかった。

大会敗退決定と長谷部誠の出場停止もあり、最後の試合となったこのメキシコ戦では3選手が今大会初先発していた。だが54分には、前半から最終ラインで一人動きのリズムがずれていた酒井宏樹が、寄せの甘さからクロスを許し、ゴール前での受け渡しの間隙を突かれてメキシコに先制を許していた。その12分後には、CKからまたもハビエル・エルナンデスに頭で決められていた。

2点を追う状況で、中村はサイドラインで5分近くも交代を待っていた。中村は「まあ、誰と代わる予定だったかはどうでもいいこと」と当初の選手変更計画はぼやかしたが、65分の吉田麻也投入で3-4-3に移行したフォーメーションを、再び4-2-3-1に戻す予定だったという。だが、ピッチに入ろうとライン際に進むや長友佑都が負傷でピッチ外へ運びだされ、誰と交代することになるのか分からないまま、中村はじっとベンチの動きを待っていた。

その混乱の中でも、中村の頭はクリアだった。「控え選手の役割は、自分の色をチームのためにどれだけ出せるか」。ピッチに入った中村は、自身の言葉のとおり、ボールをはたいては走り、またボールをさばいてから走ってと、ゴールへの道筋を描き続けた。

その中村の投入は、もう一つの効果も生んでいた。遠藤保仁への影響である。

前日から中村は、「(起用されるのが)トップ下でもボランチでも変わりはない。オレのスタイルは変わらないから」と話していた。交代で入ったのは4-2-3-1のトップ下だったが、低い位置へも下がってボールを受け、長めのパスもさばき、また走る。そうすることで、遠藤の攻め上がりを、自然と促していた。

当然、どうしても得点が欲しい終盤という状況の影響もあるが、「ヤットさん(遠藤)もオレを見ているし、オレもヤットさんを見ている」と、相互間の信頼が遠藤を押し上げた。そして86分、ボックス右に現れた遠藤の折り返しから、反撃のゴールは生まれている。

だが、5分間のアディショナルタイムも、逆転に至るには十分ではなかった。日本は3戦全敗でブラジルを去ることになった。

アルベルト・ザッケローニ監督は、非常に流れを大切にする監督だ。歴史豊かな国からやって来た指揮官は、伝統を重んじる日本に合っているのかもしれない。だが、その保守的な姿勢が停滞につながることもある。

この試合でも試合途中から敷いた3-4-3など、布陣の変更は確かに影響は大きいことだろう。

相手にも、そして自分たちにも。

チームづくりに多くの時間を避けない代表チームにとって、新たな戦術を浸透させるのは簡単なことではない。何より、この試合の途中での採用が十数分にとどまった事実が、3-4-3浸透の難しさを証明している。

だからこそ、交代選手の有効活用が経済的なのだが、うまく使った例はこれまで決して多くない。直近ではイタリア戦が“好例”だ。同点だった79分、ハーフナー・マイクが投入されたが、一番の武器である高さが活かされるでもなく、戦い方の変化も生まれなかった。結果、勝ち越し点を献上し、勝ち点1もするりと手からこぼれた。ハーフナーは、「特徴を活かしてほしいですけど…、頑張ります」と控えめに語るだけだった。

メキシコ戦の中村の効果も、チームとして準備を整えていたものではない。中村は、自身の活かし方は周囲も分かってくれているというが、あくまで選手間での相互理解を基盤としているようだった。

こうして、日本のコンフェデ杯は幕を閉じた。貴重なワールドカップの予行演習は、勝ち点を挙げられないままに終わってしまった。

ブラジル戦では、世界トップとの差を痛感させられた。イタリアでは、善戦以上へと届くためには足りないものがあることを痛みとともに学んだ。小さくない落胆。身にしみた世界との距離。残り1年。変化を起こすのに、今ほど絶好の機会はない。

コンフェデ杯終了後には新たなスタートが待つと、すでに指揮官自身が宣言している。何かを手に取る時には、何かを手放さなければならない。さらなる成長のために、安定を捨てることはできるだろうか。

この試合で先発した栗原勇蔵は、これまで出ていた選手の尻に火をつけることはできたのかと問われると、少し間を置いてから語った。

「そうしないとだめだと思う。きっかけのようなものがないとダメだけど、リセットというか、それをきっかけとしてチャンスをつかんでいかないといけないと思う」

大きな成長曲線を描くには、安定よりも刺激の方が経済的だ。

指揮官が常に繰り返す「勇気」の重要性。自身が体現する時だ。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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