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久保建英が「逆足」で2発。その高価値と、歴代「両足」を最も巧く操った隠れた往年の名手とは

杉山茂樹スポーツライター
ルク・ニリス(元ベルギー代表、PSV)(写真:ロイター/アフロ)

 スペインリーグ、ベティス戦(2月21日)とエイバル戦(3月7日)で、鮮やかなミドルシュートを決めた久保建英。

 いずれも右足による一撃だった。ボールを操作しながらシュートポイントを見いだそうとする流れの中で、その結論を利き足(=左足)ではない方に求めたわけだ。いずれも難易度の高い、選手としてのステージを一段高めた感じさえする秀逸なゴールだった。

 左利きの選手はかつて、左利き1本でプレーする傾向が強かった。その姿が個性的に映ったものだが、近年みるみる減少。逆に探しにくい選手になっている。プレーの方向性が限定されるなど、サッカーの進歩に伴い、それがデメリットに見える瞬間が増え、左利きにも右足キックの精度が求められるようになったのだ。

 この久保の2つの右足シュートは、そうした意味で今日的に見えた。動きに一切無理を感じさせないシュートアクションで、右利きの選手が蹴ったかのような自然さだった。

 左右両足から鋭いシュートを繰り出すドリブル得意なウイング兼シューター。久保が目指すべきアタッカーとしての路線が、鮮明になったようにも見える。

「どちらが利き足か分からない選手」。そう言われて真っ先に想起するのは小野伸二だ。ボール操作をほぼ両足均等に行うので、次の展開がどの方向に進むか、小野を経由すると先が読みにくくなる。

 もう1人は酒井高徳だ。右サイドバック(SB)でプレーすれば右利きに見えるし、左SBでプレーすれば左利きに見える。右にも左にも無理なく収まることができる珍しい選手だ。

 こうした特徴を備えた選手の絶対数は世界的にも少ない。高い位置で発揮されればされるほど、その価値は上がる。相手にとってさらなる脅威になる。久保の2ゴールに高い価値を抱く理由だ。

 では、「歴代の左利きアタッカーの中で、利き足がどちらか最も分かりにくかった選手は誰か」と問われれば、ラウールと答えたくなる。元レアル・マドリーの看板選手で、現レアル・マドリー・カスティージャ監督である。久保が手本とするには絶好の人物に他ならない。では、「歴代のアタッカーの中で、右利きなのに、左足が一番上手かった選手、左足のキックが抜群に上手かった選手は誰か」。

 これも筆者の独断だ。しかし、お時間があったら動画サイトをぜひご覧いただきたい。筆者の見解に同意していただける人は少なからずいるはずだ。何を隠そう、筆者がこれまで見てきた中で最も格好よく感じた選手でもある。左利きの久保が右足で鮮やかに決めた2ゴールを見て、その現役時代がにわかに蘇った次第だ。

 現役時代PSVアイントホーフェンのアタッカーとして活躍した元ベルギー代表選手。とはいえ、その現役時代を見たことがある日本人はそう多くいないと思われる。「サッカー選手としての能力と、日本での知名度との間に最も隔たりのある選手」である可能性は高い。

 ルク・ニリス。

 ベルギーを代表するアタッカーと言えば、マルク・ヴィルモッツ、エンツォ・シーフォ、ヤン・クーレマンス等の名前が挙がる。現役を含めればケビン・デブライネ(マンチェスター・シティ)もこの中に連なる選手になるが、ルク・ニリスはそれ以上だ。ベルギーサッカー史上最高のアタッカーと言って間違いない。

 長身で細身。巧くて速い、左右両足を駆使した切れ味鋭いステップワークで、相手DFを翻弄するアタッカーであり、必殺のシューターだった。ポジションは4-4-2の「1トップ脇」だったが、左にも右にも進出。広角にプレーした。

 最盛期は90年代半ば。1994-95シーズンにはオランダ年間最優秀選手に、95-96、96-97シーズンにはオランダリーグの得点王に輝いている。ちなみに、94-95シーズンの得点王はその年、17歳の若さでPSVにやってきたロナウド。ルク・ニリス、ロナウドの2トップは、まさに最強のコンビだった。

 しかしその時、PSVがオランダサッカー界を席巻していたわけではなかった。アヤックスという最強チームがいた。ルク・ニリスがオランダ年間最優秀選手に輝いた94-95は、アヤックスがチャンピオンズリーグ(CL)を制したシーズンでもあったのだ。オランダサッカーと言えばアヤックス。PSVではなかった。

 いまから25年前。日本はCLさえ十分認知されていない時代だった。欧州サッカー好きでも、アヤックスに辿り着くのが精一杯という状態で、PSVのサッカーに詳しい日本在住者は当時、ごくごく少数に限られていた。

 翌95-96シーズンも、PSVはCL2連覇に向けて快進撃を続けるアヤックスの裏方に回った。しかし、UEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)では見せ場を作った。準々決勝まで勝ち上がり、バルサと対戦することになった。

 カンプノウで行われた初戦アウェーは2-2で、続くホーム戦は2-3。合計スコア4対5で、バルサが際どく打ち勝った一戦だったが、PSVが最後まで粘りを見せ、番狂わせ寸前まで持ち込んだその展開は、エンターテインメント的に申し分なかった(動画サイトでぜひ、チェックしてみて下さい)。

 この準々決勝戦。理由は忘れてしまったが、PSVはロナウドを欠いていた。それでもなお大接戦にもつれ込んだ理由は、ルク・ニリスの存在にあった。

 特に第1戦は2ゴールを叩き出す活躍だった。中でも必見は、GKカルレス・ブスケツ(セルヒオ・ブスケツの父親)が、いったんセーブしたその跳ね返りを、左45度から蹴り込んだ2点目のゴール(後半5分)になる。

 左足のアウトでボールをこするように、スライス回転を掛けたボールが、ポスト右内側に、刺すように吸い込まれていくスーパーゴール。筆者はもちろん現場でこのシュートを目撃しているが、そのあまりに格好いいシャープでダイナミックなシュートアクションに、なにより感激させられた。左利きの雰囲気を最大限に備えた右利き選手。筆者がその特異性を確信した瞬間でもあった。

 ルク・ニリスは、ベルギー代表としては、98年フランスW杯に続き、母国ベルギーがオランダと共催したユーロ2000で大舞台を踏んでいる。だがチームはいずれもグループリーグ落ち。彼自身も両大会を選手として盛りを過ぎた状態で迎えていた。つまり日本人の海外サッカー熱の上昇とともに、その力は衰えていった。

 そしてユーロ明けの00-01シーズン、プレミアリーグのアストンビラに移籍するも、シーズンに入るや悲劇に襲われる。そのイプスウィッチ・タウン戦で、相手GKと激突。重傷を負い、この怪我から回復できぬまま33歳で現役引退を迎えた。

 欧州では歴とした名手で通るルク・ニリスだが、日本のファンの間では、話の種になることさえない埋もれた存在となっている。久保が右足でナイスシュートを2本決めたいま、このベルギーの名手を掘り起こすにはいい機会だと思う。利き足ではない足をどれほど極めることができるか。現代のアタッカーに求められる重要なテーマではないか。少なくとも筆者はそう思うのだ。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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