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おめでたいぞ、ハリル。ブラジル戦の 真実は「大人と子供」の前半にあり

杉山茂樹スポーツライター
(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

 ブラジル戦。ハリルホジッチは、試合後の会見の冒頭「二面性のある試合だった」と振り返った。「残念だった前半と、満足のいくものだった後半と」。コメントを要約するとそうなるが、言葉のニュアンスから察するに、後半の上出来が、前半の不出来を70対30で上回っていると認識しているように感じた。惨敗ではなく善戦。1-3の敗戦を楽観的に受け止めている様子だった。

「ブラジルが後半、世界一のプレーを見せることができなかった理由は、日本がそうさせたからだ」

 ハリルホジッチはさらにこう胸を張った。

「もし前半を0-0で折り返していたら、日本は偉業を成し遂げていたかもしれない」

 本音なのか。虚勢なのか。いずれにしても困った話なのだが、より深刻な問題として受け止めたくなるのは前者だった場合だ。本音だとすれば、おめでたいにもほどがある。

 真実は前半の戦いにあり。これが親善試合(テストマッチ)の常識だ。メンバー交代の枠は、公式戦が3人であるのに対し、今回の親善試合は6人。ブラジルは、後半の頭に行なわれたGKアリソンとカッシオの交代を皮切りに、その枠すべてを使い切った。後半26分にはエースのネイマールも下げている。スタメン11人の半分以上の選手を次々と入れ替えながら後半を戦った。

 テスト色はそのたびに深まっていった。それまでのいいリズムを敢えて崩し、選手を試そうとしたわけだ。差を詰めようとして5人を代えた日本とは、交代の概念が大きく違っていた。

 ブラジルが後半、日本と同じ価値観で戦っていなかったことは明白。3-0が3-1になった理由は、日本ではなくブラジル側にあった。もし0-0で前半を折り返したら、後半のブラジルはそれこそ、これはマズいと、しゃかりきになってきたに決まっている。そのあたりの事情をすっ飛ばして、「0-0で折り返していたら、日本は偉業を成し遂げていたかもしれない」と、無知を装い(?)、胸を張る姿は、実に痛々しい。ハリルホジッチが何と言おうと、この試合の真実は、まさに大人と子供の関係というべき前半の戦いにあったのだ。

 日本はブラジルの素早いパス回しについていけなかった。ウィリアンとネイマールが両サイドに開く4-3-3。2人が開けば開くほど、守備に回る日本の選手の間隔は空いた。真ん中の危険なエリアにスペースが生まれることになった。その結果、日本のプレスのかかりが悪くなるところを、ブラジルはパスで切り裂いた。

 逆に日本は両サイドバックがゲームに絡めなくなった。ネイマールと対峙することになった酒井宏樹は、いつにも増して低い位置で後方待機を余儀なくされた。ウィリアンと対峙した長友佑都もしかり。10月のニュージーランド戦、ハイチ戦で見せたような攻め上がりと高い位置でチャンスメークに絡む余裕がなかった。最近の試合で、最も安心して見ていられた長友が抑えられれば、いまの日本に拠りどころはない。

 長谷部誠、井手口陽介、山口蛍で構成された日本の中盤は、言ってみれば専守防衛隊だった。プレーに絡む意志が低く、気の利いたプレーは望めない状態だった。また、左の原口元気は相変わらず周囲と絡む協調性を欠き、右の久保裕也には力不足を感じた。

 この日のスタメンは、ハリルホジッチの考える現状のベストメンバーと推測されるが、見直す必要性を強く感じる。

 マルセロに2点目のゴールを決められたシーンでは、直前に井手口が致命的なクリアミスを犯していた。安易なプレーと言うべきなのか、技術不足と言うべきなのか。両方が絡んだ末のミスなのだろうが、いずれにしてもかなりレベルの低いプレーだった。身体能力の高さを売りにスタメンの座をあっさり確保した井手口だが、残念ながらサッカーそのものは上手ではない。自信もない様子なので、高い位置でプレーに絡めない。ボール奪取能力を発揮できなければ、代表クラスと言えなくなる。その彼を4-2-3-1の1トップ下に据えたサッカーでは、いい攻撃は期待できない。

 3失点目は、目的が見えない久保の横走りドリブルに端を発していた。もともと総合的なポテンシャルはそう高くない。右に適性があるとも思えない。彼もまた、あるとき脚光を浴びてスタメンに抜擢されたが、そのときの貯金はもはやない。

 スタメンで起用されたほとんどの選手に物足りなさを感じるのだ。ハリルホジッチは、「後半の戦いには満足している」と述べた後、「7~8カ月準備期間がある。アルジェリアで成し遂げた結果(本大会ベスト16)を再現してみせる」と、胸を張った。だが「7~8カ月では足りない」が、こちらの印象だ。

 A代表がフルメンバーで戦う試合は、あと3試合(ベルギー戦と来年3月に行なわれる1試合。そして来年5月末の壮行試合)だ。ブラジル戦はハリルホジッチが就任して32試合目なので、現在は35分の32が経過した段階にある。まさに大詰めを迎えているのである。今後、大きな変化は望めない状態。ここに最大の問題点がある。

 そもそもなぜ32試合目でブラジルと戦うのか。33試合目でベルギーと戦うのか。世界を代表する強者と戦うなら、それは35試合の前半、せいぜい20試合目までに行なっておくべきなのだ。そこで目にとまった問題点を、任期の後半で修正する。これが、2018年6月から逆算した強化の正しいプロセスである。

 2002年W杯で韓国代表の監督を務めたフース・ヒディンクは、その任期の半ば頃に話を聞いた際、「ここからチーム力は上がっていくから見ていてくれ」と、胸を張った。「前半にできるだけ強い相手と戦い、問題点を洗い出し、後半はそこを重点的に改善し、互角の相手と戦い、勝利の味を覚えさせるのだ」と。ヒディンクの言うとおり、韓国はそこからチーム力を急上昇させていったのだった。本大会ベスト4には、ある意味での必然が宿っていた。

 日本代表の面々は、このブラジル戦を経て自信を深めたであろうか。「ベスト16、さらにその上を目指す」と豪語したハリルホジッチと、同じ感覚でいる選手はどれほどいるだろうか。選手の感覚が普通なら、むしろ自信を失ったハズである。

 次のベルギー戦で同じことを繰り返せば、取り返しのつかない事態になる。自信はさらに失われる。この時期になって大手術が不可欠になる。だが、テストしている時間はない。このメンバーでいくしかない状況に追い込まれている、現状を憂えずにはいられないのである。 

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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