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「忍者サッカー」で豪州を惑わす。 勝因は「非・本田圭佑」的な選手の抜擢

杉山茂樹スポーツライター
先制ゴールを挙げた浅野拓磨(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

 ほぼ互角。むしろ前半41分に日本が先制ゴールを挙げるまで、内容ではオーストラリアの方がよく見えるほどだった。日本は、従来の代表チームがこだわってきたパスワークという点で、オーストラリアに上回られていた。出し手と受け手の2者間の関係に終始しがちな日本より、オーストラリアは可能性を感じさせる上質なパスワークで対抗した。

 そうした中で飛び出したのが、左サイドバック長友佑都の戻りながらのクロスボール。身長170センチの俊敏な動きを、オーストラリアの最終ラインは、珍しいものを見るように、必要以上に目で追いかけてしまった。

 その間隙を突き、ラインの裏側に飛び出した浅野拓磨のアクションも、相手の意表を突くのに十分だった。瞬間、逆モーションで入れ替わった浅野は完全なフリーになると、ミートに失敗するのではという心配をよそに、ゴールにあっさりと流し込んだ。

「侍」とは、野球の日本代表にも使われる日本の代名詞。そのありきたりすぎて全く使う気が起きない肩書きを、ハリルホジッチはどういうわけか特に最近、好んで使うようになっている。

 しかし、長友、浅野(173センチ)の動きは、侍というより忍者に近いのである。侍よりすばしっこく、抜け目ない。

 先制点のシーンで、左サイドで長友にパスを配球した井手口陽介も171センチの小兵だ。身体能力高めのアスリートタイプだが、俊敏さも兼ね備える。後半37分には、緩慢なオーストラリアDFの間を縫うようにドリブルで突き進み、追加点を叩き出している。さらに左ウイングで先発し、滑らかな動きを見せた乾貴士も169センチの小柄な選手だ。

 ハリルホジッチの母国、旧ユーゴスラビアは”巨人国”だ。現役時代、自らも大型CFとして鳴らしていた。小さくてすばしっこい“非本田圭佑的”な選手が大男相手には効くことを、反面教師として知っていた可能性がある。

 長友はともかく、浅野、井手口、乾など、これまで優先順位の低かった選手を、この大一番に先発起用したその選手選択の妙が功を奏したことは確かだった。オーストラリアは彼らの対処に手を焼き、ついその動きを見過ぎてしまった。最後までパスサッカーのテンポが上がらなかった大きな理由だと思う。

 もうひとつオーストラリアの敗因を挙げるならば、後ろの方に人が多く分布するその3-4-2-1の布陣だ。前回、メルボルンで戦った時も、4バックの中では守備的な部類に入る中盤ダイヤモンド型4-4-2を採用していたが、今回はそれ以上だった。日本の1トップ(大迫勇也)に対して守備者3人が、3トップ(乾、大迫、浅野)に対しては5人が、後ろで構えた。

 アンジェ・ポステコグルー監督が目指すのは、中盤をパスワークで支配するサッカーだ。しかし、守備的な布陣を用いながらパスワークで中盤を支配するという方法論には無理を感じる。

 オーストラリアの最終戦の相手はタイ。しかもホーム戦だ。日本戦が引き分けでもいい試合だったことが、どう影響していたかはよく分からないが、それが後方に安住の地を求めるような、弱気なパスサッカーに繋がっていた可能性が高い。

 ボールを奪う位置も必然的に低くなった。高い位置で奪われ、その足で出てこられたら日本はひとたまりもなかっただろうが、彼らは幸いにも、後方でボールを奪い、ゆっくりボールを繋いでいった。

 井手口がマークした2点目は、オーストラリアボールを、逆に、交代で入った原口元気がかっさらった結果だった。日本としては、後ろを怖がらず、攻撃的な布陣で高い位置から迫ってこられた方が数段、嫌だったはず。この日のオーストラリアは監督采配が選手の能力にブレーキをかける典型的な例といっていい。

 ハリルホジッチ対ポステコグルー。その差が2-0という結果に繋がったと見る。

 とはいえ、ハリルホジッチを全面的に讃える気はない。問題ありと言いたくなるのは、ここに至るプロセスだ。これまで費やした全28試合にストーリー性が感じられないのだ。強化に計画性がない。逆算して計画を練る力がない。脈絡のないスタメンの変遷にそれは端的に現れている。

 今回の予選は苦戦必至。プレーオフもあり得る。W杯出場を逃す可能性だって少なくない……。不安はつい最近まで大きく膨らんだ状態にあった。サウジアラビアがUAEに敗れるというラッキーで、不安は2~3割程度和らぎ、この勝利で一変、雲散霧消した。

 いま世の中は、よかったよかったという話になっている。だが、これまで通り、祝福ムードに流され、反省、検証を忘れるのが日本人の悪い癖。また繰り返したとなれば、あまりにも愚かだ。わずか1試合やそこらで、物事が劇的に改善されることは論理的にあり得ない。喜ぶのはその日限りで十分。

 W杯でどこまでやれるのか。求められているのは本番から逆算する目だ。

 気になるのは9月5日のサウジアラビア戦だ。本大会に向け、新たなスタートを切ることになるこの試合に、ハリルホジッチはどんなスタメンで臨むのか。ベースにすべきは、活きのよさ、俊敏さ、若さなど、オーストラリア戦で得た収穫だ。残り10カ月、日本代表は、いかなるストーリーを築き上げるのか。期待4割、不安6割。これが素直な気持ちだが、正式にはサウジアラビア戦を見て判断することにしたい。

(集英社 Web Sportiva9月1日掲載原稿に加筆)

 

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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