暴かれたネイマールの「演技」。 VARがブラジル戦を真っ当な試合に

VARで判定が覆った問題のシーン。ネイマールは反則をアピールするが。(写真:ロイター/アフロ)

 後半35分、鮮やかな展開からボールを受けたガブリエル・ジェズスは、シュートと見せかけて、ペナルティエリア内左サイドで待ち構えるネイマールにトリッキーなパスを送った。「後は任せた、よろしく」と言わんばかりのラストパスだ。ネイマールにとって、この場面が腕の見せどころであることは、スタンド上階の記者席からでもハッキリと浮かび上がった。

 対峙するコスタリカのディフェンダー、ジャンカルロ・ゴンサレスを外してゴールを決めれば、さすがネイマールと称賛したくなるシーンである一方、決めることができなければ、並の選手と大差なく見えてしまうシーンでもあった。ジェズスからネイマールに渡ったパスは、超一流選手か否かを分岐する、物差しのような役割を果たしていた。

 ネイマールはゴンサレスの逆を取るフェイントを見せた。が、逆を取れず、かわしきれなかった。そして身体をのけぞらせるようにバランスを崩し、相手から身体を押さえつけられ、身動きができない状態にあることをオランダ人のビョルン・カイペルス主審にアピールするように転倒した。

 カイペルス主審が下した判定はPK。芝居は成功したかに見えた。

 スコアは0-0。ブラジルは試合を優勢に進めながら、最後のひと押しができず、勝ち点3を得ることが危ぶまれ始めていた。そこで起きたこのプレー。この試合のみならず、ブラジルの今後を占う重要な場面だ。

 ブラジルは初戦でスイスに1-1で引き分けていたので、このまま終われば、2試合で勝ち点は2にしかならない。グループリーグ突破に黄色の信号が灯る。まさかの事態に発展しかねない状況だった。

 かつてなら、このままPKは行なわれていた。だが、今大会からはVAR判定が採用され、二重のチェックが用意されている。そしてカイペルス主審の判定は、その数十秒後、呆気なく覆(くつがえ)った。ネイマールのプレーはシミュレーションと見なされ、イエローカードまでかざされた。

 ネイマール自身も一転して、評価を下げることになった。超一流の定義をどのように設定するのかは難しい問題だが、クリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシをバロンドール級とすれば、その域には届いていない。将来的にも達しそうもない。ルイス・スアレスのような、ある特別な才覚に恵まれた選手というわけでもない。

 総合力に長けたアタッカーではあるが、その総合力でC・ロナウド、メッシの能力を9.5~10とすれば、ネイマールは9に届くかどうかだ。サッカー王国ブラジルの看板選手として、この評価は微妙である。

 そしてこのネイマール評は、ブラジル代表そのものにも共通する。スーパーではないという点で一致する。圧倒的な力はない。例えば、センターフォワードのジェズス。ブラジル国内では評価が高いようで、チーム最年少の20歳ながらスタメンの座を射止めている。所属のマンチェスター・シティでも、スタメンを張っている。

 しかし、将来、世界を代表するストライカーに成長するかどうかは、微妙だ。キレ、センスはあるが、スケールが小さい。過大評価されているような気がしてならない。だったら、ブラジル代表でわずか2試合に出場した後、国籍をスペインに変更し、今回スペイン代表として出場している、ジエゴ・コスタのほうがCFとしての総合力は断然、上だ。

 フィリペ・コウチーニョも、鳴り物入りでバルサ入りしたわりには、サッパリだった。パウリーニョしかり。いまだ欧州サッカー界の顔になり得ていない。ブラジルに抱く期待感が大きすぎるのかもしれないが、印象として小粒なのだ。

 だが、チッチことレオナルド・バッチ監督は、そうした小粒感を逆に利用するようなサッカーをしている。ブラジルといえばサッカー大国。最大の武器は個人技だ。従来は、どちらかと言えばサッカーゲームの戦い方にこだわりのない、選手任せのスタイルを好む傾向があった。危機感に欠ける大国意識の強いサッカーと言ってもいい。

 とりわけ、ポジションへのこだわりは希薄だった。左ウイングで起用されたネイマールが持ち場を離れ、奔放なプレーに走ることはよくあった。前所属のバルセロナではそうでなくても、ブラジル代表に戻ると、ポジション感覚のないプレーに走りがちだった。4-2-3-1で戦っても、その結果、チームとして4-2-3-1のテイストは出せていなかった。

 それが今回は様子が違う。採用している布陣=4-3-3通りの、まさに欧州的なサッカーを展開している。視角が急で眺望に優れた「ガスプロム・アレーナ」(設計は黒川紀章)の上階からその全体図を俯瞰すると、従来との違いはより鮮明になるのだった。

 その結果、相手ボール時の対応がよくなっている。前回ブラジルW杯との大きな違いだ。マイボール中心主義のサッカーから脱却できているのだ。準決勝でドイツに1-7のスコアで大敗した反省が十分に活かされている。悪いボールの奪われ方を繰り返し、その数だけ撃ち返され、失点を許した4年前の”惨事”を繰り返しそうもないサッカーである。

 決定力には欠けるものの、サッカーは安定している。ではなぜ、第4審判によってロスタイムの表示が掲げられるまで、0-0で推移してしまったか。それは、コスタリカがいいサッカーをしたからだ。

 その布陣は、前回ブラジル大会同様の5-4-1。だが、5バックで引いて構える意識が強い守備的な3バックというより、3-4-3を維持しようとする。Jリーグで跋扈(ばっこ)している3バックとは一線を画したものだ。

 さらに言えば、ベスト8入りした前回大会で得た財産が残っている。コスタリカは自信を持ってブラジル戦に臨んでいた。決定的なチャンスをたて続けに作られても、チームは最後まで少しも混乱しなかった。

 昨年11月、リールで行なわれた日本対ブラジル戦で、日本が見せたようなプレーをコスタリカはしなかったのだ。井手口陽介の雑なクリアをマルセロに蹴り込まれたのは2失点目のシーンだが、そうした凡プレーをする選手は誰ひとりいなかった。浮き足立つことなく90分間を戦い通した。

 ブラジルに決勝点を許したのは、ロスタイムに入った直後。マルセロ、フィルミーノ、ジェズスと繋ぎ、コウチーニョがプッシュした一連の流れは、ブラジルの底力を褒めるべきだろう。逆に97分、ネイマールに奪われた追加点は、コスタリカが同点ゴールを狙って一か八かのプレーに出たために喫した失点で、その敢闘精神をむしろ賞賛したくなるほどだった。

 サンクトペテルブルグで行なわれたこの一戦は、もしVARがなく、PK判定が覆らなければ、ひどくつまらなくなっていたと思われる。VARに救われた好試合。ネイマールの「嘘」が暴かれたことで、試合は最後まで盛り上がった。VARのプラスの面を見た試合と言えるだろう。

(集英社 webSportiva 6月22日掲載原稿に一部加筆)

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、2018年ロシア大会で連続10回現地取材となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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