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日本と水と油の関係にあるハリルホジッチ。続投ならば「デュエル!」と言うな

杉山茂樹スポーツライター
写真:岸本勉/PICSPORT

 ハリルホジッチが好んで使う「デュエル」。その日本代表監督就任とともに伝来した新たなサッカー言葉といっても言いすぎではないが、日本人はそうした新しい言葉に直ぐに飛びつく癖がある。最近、サッカー記事の中でも頻繁に見かけるようになっているし、テレビの中継でも、実況アナが頓着なく口にする場面にたびたび遭遇する。デュエルより的確な日本語があるハズなのに。

 外国人監督として初めて日本代表監督に就任したハンス・オフトが、「アイ・コンタクト」なる言葉を口にするや、瞬く間に広まったかつてを、ふと想起する。とはいえ、アイ・コンタクトとは「目配せ」だ。シンプルな日本語に置き換えることができるが、デュエルはそうはいかない。競り合い、1対1、空中戦等々、意味は広範だ。 

 デュエルで勝った、負けたと言われてもシーンを特定できないので、漠然とは理解できても、具体的なイメージは湧きにくい。相手との競り合いは、味方からのパスがズレた瞬間にも発生するので、この場合の原因は、競った選手ではなく、パスを出した側になる。デュエルではなくパスミス。フィジカル的な問題ではなく、技術的な問題になる。 

 また、サッカーは2つと同じシーンがないスポーツだ。絶えず動いているので50対50、すなわち、敵と自分がイーブンの状況はまず存在しない。相撲の立ち会い、ラグビーのスクラムのような場面はない。

 デュエルに含まれる球際が強いとか、弱いかという言い回しにしても、どちらが有利な立場にあるかは、両者が接触する前から、あらかた決まっている。こちらが60対40で有利な状況であるにもかかわらず、ボールが相手側に転がったのなら球際で負けたと言われても仕方ないが、45対55の状況で敗れた時、同じことを言われたなら理不尽だ。基本的に球際の強い弱いは、かなり主観的かつ感覚的なものになる。

 相手と対峙し合う1対1も、その場所が中央なのか、サイドなのかで有利不利は大きく変わる。そもそもサッカーには真の1対1が存在しない。選手は周囲の影響を少なからず受けながらプレーに及ぶ。野球の投手と打者のような関係にはないのだ。

 空中戦しかり。競り合う両者の身長が違う。ポジショニング、ボールの正確性や角度が、その勝ち負けに影響を及ぼすことも当たり前の話だ。

 毎回、前提条件が異なるものを、単純に勝った、負けたと言うのは、サッカーという競技の本質からズレている。空中戦で敗れ、ゴールを許しても、相手が、シューターがヘッドしやすいマイナスの折り返しをドンピシャで決めたのなら、守備者はその瞬間、決定的な多大なる不利を被っているわけだ。50対50の関係にはない。

 確かに、欧州のスポーツデータ会社のサイトを見れば、デュエルをデータとして掲載しているところはある。だがそれは、あくまで参考データであるはずだ。その数字には多くのエクスキューズが含まれている。

 ボール支配率の方が、よりサッカーの内容を伝えるデータだと言える。競技の特性にマッチした整合性がある。注意すべきは、主にボールを多くの時間、どこで保持したかという場所にまつわる問題ぐらいだ。

 ちなみに、昨季のJリーグでボール支配率が一番高かったのは浦和レッズだ。しかし、ボールを保持する場所が、第2位の川崎、第3位の鹿島、第4位の柏に比べて低いことは、ピッチに目を凝らせば明白だった。エクスキューズを簡単に確認することができた。

 日本人は概して体格で劣る。これは動かしようのない事実だ。日本人が、ベトナムやタイの選手を見た時にそうイメージするように、欧州人も日本人選手に対して同じような目を向ける。ハリルホジッチが「デュエル!」なる言葉を持ち出したくなる気持ちは分からないではないし、同様に、苦戦や敗戦の原因を、そこに求めたくなる気持ちも分からないではないが、「それを言っちゃあお終いよ」と言いたくなる埒が明かない解決不能な問題であることも確かなのである。

 解決可能だと言うのなら、十把一絡げにデュエルと言わず、もっと具体的に、日本人に伝わりやすい言葉で説明することが、監督としてのあるべき姿ではないのか。ハリルホジッチには優しさ、丁寧さが感じられないのだ。

 あるいは、それが決定的に弱いというのなら、その勝負を可能な限り避け、別の方法を模索することが、監督としての務めではないのか。縦に速い、少々荒っぽい自分の好むスタイルは変えたくない。だが、それを貫けば、日本人選手の貧弱さが露わになる。

 この矛盾を抱えたまま3年近くが経過した。ハリルホジッチと日本との相性の悪さは、ここに来て一段と鮮明になっている。水と油。普通なら解任だ。しかし、サッカー協会には変える度胸がない。続投は決定済み。にもかかわらずロシア本番で、よりよい結果を求めようとするならば、解決可能な問題を片付けるしかない。

 それは、日本人の体格か、ハリルホジッチのサッカーか。選択すべき道は明白だ。

 「デュエル!」が絶望を意味する言葉に聞こえて仕方がない。「日本人は貧弱だ!」と、そのたびにくどくど侮蔑されたようで、嫌悪感さえ覚える。デュエルほど悪いイメージのサッカー言葉も珍しい。ハリルホジッチと一緒になって、抵抗なく流行語のように使う人に、思わず首をひねりたくなる理由でもある。

 貧弱な日本人にハリルホジッチは歩み寄るつもりはあるのか。彼が「デュエル!」を封印しない限り、日本に幸が訪れることはない。デュエルを敗因にするサッカーを、僕は見たくないのである。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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