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ピッチ上にも「内田篤人」が欲しい。日本代表浮上のヒントは趣を変えたテレ朝の中継スタイルにあり

杉山茂樹スポーツライター
(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

 2-1で辛勝した先のオーストラリア戦で、地上波(テレ朝)の解説を担当した内田篤人さんと松木安太郎さんは、元日本代表の右サイドバック(SB)という点で一致する。ハイテンションで口数が多い松木さんに対し、内田さんは脈拍、血圧、体温とも松木さんより低そうな、沈着冷静な態度をとった。声をあららげずに、年配者のような言葉を吐く。両者の静と動のコントラストはエンターテインメント的に上々で、33歳と63歳という、親子ほど離れた年代差の概念を覆す関係性にも新鮮さを覚えた。

 テレ朝のサッカー中継と言えば長年、気合い重視型で認知されてきた。W杯予選を「絶対に負けられない戦い」と称し、熱さ、濃さを全面に押し出すスタイルを売りにした。そこに内田色が加わった今回、中継の雰囲気も大きく変わった。サッカーをじっくり観戦しようという気にさせられる、バランスが取れた中継になった。

 昨季限りで現役を退いた内田さん。各方面から引っ張りだこの状態にあるが、業界に迎合することなくマイペースを貫き、独自の領域を築くに至っている。2人といない貴重な存在だ。

 日本代表の右SBとしても、松木さんが「火の玉小僧」の異名を取るファイターとして知られたのに対し、内田さんは安定感を武器に飄々とプレーした。大きなミスが少なく、パニックに陥りにくい。精神的に動揺しにくいところ。動揺してもそれが、プレーに現れにくいところ。危なっかしさを発露しないところが大きな特徴だった。

 内田さんが若かりし頃は、サイドハーフやウイングが存在しない時代でもあった。縦105mにも及ぶタッチライン際を、サイドアタッカー各1人でカバーするのが日本では一般的なスタイルだった。4-2-2-2を採用する当時の鹿島アントラーズなどは、その典型的なチームになる。

 任期の途中から4-2-3-1を採用する割合が多くなった岡田ジャパン(第2次)も、その3の右で構える中村俊輔が真ん中に入る時間が多く、内田さんが右サイドのライン際をほぼ1人でカバーすることになった。重労働が求められるキツい役割を課せられていた。3-5-2のウイングバック的な右SBと言えた。

 縦105mを1人でカバーするサイドアタッカーは、将棋で言うならば香車だ。サイドを槍のように直進する力がなにより求められる。ダッシュ力に加え、アップダウンを繰り返すための持久力が不可欠になる。フィジカル的に優れた選手に適性があった。

 しかし、サイドアタッカーが両サイド各2人の時代が到来すると、SBの適性にも変化が起きる。局面を打開する手段として、スピードとドリブルに加え、周囲と絡みながら前進する中盤選手のようなボール操作術、視野の広さ、パス能力が求められることになった。

 現在、日本代表のSBでスタメンを飾る選手と言えば、長友佑都(左SB)と酒井宏樹(右SB)になるが、酒井は槍的な動きをする。香車的なSBだ。推進力、馬力に一日の長がある。長友の方が周囲と絡みながら前進する傾向が強いが、MF的とまでは言い難い。長友を経由しても、日本のパスワークが特段、円滑になることはない。

 そうした日本の両SBを眺めながら、内田さんの解説を聞くと、その現役時代を懐かしがりたくなる。内田さんはサイドアタッカー各1人の時代の右SBとしても、ポジションセンスのよさを発揮し、なんとか対応していたが、各2人の時代になると本領を発揮した。その中盤的なセンスでパスワークを円滑にする役割を果していた。身長176センチ。欧州では小柄で華奢な部類に属する内田さんが、シャルケという当時のブンデスリーガ上位クラブで活躍できた理由も、強度を生かした堅固なディフェンス力を売りにしていたからではなかった。

 当時の日本代表しかり。内田を経由すると、日本のパスワークはより滑らかになった。乱れていたものが鎮まり、その後の流れに滑らかさがもたらされるというダブルの効果をもたらした。

 現在の日本代表に不足しているパーツだ。先のオーストラリア戦がそうであったように、日本にはこれまで、自慢のパスワークで優位に立てていない現実がある。ボール支配率も思いのほか上がっていない。パスワークに両SBがあまり関与できていないことと、それは大きな関係がある。

 SBがMF的ではないのだ。両SBの構える高さは、年々大幅に上昇。平均的な高さは、いまでは守備的MFのラインを越えている。サイドで構える中盤。ピッチを正面スタンド、あるいはバックスタンドから横長に眺めれば、サイドも中盤に含まれることがよく分かる。

 さらに近年は、マイボールに転じた時、SBがライン際ではなく、そのやや内側(守備的MFの脇辺り)で構える傾向が増している。一方で、SBの前方に位置するもう1人のサイドアタッカー(ウイング=サイドハーフ)が大外に開いて構えるスタイルも、スタンダードになりつつある。SBの中盤化は著しいのである。そうした視点に立つと長友、酒井が物足りなく見える。内田さんに食指が動いてしまうのだ。

山根視来
山根視来写真:西村尚己/アフロスポーツ

 森保監督は、先のオーストリア戦、サウジアラビア戦で、先発に起用した酒井の他に、室屋成、橋岡大樹を右SBとして招集した。その一方で、国内組の山根視来を外した。ところが、内田さんに一番似たタイプの選手はと言えば、その山根になる。彼を経由するとパスの流れが滑らかになることは、川崎フロンターレの試合を見ればハッキリする。パスワークを整える力を日本で最も備えたこの右SBを、スタメンで起用しない手はない。

 左には山根のような適任者は見当たらない。長友以外となると中山雄太になるが、彼の本職は守備的MFだ。技巧派ではないが、繋ぐ力は中山の方が長友よりある。ちなみに、叶わないことを承知で述べれば、一番の適任は横浜F・マリノスの左SB、ティーラトンと考える。タイ代表のこの左利きも、内田さん、山根同様、落ち着いている。パス交換を通して、その場を鎮める力がある。混乱を周囲にまき散らさない安定感がある。

 SBに限らず、こうした魅力を備えた選手をピッチ上に何人配置することができるか、だ。現在のメンバーを見渡せば、該当する選手は守備的MFの守田英正ぐらいに限られる。現在スタメンを飾る遠藤航より、守田は強さという点で劣るが、ミスをしない確率で勝る。

 相手から厳しいプレッシャーを受けるアタッカーに、それを期待することは難しいが、少なくとも好調時の大迫にはそうした魅力があった。大迫を経由するとボールの流れは円滑になった。

 代表キャップは2度ながら、Jリーグで存在感を発揮しているセレッソ大阪の右ウイング坂元達裕も、内田さんのように流れをよくする力を備えた右サイドアタッカー(右ウイング)だ。周囲との絡みを、彼ほど高い位置で円滑にできる選手も珍しい。アタッカーでありながら、淡々と冷静にプレーするクレバーさも魅力。パスワークの充実、支配率の向上を図ろうとすれば、メンバーに加えたい選手になる。

 いかにしたら日本代表は浮上するか。そのヒントは、趣を変えたテレ朝の中継スタイルに見て取ることができる。ピッチ上にも「内田篤人」が欲しい。筆者はそう考えるのだ。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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